「細胞性粘菌」の版間の差分

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*[[タマホコリカビ類|タマホコリカビ目]] {{sname|Dictyosteliales}}
*[[タマホコリカビ類|タマホコリカビ目]] {{sname|Dictyosteliales}}
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'''細胞性粘菌'''(さいぼうせいねんきん、{{lang-en-short|cellular slime molds}})とは、[[生活環]]の一時期に多数の個体が集合して協調的に[[子実体]]を形成する[[アメーバ|アメーバ様]][[単細胞生物]]の総称。[[真正粘菌]](変形菌)が[[多核体]]となりそこから子実体を形成するのに対し、常に個々の細胞が独立していることが「細胞性」と呼ばれる所以である。このようにして形成される子実体を'''累積子実体'''(るいせきしじつたい、{{lang-en-short|sorocarp}}、ソロカルプ)と呼び、したがってこのような生物を{{lang|en|sorocarpic amoeba}}ということもある<ref name="sorocarpic">{{cite book|author=Brown, Matthew W., and Silberman, Jeffrey D.|year=2013|chapter=The Non-dictyostelid Sorocarpic Amoebae|title=Dictyostelids: Evolution, Genomics and Cell Biology|editor=Romeralo, Baldauf, Escalante (eds.)|pages=219-242|isbn=978-3-642-38487-5|doi=10.1007/978-3-642-38487-5_12}}</ref>。
'''細胞性粘菌'''(さいぼうせいねんきん)とは、[[変形菌]]と同様に、[[アメーバ]]状の生活と、[[菌類]]のような[[子実体]]を、その生活環の中に持っている微生物である。ただし、生活環のどの段階でも、[[単細胞生物|単細胞]]かまたはそれが集合した形を取り、細胞の構造を失わない。“細胞性”といわれるのはそのためである。


かつては細胞性粘菌が1つの[[分類群]]を成すと考えられていたこともあるが、実際には[[多系統]]的でありもはや分類群としては認められていない。つまり累積子実体の形成は多様な系統の[[真核生物]]が独立に何度も獲得した形質である<ref name="sorocarpic" />。しかし単に細胞性粘菌といった場合に、[[タマホコリカビ類]]、とりわけ[[モデル生物]]として研究に利用されている[[キイロタマホコリカビ]]を指していることも多い。その場合、「細胞性粘菌」についての記述が、キイロタマホコリカビ以外の細胞性粘菌一般に当てはまるとは限らない。本項目では細胞性粘菌の一般論について扱う。個々の生物についてはそれぞれの項目を参照のこと。
これに類するものには[[タマホコリカビ類]]と[[アクラシス類]]の二つがあり、かつては一つの分類群にまとめられた。しかし、分子系統学などの証拠から現在ではこれらは系統的に遠いものと判断され、独立させた。そのため分類群としての細胞性粘菌というくくりは認められていないが、今もこの語を聞くことは多いため、これについてここに説明する。右の分類表はあえて過去のものを示した。


== 生活環 ==
これに属する[[キイロタマホコリカビ]]が、[[モデル生物]]として、特に[[分化]]の研究材料として注目され、変形菌とは異なる分野で研究に利用されている。
胞子から出芽したアメーバは微生物を摂食しながら分裂増殖する。種によっては基質上で単独でシスト化することもある。何らかのシグナルによりアメーバは集合して{{lang|en|sorogen}}となり、細胞壁を作ることで基質から立ち上がって累積子実体となる。成熟した累積子実体の中には細胞壁を伴う胞子が生じる<ref name="sorocarpic" />。


== 変形菌との比較 ==
==概論==
細胞性粘菌というのは、[[アメーバ運動]]をすると、[[胞子]]形成する[[子実体]]をその[[生活環]]に持つ点で、[[変形菌]]類似た持つ生物である。
細胞性粘菌の生活環は、[[アメーバ運動]]をする栄養期と、[[胞子]]形成する子実体からなるという点で、[[変形菌]]のそれと類似している。だし、変形菌類の栄養期である[[変形体]]が核分裂繰り返しながら細胞質は分裂しないいわゆる[[多核体]]であるのに対して、細胞性粘菌は単細胞のアメーバとして増殖し、それが集合することで外見的には変形体のような構造をとるが、あくまで個々の細胞の独立性は維持されている。


