「カークウッドの空隙」の版間の差分

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[[File:Kirkwood Gaps.svg|thumb|320px|4つの主要なカークウッドの間隙と、小惑星帯が内縁、中間、外縁の3つに分けられる可能性を示したヒストグラム。]]
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[[File:Kirkwood-20060509.png|thumb|upright=1.35|2006年5月9日時点の太陽系の小惑星と惑星を、カークウッドの間隙を露出させる形でプロットした図。惑星はオレンジ色に色付けされており、木星が一番外側に描かれている。小惑星は種類によって色分けされており、メインベルト小惑星は白、内側にあるアテン群は赤、アポロ群は緑、アモール群は青で示されている。メインベルトの外側にはヒルダ群(青)とトロヤ群(緑)がある。全ての天体の位置ベクトルは、天体の軌道長半径の長さで正規化されている。カークウッドの間隙はメインベルトの中の隙間としてはっきり見える。]]
'''カークウッドの隙'''または'''カークウッドの隙間''' ({{lang-en-short|Kirkwood gap}}) とは、「[[小惑星帯|メインベルト]]([[小惑星帯]])」に位置する[[小惑星]]についてその[[公転軌道]]の[[軌道長半径]]{{efn2|[[公転周期]]でも同様の結果を得られる。}}の分布を図に描いた際、特定の軌道長半径に見られる間またはくぼみのこと。これは[[木星]]の公転周期と簡単な整数比となる公転周期を持つ公転軌道と一致している。
'''カークウッドの隙'''{{R|jiten}} ({{lang-en-short|Kirkwood gap}}) または'''カークウッドの空隙'''とは、「[[小惑星帯|メインベルト]]([[小惑星帯]])」に位置する[[小惑星]]についてその[[公転軌道]]の[[軌道長半径]]{{efn2|[[公転周期]]でも同様の結果を得られる。}}の分布を図に描いた際、特定の軌道長半径に見られる間またはくぼみのこと。これは[[木星]]の公転周期と簡単な整数比となる公転周期を持つ公転軌道と一致る。



例えば、軌道長半径が2.50 [[天文単位]] (au) 、公転周期3.95年の小惑星は非常に少ない。これは「3:1 共鳴」と呼ばれる、木星が1回公転する間に3回公転する軌道と一致している。これ以外の軌道共鳴も、木星の公転周期と簡単な整数比となるものである。弱い軌道共鳴がその公転軌道から小惑星を弾き飛ばすだけであるのに対して、分布図でスパイクとなっている軌道長半径(または公転周期)にはしばしばよく知られた[[小惑星族]]が存在する。
例えば、軌道長半径が2.50 [[天文単位]] (au) 、公転周期3.95年の小惑星は非常に少ない。これは「3:1 共鳴」と呼ばれる、木星が1回公転する間に3回公転する軌道と一致している。これ以外の軌道共鳴も、木星の公転周期と簡単な整数比となるものである。弱い軌道共鳴がその公転軌道から小惑星を弾き飛ばすだけであるのに対して、分布図でスパイクとなっている軌道長半径(または公転周期)にはしばしばよく知られた[[小惑星族]]が存在する。


[[1866年]]に[[ダニエル・カークウッド]]が初めてこの間の存在に気づき、[[ペンシルバニア州]]キャノンズバーグのジェファーソン・カレッジの教授時代に木星との軌道共振に由来すると正しく説明した。
[[1866年]]に[[ダニエル・カークウッド]]が初めてこの間の存在に気づき、[[ペンシルバニア州]]キャノンズバーグのジェファーソン・カレッジの教授時代に木星との軌道共振に由来すると正しく説明した。


カークウッドの間の多くは、[[ニースモデル]]で想定される巨大惑星の「移動 ({{lang-en-short|migration}}) 」の間に捕獲した天体をそのまま維持している[[海王星]]の[[軌道共鳴#平均運動共鳴|平均運動共鳴]] ({{lang-en-short|mean-motion resnance}}, MMR) や木星の3:2共鳴とは異なり、小惑星を失った状態である。カークウッドの間から天体が失われてしまうのは、平均運動共鳴中に[[軌道共鳴#永年共鳴|永年共鳴]]ν5とν6{{efn2|ν5は第5惑星(木星)の永年共鳴、ν6は第6惑星(土星)の永年共鳴を意味する。}}が重なっているためである。その結果、小惑星の[[軌道要素]]は無秩序に変化し、数百万年以内に惑星と交差する軌道へと進化する。しかし、2:1平均軌道共鳴には共鳴の中に比較的安定な「島」がいくつか存在するこれらの島はより安定性の低い軌道にゆっくりと拡散することで失われていく。このプロセスは木星と土星が5:2共鳴に近いことと関連しており、木星と土星の軌道が現在より近かった頃にはより急速にプロセスが進んでいた可能性がある。
カークウッドの間の多くは、[[ニースモデル]]で想定される巨大惑星の「移動 ({{lang-en-short|migration}}) 」の間に捕獲した天体をそのまま維持している[[海王星]]の[[軌道共鳴#平均運動共鳴|平均運動共鳴]] ({{lang-en-short|mean-motion resnance}}, MMR) や木星の3:2共鳴とは異なり、小惑星を失った状態である。カークウッドの間から天体が失われてしまうのは、平均運動共鳴中に[[軌道共鳴#永年共鳴|永年共鳴]]ν5とν6{{efn2|ν5は第5惑星(木星)の永年共鳴、ν6は第6惑星(土星)の永年共鳴を意味する。}}が重なっているためである。その結果、小惑星の[[軌道要素]]は無秩序に変化し、数百万年以内に惑星と交差する軌道へと進化する{{R|Moons1995}}。2:1平均軌道共鳴には共鳴の中に比較的安定な「島」がいくつか存在するが、これらの島はより安定性の低い軌道にゆっくりと拡散することで失われていく。このプロセスは木星と[[土星]]が5:2共鳴に近いことと関連しており、木星と土星の軌道が現在より近かった頃にはより急速にプロセスが進んでいた可能性がある{{R|Moons1998}}


