エールフランス1611便火災墜落事故

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エールフランス 1611便
Sud SE-210 Caravelle III, Air France AN0916091.jpg
事故機と同型のカラベル
概要
日付 1968年9月11日
原因 機内火災またはミサイルによる誤射撃墜
場所 Flag of France.svgニース沖の地中海
死者 95
負傷者 0
航空機
機体 シュド・エスト・カラベル3
運用者 Flag of France.svgエールフランス
機体記号 F-BOHB
乗客数 89
乗員数 6
生存者 0
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エールフランス1611便火災墜落事故とは、1968年に地中海上空で発生した航空事故である。

事故の概略[編集]

1611便はコルシカ島アジャクシオからニース行きのフランス国内線として運行されていた。しかし現地時間の午前10時半頃に着陸しようとしていたニースの沖合い40Kmの地中海で消息を絶った。搭乗員に生存者はいなかった。事故の直前3分前に操縦乗員からトラブルが発生したと送信があり、機内で火災が発生したと告げていた。1611便最期の通信は「このままだと、墜落する」であった。事故機の残骸は深さ2300mの海底で発見され、2年をかけてそのうち10トン弱が回収された。回収された残骸から事故機は海面に急角度で衝突したことが判明し、客室右後部から火災の痕跡が発見された。

事故の原因[編集]

事故当時に行われた調査では、事故の経過としてまず右の便所とギャレー近辺から発生したとされた。出火原因であるが、温水器の故障で電気火災が発生したか、便所のごみ箱に乗客が火を充分に消していないタバコの吸殻を捨てたことのいずれかだろうと推定されたが、断定できなかった。

また、急角度で海面に激突する直前に操縦不能に陥っていたことが判明した。その原因として操縦席に火災から逃れようとした乗客が殺到して操縦が妨げられたか、操縦士が煙を吸い込んで意識を失ったかのいずれかだとされた。

しかし事故から43年後の2011年、元フランス軍秘書官ミシェル・ラティがフランスのテレビ局TF1の番組に出演し、「あの事故はフランス軍が誤ってエールフランス機を撃墜したのが真相だ」と 証言した[1]。彼は「当時フランス軍はルヴァン島英語版のミサイルテストセンターで地対空ミサイルの発射実験を行っていて、古い軍用機をテスト用標的として発射されるようにプログラムされていたが、レーダー探知範囲に入ったエールフランス機に誤って発射された」「弾頭はテスト用のダミーだったので、命中しても空中で大爆発を起こすことなくあのような墜落に至った」と語った。これに対しフランス国防省は同年12月5日時点でコメントをしていない。

参考文献[編集]

  • デビッド・ゲロー「航空事故」(増改訂版)イカロス出版 1997年 85-86頁
  1. ^ http://www.rivieratimes.com/index.php/provence-cote-dazur-article/items/tv-documentary-reveals-that-military-missile-did-kill-95-people-6382-1205.html

外部リンク[編集]