ただし、変形菌類のいわゆる[[変形体]]が、核分裂を繰り返しながら、細胞質は分かれない、いわゆる[[多核体]]であるのに対して、この仲間は、その生活環を通して細胞の構造を失わない。単細胞のアメーバとして増殖し、それが集まって、一時的に外見的には変形体のような構造をとる。しかし、この場合にも細胞が集まっただけで融合することはなく、また、移動して子実体に変化するまでの一時的な構造にとどまる。多くの変形菌が、子実体形成時には変形体が細かい部分に分かれ、それぞれが子実体の形を取るのに比べると、ある意味では逆である。
また、変形菌の変形体が場合によっては1mにも広がるのに対して、細胞性粘菌の偽変形体はせいぜい数mmであり、多くの変形菌よりもはるかに微小な生物である。
また、変形菌の変形体が場合によっては1mにも広がるのに対して、細胞性粘菌の偽変形体はせいぜい数mmであり、多くの変形菌よりもはるかに微小な生物である。


子実体はひとつの偽変形体からひとつしか生じない。ただし枝分かれする場合はある。なお、この類の子実体のことを、特に'''累積子実体'''(るいせきしじつたい、またはソロカルプ {{lang|la|sorocarp}})と呼ぶ
子実体はひとつの偽変形体からひとつしか生じない。ただし枝分かれする場合はある。

細胞の集合はここに含まれる群の特徴であるが、これを変形体に相同と考えたのがこの群を変形菌類と見なした理由である。他方、それぞれのアメーバが個体性を失わないまま集まるのを社会的な行動と見なし、これらを[[社会性]]のアメーバ({{lang|en|social amoeba}})と呼ぶこともある。

==利用==
現実的には利用価値はない。利害関係も存在しない。しかし、[[モデル生物]]としては[[キイロタマホコリカビ]]は極めて重要である。その細胞の集合の機構や、集合後の胞子と柄細胞への分化などが非常に大きな興味を持って研究された。そのため、本家の変形菌よりこちらが有名になっていた時期がある。また、現在でも細胞性粘菌と言えばこの種、あるいはタマホコリカビ類を指していることが多い。


== 分類 ==
== 分類 ==
伝統的には[[植物分類学]]で[[菌類]]として取扱われてきた。アメーバの性質、子実体形成時の細胞の振る舞いなどに注目して、[[アクラシス類]]と[[タマホコリカビ類]]の2群に分けて以下の様に位置づけていた。
細胞性粘菌としてふつうに知られているのはキイロタマホコリカビを含むグループのタマホコリカビ類(''{{sname|Dictyostelium}}'' 類)である。この類では子実体は柄と胞子塊に分かれ、胞子塊の部分が胞子として機能する。

細胞性粘菌には、もう一つアクラシス ({{sname|Acrasis}}) 類が知られている。

両者には、アメーバの性質、子実体形成時の細胞の振る舞いなどに大きな違いがある。しかし両者とも細胞性粘菌であると考え、たとえば以下のように体系づけた(ウェブスター菌類学の例)。


*変形菌門 {{sname|Myxomycota}}
*変形菌門 {{sname|Myxomycota}}
**アクラシス綱 {{sname|Acrasiomycetes}}
**アクラシス綱 {{sname|Acrasiomycetes}}
***アクラシス亜綱 {{sname|Acrasiomycetidae}}
***アクラシス亜綱 {{sname|Acrasiomycetidae}}
****[[アクラシス類|アクラシス目]] {{sname|Acrasiales}}
****[[アクラシス目]] {{sname|Acrasiales}}
***タマホコリカビ亜綱 {{sname|Dictyostelidae}}
***タマホコリカビ亜綱 {{sname|Dictyostelidae}}
****[[タマホコリカビ類|タマホコリカビ目]] {{sname|Dictyosteliales}}
****[[タマホコリカビ目]] {{sname|Dictyosteliales}}

