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2018年11月27日 (火) 07:49時点における版

捕食出版(ほしょくしゅっぱん、: Predatory publishing)は、研究者が投稿した論文原稿をまともに査読編集をせず、オープンアクセス学術誌に出版する行為で、出版社を捕食出版社(Predatory publisher)、学術誌を捕食学術誌(Predatory journal)と呼ぶ。

このビジネスモデルは、研究者が論文掲載料を払い(例えば1論文20万円)、対価として、出版社が電子的な学術誌に論文を掲載するビジネスモデルである。論文掲載料を払うと、投稿後、2ー3か月以内に掲載される。

研究者は自分の論文が簡単に出版されるので論文数が増え、メリットがある。論文掲載料は研究費から払うので自腹が痛むことはない。捕食出版社は電子的に投稿された論文原稿をパソコンで整え、ウェブ上にアップするだけなので、手間と経費はさほどかからない。例えば1論文20万円を毎月20論文出版すれば、毎月400万円に収入になる。

批判

まともな査読や編集がないため、一般的に、出版論文の質は悪い。学術的な内容が劣るだけでなく、捏造改ざん盗用の温床になっている恐れもある。

ニューヨーク大学・医学倫理部・部長のアーサー・キャップラン(Arthur Caplan)教授は、捏造改ざん盗用と同じように、捕食出版は、医療専門家に対する公衆の信頼を損ない、まともな科学を破壊し、証拠に基づく政策に対する公的支援を弱めると警告している[1]

当初、研究者は騙されて捕食学術誌に論文を出版していると想定された。それで、このビジネスモデルは、出版社が、研究者を捕食(predatory)し、出版(publishing)すると認識され、捕食出版と呼ばれた。

しかし、一部の研究者は学術誌の質が悪いこと、および捕食的であることを承知で利用している。ニューヨーク・タイムズの2017年の記事によると、承知で利用というレベルではなく、著しい数の研究者が捕食学術誌に自分の論文を掲載したいと熱望している。つまり、「捕食」ではなく「醜い共依存」だと指摘している[2]

勢力

捕食学術誌は急送に増加している。2010年に53,000報の論文を出版したのが、2014年には、約8,000の捕食学術誌が推定42万報の論文を出版した[3][4]

出版社と論文著者の地域分布は非常に偏っている。著者は、アジアまたはアフリカが4分の3を占める[3]

2018年1月に発表された調査によれば、開発途上国の研究者は、評判の良い西洋の学術誌が彼らに対して偏見をもっているので、途上国の学術誌に発表する方が快適だと感じている。また、一般的に、開発途上国の研究者は、学術誌の評判についてあまり知らないので、捕食学術誌と知らずに投稿してしまう。研究者は適切な指針を持っておらず、より評判の良いジャーナルに投稿する知識が不足している[5]

歴史

2008年3月、オープンアクセス学術誌に初期から貢献していたグンター・アイゼンバッハ(Gunther Eysenbach)は、過剰に魅力的な電子メールで研究者からの論文投稿を呼び込む出版社を「オープンアクセス出版の黒い羊」と呼び、注意を喚起した。特にベンタム科学出版社英語版 (Bentham Science Publishers)、ドーヴ医学出版社英語版 (Dove Medical Press)、Libertas Academica英語版(Libertas Academica)を「オープンアクセス出版の黒い羊」と批判した[6]

2008年10月、ウェルカム・トラスト主催によるロンドンでのオープンアクセスデーのセレブレーションで、「黒い羊」に対処するため、オープンアクセス学術出版社協会が設立された[7][8][9]

しかし、2009年にも論文出版の誠実さに疑念が抱かれていた[10][11]

例えば、2009年、科学研究出版社が出版している学術誌の論文がすでに他の学術誌で発表された論文と重複しているとImprobable Researchのブログが指摘した[12]

SCIgen実験

SCIgen英語版は文脈自由文法を使用してコンピュータサイエンスの学術論文をランダムに生成するコンピュータプログラムである。

2010年、コーネル大学のPhil Davis(Scholarly Kitchenブログの編集者)は、SCIgenを使って、全くデタラメな論文原稿を作り、学術誌に投稿した。すると、その論文原稿は、学術誌に受理された。つまり、デタラメナ内容でも論文として出版してくれる学術誌があったことを証明した。なお、受理後、Phil Davisは原稿を取り下げ、論文は出版されていない[13]

ボハノンの実験

2013年、科学ライターのジョン・ボハノン英語版(John Bohannon)は、「誰が査読を恐れる?(Who's Afraid of Peer Review?)」というタイトルの内容は全くデタラメな論文原稿を作り、世界中の305のオープンアクセス学術誌に投稿した。すると、Journal of Natural Pharmaceuticalsを含め、学術誌の約60%が「出版します(出版受理)」と返事してきた。一方、PLOS ONEを含め、約40%は不採択と返事してきた。日本では、神戸大学医学部が発行している「Kobe Journal of Medical Sciences」が「出版します(出版受理)」と返事した[14]