近年、[[軌道離心率]]の大きな公転軌道を持つ小惑星がカークウッドの間の中に存在することがわかってきた。例としては、[[アリンダ族|アリンダ群]]やグリークア群が挙げられる。これらの軌道は、数千万年という時間スケールでゆっくりと軌道離心率を高めていき、やがて惑星との接近によって軌道共鳴から離脱することとなる。このため、カークウッドの間に小惑星が見つかることはほとんどない。
近年、[[軌道離心率]]の大きな公転軌道を持つ小惑星がカークウッドの間の中に存在することがわかってきた。例としては、[[アリンダ族|アリンダ群]]やグリークア群が挙げられる。これらの軌道は、数千万年という時間スケールでゆっくりと軌道離心率を高めていき、やがて惑星との接近によって軌道共鳴から離脱することとなる。このため、カークウッドの間に小惑星が見つかることはほとんどない。

顕著な隙間の見られる軌道長半径


== 主な間隙 ==
; 最も顕著の見られる軌道長半径{{R|Minton2009}}
* 1.780 au(5:1 共鳴)
* 1.780 au(5:1 共鳴)
* 2.065 au (4:1 共鳴)
* 2.065 au(4:1 共鳴
* 2.502 au (3:1 共鳴)、[[アリンダ群]]の軌道
* 2.502 au(3:1 共鳴[[アリンダ族|アリンダ群]]の軌道
* 2.825 au (5:2 共鳴)
* 2.825 au(5:2 共鳴
* 2.958 au (7:3 共鳴)
* 2.958 au(7:3 共鳴
* 3.279 au (2:1 共鳴), ヘクバの隙。グリークア群の軌道
* 3.279 au(2:1 共鳴 ヘクバの隙。グリークア群の軌道
* 3.972 au(3:2 共鳴)[[ヒルダ群]]の軌道
* 3.972 au(3:2 共鳴)[[ヒルダ群]]の軌道
* 4.296 au(4:3 共鳴)[[トゥーレ群]]の軌道
* 4.296 au(4:3 共鳴)[[トゥーレ群]]の軌道


弱い傾向や狭い間の見られる軌道長半径
; 弱い間隙や狭い間の見られる軌道長半径
* 1.9 au (9:2 共鳴)
* 1.909 au(9:2 共鳴
* 2.25 au (7:2 共鳴)
* 2.258 au(7:2 共鳴
* 2.33 au (10:3 共鳴)
* 2.332 au(10:3 共鳴
* 2.71 au (8:3 共鳴)
* 2.706 au (8:3 共鳴
* 3.03 au (9:4 共鳴)
* 3.031 au(9:4 共鳴
* 3.075 au (11:5 共鳴)
* 3.077 au(11:5 共鳴
* 3.47 au (11:6 共鳴)
* 3.474 au(11:6 共鳴
* 3.7 au (5:3 共鳴)
* 3.517 au(5:3 共鳴
* 3.584 au(7:4 共鳴)[[キュベレー族|キュベレー群]]の軌道
* 3.702 au(5:3 共鳴)


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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=== 出典 ===
=== 出典 ===
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2022年9月23日 (金) 12:38時点における版

4つの主要なカークウッドの間隙と、小惑星帯が内縁、中間、外縁の3つに分けられる可能性を示したヒストグラム。
2006年5月9日時点の太陽系の小惑星と惑星を、カークウッドの間隙を露出させる形でプロットした図。惑星はオレンジ色に色付けされており、木星が一番外側に描かれている。小惑星は種類によって色分けされており、メインベルト小惑星は白、内側にあるアテン群は赤、アポロ群は緑、アモール群は青で示されている。メインベルトの外側にはヒルダ群(青)とトロヤ群(緑)がある。全ての天体の位置ベクトルは、天体の軌道長半径の長さで正規化されている。カークウッドの間隙はメインベルトの中の隙間としてはっきり見える。