しかし分子系統解析によれば、タマホコリカビ類が[[アメーボゾア]]に属する[[単系統群]]である<ref>{{cite journal|last=Schaap|first=P.|coauthors=''et al.''|year=2006|title=Molecular phylogeny and evolution of morphology in the social amoebas|journal=Science|volume=314|issue=5799|pages=661-663|doi=10.1126/science.1130670}}</ref>一方で、アクラシス類は多様な系統に属する生物の寄せ集めである<ref name="sorocarpic" />。


*コプロミクサ科 {{sname||Copromyxidae}}
しかし、その後の現生生物学分野の進歩により、これらはより系統的に遠いものと考えられるようになっており、細胞性粘菌をまとめる意味は分類学的には存在しないと考えられる。現在ではタマホコリカビ類は[[アメーボゾア]]に含め、ここには変形菌類も所属する。他方、アクラシス類は[[ヘテロロボサ]]と言う別の系統に属するとされる。
*:アメーボゾアのうち[[ツブリナ綱]]{{sname||Euamoebida}}目に属し、つまり狭義の[[アメーバ属]]に近縁である。{{snamei|Copromyxa}}と{{snamei|Copromyxella}}の2属。
*アクラシス科 {{sname||Acrasidae}}
*:[[エクスカバータ]]の[[盤状クリステ類]]のうち、[[ヘテロロボサ]]に属する。{{snamei|Acrasis}}と{{snamei|Pocheina}}の2属。
*{{sname||Fonticulaceae}}
*:[[オピストコンタ]]のうち[[真菌]]に近い位置にある。{{snamei|Fonticula}}の1属。
*{{sname||Guttulinopsidae}}
*:[[リザリア]]のうち[[ケルコゾア門]]に属している。{{snamei|Guttulinopsis}}の1属。


その他にも累積子実体を形成するアメーバとして{{snamei||Sordiplophrys}}が知られており、これと形態が非常に良く似た{{snamei||Diplophrys}}が[[ストラメノパイル]]の[[ラビリンチュラ類]]に所属している<ref name="sorocarpic" />。
いずれにせよ、この両者は、5界説ではともに[[原生生物]]界に所属させるものの中で、変形菌や[[ミドリムシ]]と同様に真核生物の進化の早い段階に分化した古い系統の生物と考えられている。詳細は各群の項を参照されたい。


== 脚注 ==
== 歴史 ==
細胞性粘菌の研究は[[1869年]]の{{snamei|Dictyostelium mucoroides}}の記載に始まるが、このときは多核体を形成する、つまり今日でいう[[真正粘菌]]の1種として記載されている。多核体を形成しない「細胞性」が認識されたのは[[1880年]]にvan Tieghemが{{snamei|Acrasis granulata}}を記載した時である。この属名{{snamei|Acrasis}}はギリシャ語の{{lang|hr|κρασις}}(混ざる)に否定接頭辞{{lang|hr|α-}}を付けたもので、細胞性が維持されていることを示している<ref name="sorocarpic" />。
{{reflist|2}}


==参考文献==
== 参考文献 ==
{{reflist}}
<!-- 「参考文献」節には、本記事の出典として実際に使われている文献のみをご記入下さい。 -->
{{参照方法|date=2019年5月19日 (日) 22:10 (UTC)|section=1}}
*{{cite journal
| last = Smirnov | first = A.
| coauthors = ''et al.''
| title = Molecular phylogeny and classification of the lobose amoebae
| journal = Protist
| year = 2005 | volume = 156 | issue = 2 | pages = 129-142
}}
*{{cite journal
| last = Schaap | first = P.
| coauthors = ''et al.''
| title = Molecular phylogeny and evolution of morphology in the social amoebas
| journal = Science
| year = 2006 | volume = 314 | issue = 5799 | pages = 661-663
}}
*{{cite book
| last = Kirk | first = P. M.
| coauthors = ''et al.''
| year = 2001
| title = Dictionary of the fungi
| edition = 9th
| publisher = CAB International
| id = ISBN 0-8519-9377-X
}}


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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{{DEFAULTSORT:さいほうせいねんきん}}
{{DEFAULTSORT:さいほうせいねんきん}}
[[Category:原生生物]]
[[Category:原生生物]]
[[Category:アメーボゾア]]
[[Category:エクスカバータ]]