判定基準

捕食出版と判定する基準は以下のようだ。

  • 査読を含めた論文の質的管理がほとんど、あるいはまったく無く、投稿原稿をすぐ受理する。明らかにデタラメな原稿も受理する[15] [13][16][17]
  • 論文が受理された後にのみ論文掲載費用を通知する[15]
  • 研究者に論文を投稿するよう積極的にキャンペーンする。また、編集委員になることも積極的にキャンペーンする[18]
  • 本人の許可なく研究者を編集委員にし[19][20]、編集委員の辞任を認めない[19][21]
  • 偽の研究者を編集委員にする[21]
  • より確立された学術誌の名前またはウェブサイトのスタイルを模倣する[22]
  • 誤った連絡先を示し、問題を出版操作について誤解を招くような主張をする[19]
  • デタラメなISSN 番号を使う[19]
  • デタラメなインパクトファクターを使う[23][24]

対策

ビオール・リスト

コロラド大学デンバー校英語版ジェフリー・ビオール(Jeffrey Beall)は、捕食学術誌と判定する基準を定め、捕食学術誌のリストをビオール・リスト(Beall's List)として公開し、定期的に更新していた。しかし、捕食出版社と指摘された出版社からの激しい攻撃、そして、コロラド大学デンバー大学からの激しいプレッシャーに直面した[25]。2017年1月、失職することを恐れ、ビオール・リストを削除した 。

キャベルのブラックリスト

キャベルのブラックリスト(Cabell's blacklist)

他の対策

Campaign Think. Check. Submit.

公開査読(open peer review)や出版後査読など、より透明性の高い査読が、捕食学術誌と戦うために提唱されている[26]。一方、査読の欠点と関連づけるのではなく、捕食学術誌は、詐欺、欺瞞、無責任と関連づけるべきだと主張する考えもある[27]

まとも学術誌を捕食学術誌から分けるのに、透明性と善行が有効だと、学術出版規範委員会、DOAJ、オープンアクセス学術出版社協会、世界医学編集者協会(World Association of Medical Editors)は主張している[28]。いくつかの学術誌の査読サイトが設置さた。査読プロセスの質に重点を置いていて、オープンアクセスでない学術誌まで広がっているものもある[29][30]

図書館と出版社は、意識向上キャンペーンを開始した[31][32]

さらに捕食学術誌と戦うために、いくつかの対策が提案されている。 他の研究機関は、発展途上国の若手研究者の著しい出版リテラシーを改善するよう、研究機関に要請している[33] 。 いくつかの組織では、捕食学術誌略の目印となる基準を見つけようとしている[34]

