ウィリアム・ヴィリアーズ (第2代ジャージー伯爵)

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第2代ジャージー伯爵と妹メアリー、1700年。

第2代ジャージー伯爵ウィリアム・ヴィリアーズ英語: William Villers, 2nd Earl of Jersey1682年1721年7月13日)は、イングランド貴族ヴィリアーズ家の出身で、1697年から1711年までヴィリアーズ子爵儀礼称号を使用した。

生涯[編集]

初代ジャージー伯爵エドワード・ヴィリアーズとバーバラ・チフィンチ(Barbara Chiffinch)の長男として生まれた[1]。1699年にケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ英語版に入学、1700年にM.A.の学位を修得した[2]。1701年に財務省出納官英語版の職を得たが、翌年のアン女王即位にあたり、年金を引き換えに辞任せざるを得なかった[2]

1705年にケント選挙区英語版で当選して庶民院議員になり、トーリー党の一員として活動したが庶民院での影響力は小さく、1708年イギリス総選挙での立候補が支持されなかった一因となった[2]。1711年8月25日に父が死去するとジャージー伯爵の爵位を継承[2]、以降も貴族院でトーリー党の一員としてふるまった[2]。1721年7月13日に死去、長男ウィリアムが爵位を継承した[1]

家族[編集]

1705年3月22日、ジュディス・ハーン(Judith Herne、1735年7月22日没、フレデリック・ハーンの一人娘)と結婚、2男1女をもうけた[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Burke's Peerage, Baronetage and Knightage (英語) (99th ed.). London: Burke's Peerage Limited. 1949. p. 1090.
  2. ^ a b c d e Handley, Stuart (2002). "VILLIERS, William, Visct. Villiers (1682-1721), of Squerryes, nr. Westerham, Kent, and Golden Square, London". In Hayton, David; Cruickshanks, Eveline; Handley, Stuart (eds.). The House of Commons 1690-1715 (英語). The History of Parliament Trust. 2019年5月19日閲覧
イングランド議会 (en
先代
サー・トマス・ヘイルズ英語版
サー・フランシス・レイ英語版
庶民院議員(ケント選挙区英語版選出)
1705年 – 1707年
同職:サー・チョムリー・デリング英語版
次代
グレートブリテン議会
グレートブリテン議会英語版
先代
イングランド議会
庶民院議員(ケント選挙区英語版選出)
1707年 – 1708年
同職:サー・チョムリー・デリング英語版
次代
サー・トマス・パルマー英語版
サー・スティーブン・レナード英語版
イングランドの爵位
先代
エドワード・ヴィリアーズ
ジャージー伯爵
1711年 – 1721年
次代
ウィリアム・ヴィリアーズ