2019年10月17日 (木) 19:48時点における版

細胞性粘菌
(分類群としては廃止)
タマホコリカビの生活環
分類
: 菌界 Fungi
: 変形菌門 Myxomycota
: アクラシス綱 Acrasiomycota
下位分類群

細胞性粘菌(さいぼうせいねんきん、: cellular slime molds)とは、生活環の一時期に多数の個体が集合して協調的に子実体を形成するアメーバ様単細胞生物の総称。真正粘菌(変形菌)が多核体となりそこから子実体を形成するのに対し、常に個々の細胞が独立していることが「細胞性」と呼ばれる所以である。このようにして形成される子実体を累積子実体(るいせきしじつたい、: sorocarp、ソロカルプ)と呼び、したがってこのような生物をsorocarpic amoebaということもある[1]

かつては細胞性粘菌が1つの分類群を成すと考えられていたこともあるが、実際には多系統的でありもはや分類群としては認められていない。つまり累積子実体の形成は多様な系統の真核生物が独立に何度も獲得した形質である[1]。しかし単に細胞性粘菌といった場合に、タマホコリカビ類、とりわけモデル生物として研究に利用されているキイロタマホコリカビを指していることも多い。その場合、「細胞性粘菌」についての記述が、キイロタマホコリカビ以外の細胞性粘菌一般に当てはまるとは限らない。本項目では細胞性粘菌の一般論について扱う。個々の生物についてはそれぞれの項目を参照のこと。

生活環

胞子から出芽したアメーバは微生物を摂食しながら分裂増殖する。種によっては基質上で単独でシスト化することもある。何らかのシグナルによりアメーバは集合してsorogenとなり、細胞壁を作ることで基質から立ち上がって累積子実体となる。成熟した累積子実体の中には細胞壁を伴う胞子が生じる[1]

変形菌との比較

細胞性粘菌の生活環は、アメーバ運動をする栄養期と、胞子形成をする子実体からなるという点で、変形菌のそれと類似している。ただし、変形菌類の栄養期である変形体が核分裂を繰り返しながら細胞質は分裂しないいわゆる多核体であるのに対して、細胞性粘菌は単細胞のアメーバとして増殖し、それが集合することで外見的には変形体のような構造をとるが、あくまで個々の細胞の独立性は維持されている。

また、変形菌の変形体が場合によっては1mにも広がるのに対して、細胞性粘菌の偽変形体はせいぜい数mmであり、多くの変形菌よりもはるかに微小な生物である。

子実体はひとつの偽変形体からひとつしか生じない。ただし枝分かれする場合はある。

分類

伝統的には植物分類学菌類として取扱われてきた。アメーバの性質、子実体形成時の細胞の振る舞いなどに注目して、アクラシス類タマホコリカビ類の2群に分けて以下の様に位置づけていた。

  • 変形菌門 Myxomycota

しかし分子系統解析によれば、タマホコリカビ類がアメーボゾアに属する単系統群である[2]一方で、アクラシス類は多様な系統に属する生物の寄せ集めである[1]

その他にも累積子実体を形成するアメーバとしてSordiplophrysが知られており、これと形態が非常に良く似たDiplophrysストラメノパイルラビリンチュラ類に所属している[1]

歴史

細胞性粘菌の研究は1869年Dictyostelium mucoroidesの記載に始まるが、このときは多核体を形成する、つまり今日でいう真正粘菌の1種として記載されている。多核体を形成しない「細胞性」が認識されたのは1880年にvan TieghemがAcrasis granulataを記載した時である。この属名Acrasisはギリシャ語のκρασις(混ざる)に否定接頭辞α-を付けたもので、細胞性が維持されていることを示している[1]

参考文献

  1. ^ a b c d e f Brown, Matthew W., and Silberman, Jeffrey D. (2013). “The Non-dictyostelid Sorocarpic Amoebae”. In Romeralo, Baldauf, Escalante (eds.). Dictyostelids: Evolution, Genomics and Cell Biology. pp. 219-242. doi:10.1007/978-3-642-38487-5_12. ISBN 978-3-642-38487-5 
  2. ^ Schaap, P.; et al. (2006). “Molecular phylogeny and evolution of morphology in the social amoebas”. Science 314 (5799): 661-663. doi:10.1126/science.1130670. 

関連項目

外部リンク