オールド・マン・クラントン

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ニューマン・“オールド・マン”・クラントン(Newman Haynes "Old Man" Clanton、1816年? - 1881年)は、アメリカ西部開拓時代牧場主。テネシー州生まれ。OK牧場の決闘の仇役である、アイク・クラントンビリー・クラントン兄弟の父。

ミズーリ州に移り住んだ後、1840年マリア(Mariah Sexton Kelso)と結婚して5男2女に恵まれた。1850年からゴールドラッシュに沸くカリフォルニア州に出稼ぎに出て各地を渡り歩き、イリノイ州テキサス州を家族とともに転々とし、妻が死んだあとアリゾナ州ツームストーン(Tombstone)に定住した。

牧場経営で成功してツームストーン周辺の有力者になった。牛泥棒などの不法行為によって財をなしたと伝えられ[1]、後のハリウッド映画では無頼漢ボスとして描写されることが多い[2]

1881年8月、OK牧場の決闘の二ヶ月前、グワダルーペ・キャニオン(Guadalupe Canyon)においてメキシコ人による待ち伏せ攻撃を受けて射殺されたという。

脚注[編集]

  1. ^ 開拓途上にあった西部では土地の境界が曖昧で、迷った放牧牛が他人の放牧牛の群れに紛れ込むことが良く起こった。辺境の西部では迅速な裁判もままならず、係争相手が互いに「牛泥棒」と罵り合って手っ取り早く実力行使に訴えることがあった。
  2. ^ 息子たちの決闘相手であるワイアット・アープ善玉として定着、彼と対立したオールド・マンは必然的に悪玉にされてしまったようだ。