カークウッドの間隙[1] (: Kirkwood gap) またはカークウッドの空隙とは、「メインベルト小惑星帯)」に位置する小惑星についてその公転軌道軌道長半径[注 1]の分布を図に描いた際、特定の軌道長半径に見られる間隙またはくぼみのこと。これは木星の公転周期と簡単な整数比となる公転周期を持つ公転軌道と一致する。

例えば、軌道長半径が2.50 天文単位 (au) 、公転周期3.95年の小惑星は非常に少ない。これは「3:1 共鳴」と呼ばれる、木星が1回公転する間に3回公転する軌道と一致している。これ以外の軌道共鳴も、木星の公転周期と簡単な整数比となるものである。弱い軌道共鳴がその公転軌道から小惑星を弾き飛ばすだけであるのに対して、分布図でスパイクとなっている軌道長半径(または公転周期)にはしばしばよく知られた小惑星族が存在する。

1866年ダニエル・カークウッドが初めてこの間隙の存在に気づき、ペンシルバニア州キャノンズバーグのジェファーソン・カレッジの教授時代に木星との軌道共振に由来すると正しく説明した。

カークウッドの間隙の多くは、ニースモデルで想定される巨大惑星の「移動 (: migration) 」の間に捕獲した天体をそのまま維持している海王星平均運動共鳴 (: mean-motion resnance, MMR) や木星の3:2共鳴とは異なり、小惑星を失った状態である。カークウッドの間隙から天体が失われてしまうのは、平均運動共鳴中に永年共鳴ν5とν6[注 2]が重なっているためである。その結果、小惑星の軌道要素は無秩序に変化し、数百万年以内に惑星と交差する軌道へと進化する[2]。2:1平均軌道共鳴には共鳴の中に比較的安定な「島」がいくつか存在するが、これらの島はより安定性の低い軌道にゆっくりと拡散することで失われていく。このプロセスは木星と土星が5:2共鳴に近いことと関連しており、木星と土星の軌道が現在より近かった頃にはより急速にプロセスが進んでいた可能性がある[3]

近年、軌道離心率の大きな公転軌道を持つ小惑星がカークウッドの間隙の中に存在することがわかってきた。例としては、アリンダ群やグリークア群が挙げられる。これらの軌道は、数千万年という時間スケールでゆっくりと軌道離心率を高めていき、やがて惑星との接近によって軌道共鳴から離脱することとなる。このため、カークウッドの間隙に小惑星が見つかることはほとんどない。

主な間隙

最も顕著に間隙の見られる軌道長半径[4]
  • 1.780 au(5:1 共鳴)
  • 2.065 au(4:1 共鳴)
  • 2.502 au(3:1 共鳴)アリンダ群の軌道
  • 2.825 au(5:2 共鳴)
  • 2.958 au(7:3 共鳴)
  • 3.279 au(2:1 共鳴) ヘクバの間隙。グリークア群の軌道
  • 3.972 au(3:2 共鳴)ヒルダ群の軌道
  • 4.296 au(4:3 共鳴)トゥーレ群の軌道
弱い間隙や狭い間隙の見られる軌道長半径
  • 1.909 au(9:2 共鳴)
  • 2.258 au(7:2 共鳴)
  • 2.332 au(10:3 共鳴)
  • 2.706 au (8:3 共鳴)
  • 3.031 au(9:4 共鳴)
  • 3.077 au(11:5 共鳴)
  • 3.474 au(11:6 共鳴)
  • 3.517 au(5:3 共鳴)
  • 3.584 au(7:4 共鳴)キュベレー群の軌道
  • 3.702 au(5:3 共鳴)

脚注

注釈

  1. ^ 公転周期でも同様の結果を得られる。
  2. ^ ν5は第5惑星(木星)の永年共鳴、ν6は第6惑星(土星)の永年共鳴を意味する。

出典

  1. ^ カークウッドの間隙”. 天文学辞典. 日本天文学会 (2018年3月9日). 2022年9月23日閲覧。
  2. ^ Moons, Michèle; Morbidelli, Alessandro (1995). “Secular Resonances in Mean Motion Commensurabilities: The 4/1, 3/1, 5/2, and 7/3 Cases”. Icarus (Elsevier BV) 114 (1): 33-50. Bibcode1995Icar..114...33M. doi:10.1006/icar.1995.1041. ISSN 0019-1035. 
  3. ^ Moons, Michèle; Morbidelli, Alessandro; Migliorini, Fabio (1998). “Dynamical Structure of the 2/1 Commensurability with Jupiter and the Origin of the Resonant Asteroids”. Icarus (Elsevier BV) 135 (2): 458–468. Bibcode1998Icar..135..458M. doi:10.1006/icar.1998.5963. ISSN 0019-1035. 
  4. ^ Minton, David A.; Malhotra, Renu (2009). “A record of planet migration in the main asteroid belt”. Nature (Springer Science and Business Media LLC) 457 (7233): 1109–1111. arXiv:0906.4574. Bibcode2009Natur.457.1109M. doi:10.1038/nature07778. ISSN 0028-0836.