関連項目

脚注・文献

  1. ^ Caplan, Arthur L. (2015). “The Problem of Publication-Pollution Denialism”. Mayo Clinic Proceedings 90 (5): 565-566. doi:10.1016/j.mayocp.2015.02.017. ISSN 0025-6196. PMID 25847132. 
  2. ^ Kolata, Gina (2017年10月30日). “Many Academics Are Eager to Publish in Worthless Journals”. The New York Times. ISSN 0362-4331. オリジナルの2017年11月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171108014011/https://www.nytimes.com/2017/10/30/science/predatory-journals-academics.html 2017年11月8日閲覧。 
  3. ^ a b Shen, Cenyu; Bjork, Bo-Christer (1 October 2015). “'Predatory' open access: a longitudinal study of article volumes and market characteristics”. BMC Medicine 13 (1): 230. doi:10.1186/s12916-015-0469-2. ISSN 1741-7015. PMC 4589914. PMID 26423063. オリジナルの. エラー: |archiveurl=を指定した場合、|archivedate=の指定が必要です。. https://web.archive.org/web/20151002184759/http://www.biomedcentral.com/1741-7015/13/230/abstract 2015年10月1日閲覧。. 
  4. ^ Carl Straumsheim (2015年10月). “Study finds huge increase in articles published by 'predatory' journals”. 2016年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年2月15日閲覧。
  5. ^ Kurt, Serhat (2018). “Why do authors publish in predatory journals?”. Learned Publishing 31 (2): 141-7. doi:10.1002/leap.1150. 
  6. ^ Black sheep among Open Access Journals and Publishers”. Random Research Rants. 2014年12月29日閲覧。
  7. ^ OASPA History, accessed Nov 28, 2010
  8. ^ New Open Access Scholarly Publishers Association (OASPA) Launched, a report by Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition|SPARC Europe, accessed Nov 28, 2010
  9. ^ Launch of Open Access Scholarly Publishers Association (OASPA). Scholarly Communications Report 12(10):5 (2008).
  10. ^ Suber, Peter (2009年10月2日). “Ten challenges for open-access journals”. SPARC Open Access Newsletter (138). http://dash.harvard.edu/handle/1/4316131 
  11. ^ Beall, Jeffrey (2009), "Bentham Open", The Charleston Advisor, Volume 11, Number 1, July 2009, pp. 29-32(4) [1]
  12. ^ Abrahams, Marc (2009年12月22日). “Strange academic journals: Scam?”. Improbable Research. 2015年1月13日閲覧。
  13. ^ a b Basken, Paul (2009年6月10日). “Open-Access Publisher Appears to Have Accepted Fake Paper From Bogus Center”. The Chronicle of Higher Education. http://chronicle.com/article/Open-Access-Publisher-Appears/47717 
  14. ^ John Bohannon (Oct 2013). “Who's Afraid of Peer Review?”. Science 342 (6154): 60-5. doi:10.1126/science.342.6154.60. PMID 24092725. http://www.sciencemag.org/content/342/6154/60.full 2013年10月7日閲覧。. 
  15. ^ a b Stratford, Michael (2012年3月4日). “'Predatory' Online Journals Lure Scholars Who Are Eager to Publish”. The Chronicle of Higher Education. http://chronicle.com/article/Predatory-Online-Journals/131047/  (Paid subscription required要購読契約)
  16. ^ Gilbert, Natasha (15 June 2009). “Editor will quit over hoax paper”. Nature. doi:10.1038/news.2009.571. http://www.nature.com/news/2009/090615/full/news.2009.571.html. 
  17. ^ Safi, Michael (25 November 2014), “Journal accepts bogus paper requesting removal from mailing list”, The Guardian, https://www.theguardian.com/australia-news/2014/nov/25/journal-accepts-paper-requesting-removal-from-mailing-list?CMP=twt_gu .
  18. ^ Butler, Declan (27 March 2013). “Investigating journals: The dark side of publishing”. Nature 495 (7442): 433-435. Bibcode2013Natur.495..433B. doi:10.1038/495433a. PMID 23538810. http://www.nature.com/news/investigating-journals-the-dark-side-of-publishing-1.12666. 
  19. ^ a b c d Elliott, Carl (2012年6月5日). “On Predatory Publishers: a Q&A With Jeffrey Beall”. Brainstorm. The Chronicle of Higher Education. 2018年12月1日閲覧。
  20. ^ Beall, Jeffrey (2012年8月1日). “Predatory Publishing”. The Scientist. http://www.the-scientist.com/?articles.view/articleNo/32426/title/Predatory-Publishing/ 2018年12月1日閲覧。 
  21. ^ a b Kolata, Gina (2013年4月7日). “For Scientists, an Exploding World of Pseudo-Academia”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2013/04/08/health/for-scientists-an-exploding-world-of-pseudo-academia.html 2018年12月1日閲覧。 
  22. ^ Neumann, Ralf (2012年2月2日). “Junk Journals" und die "Peter-Panne”. Laborjournal. 2018年12月1日閲覧。
  23. ^ Jeffrey Beall (2014年2月11日). “Bogus New Impact Factor Appears”. Scholarly Open Access. 2014年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年12月1日閲覧。
  24. ^ Mehrdad Jalalian; Hamidreza Mahboobi (2013). “New corruption detected: Bogus impact factors compiled by fake organizations”. Electronic Physician 5 (3): 685-686. http://www.ephysician.ir/2013/685-686.pdf. 
  25. ^ Paul Basken (2017年9月22日). “Why Beall's blacklist of predatory journals died”. University World News. http://www.universityworldnews.com/article.php?story=20170920150122306 
  26. ^ Swoger, Bonnie (2014年11月26日). “Is this peer reviewed? Predatory journals and the transparency of peer review”. Scientific American. Macmillan Publishers Ltd.. 2017年6月14日閲覧。
  27. ^ Bartholomew, R. E. (2014). “Science for sale: the rise of predatory journals”. Journal of the Royal Society of Medicine 107 (10): 384-385. doi:10.1177/0141076814548526. PMC 4206639. PMID 25271271. http://jrs.sagepub.com/content/107/10/384. 
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  29. ^ Perkel, Jeffrey (30 March 2015). “Rate that journal”. Nature 520 (7545): 119?120. Bibcode2015Natur.520..119P. doi:10.1038/520119a. PMID 25832406. http://www.nature.com/news/rate-that-journal-1.17225. 
  30. ^ van Gerestein, Danielle (2015). “Quality Open Access Market and Other Initiatives: A Comparative Analysis”. LIBER Quarterly 24 (4): 162. doi:10.18352/lq.9911. オリジナルの21 September 2015時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150921055808/http://liber.library.uu.nl/index.php/lq/article/view/9911. 
  31. ^ Benderly, Beryl Lieff (2015年10月13日). “Avoiding fake journals and judging the work in real ones”. Science. AAAS. 2017年6月14日閲覧。
  32. ^ Straumsheim, Carl (2015年10月2日). “Awareness Campaign on 'Predatory' Publishing”. Inside Higher Ed.. 2017年6月14日閲覧。
  33. ^ Clark, J.; Smith, R. (2015). “Firm action needed on predatory journals”. BMJ 350: h210. doi:10.1136/bmj.h210. PMID 25596387. 
  34. ^ Predatory Publishers”. Answers Consulting (2018年2月3日). 2018年12月1日閲覧。

外部リンク