「ノート:柔道」の版間の差分

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。
削除された内容 追加された内容
山元 (会話 | 投稿記録)
山元 (会話 | 投稿記録)
63行目: 63行目:
「当身技は、「精力善用国民体育の形」としてまとめられているが、これは嘉納治五郎の[[唐手]](現・[[空手]])研究からきているとされる<REF>儀間真謹・藤原稜三『対談近代空手道の歴史を語る』ベースボール・マガジン社、1986年、110、111参照。</REF>」の形で出典は示されているとはいえ、そもそも出典が一部の空手家の研究に基づく私論・私的主張に過ぎず、信頼性に足る根拠・資料ではない点を指摘します。--[[利用者:Bugei|Bugei]] 2012年1月13日 (金) 16:12 (UTC)
「当身技は、「精力善用国民体育の形」としてまとめられているが、これは嘉納治五郎の[[唐手]](現・[[空手]])研究からきているとされる<REF>儀間真謹・藤原稜三『対談近代空手道の歴史を語る』ベースボール・マガジン社、1986年、110、111参照。</REF>」の形で出典は示されているとはいえ、そもそも出典が一部の空手家の研究に基づく私論・私的主張に過ぎず、信頼性に足る根拠・資料ではない点を指摘します。--[[利用者:Bugei|Bugei]] 2012年1月13日 (金) 16:12 (UTC)
:「講道館の昇段試験文」は[[独自研究]]に書かれている「信頼できる資料」に該当しませんので、御主張を証明できる嘉納治五郎著作集からの引用など、信頼できる一次文献からの出典並びに明記をお願いします。あと、私が出典を明記している文章に対して、出典を示せていないのに一方的に「独自研究」を貼るのはおやめください。Wikipediaでの編集は出典を示せない文章は削除されても仕方がありませんので。--[[利用者:山元|山元]] 2012年1月13日 (金) 20:54 (UTC)
:「講道館の昇段試験文」は[[独自研究]]に書かれている「信頼できる資料」に該当しませんので、御主張を証明できる嘉納治五郎著作集からの引用など、信頼できる一次文献からの出典並びに明記をお願いします。あと、私が出典を明記している文章に対して、出典を示せていないのに一方的に「独自研究」を貼るのはおやめください。Wikipediaでの編集は出典を示せない文章は削除されても仕方がありませんので。--[[利用者:山元|山元]] 2012年1月13日 (金) 20:54 (UTC)
:出典元の『対談近代空手道の歴史を語る』の対談者の一人、儀間真謹氏は大正11年に講道館で唐手演武した当事者であり、その儀間氏が
:「'''儀間 それは実に熱心なものでした。嘉納治五郎先生が考案された『精力善用国民体育の形』をごらんになれば分かる通り、この形の中には、沖縄唐手術の技法が随所に用いられているのです'''」(110頁)
:と語っているわけですから、当該文献を「私論・私的主張」と言うことはできません。この著作は空手史研究においてはしばしば参考文献に挙げられる「信頼できる二次文献」です。それを信頼に足る資料ではないと貶めることはできません。--[[利用者:山元|山元]] 2012年1月13日 (金) 21:05 (UTC)

2012年1月13日 (金) 21:05時点における版

解説[作成]

>絞め技で相手が死亡した場合は、「有効」となる。

これ、本当ですか?Phew

どうやら2006年5月15日 (月) 07:50(JST)の編集以降からそうなっているようですね。まったく気付かなかった……。たしか、絞め技でなくとも相手が負傷その他で、戦えなくなった場合、棄権扱いで、勝ちになるはずです。「絞め技で相手が死亡した場合」もこれに含まれるはずなので、死亡した時点で勝ちかと思いますが。それ以前に、落ちてから死ぬはずなので、落ちた時点で、これまた一本かと。ともかく、ルールブックは昔読んだきりなので、「棄権扱い云々」も間違いかもしれませんが、「死んだら有効」は見たことないような。たぶんそんなルールは、十中八九ないと思いますが、編集した凪雲緋絽獅さんに聞いてみないことには、こちらもうろ覚えなので、何ともいえませんね。Bow 2006年8月22日 (火) 02:46 (UTC)[返信]

ルールを加筆しました。全て3つ目に分類されるようです。Bow 2006年11月11日 (土) 06:14 (UTC)[返信]


「ブラジルでの異種格闘技戦」は「歴史」の節からはずして独立の節としたほうがよいではないですかね?Phew 2006年11月6日 (月) 12:09 (UTC)[返信]

独立させます。Phew 2006年11月11日 (土) 08:09 (UTC)[返信]

概要について

>2人の選手が組み合って、相手を投げて背中から落とす、相手の足をはらい倒す、 >あるいは一定時間以上抑え込むことができれば勝ち。

2人の選手が組み合って、 1.相手を勢いよく背中から落とす。 2.一定時間以上抑え込むこむ。 3.首への絞め、肘関節への攻撃で、一定の効果を出す。 以上の3つの内、いずれかに成功する事ができれば勝ち。 とするのはいかがか?

ブラジリアン柔術ルール?

>ブラジリアン柔術ルールで行われ引き分けに終わる。

これは「柔術デスマッチルール」ではないですかね?ノーポイントの。Phew 2007年1月14日 (日) 01:46 (UTC)[返信]

「日本伝講道館柔道」の名称について

2007年2月3日 (土) 14:37の編集で、「以前の正式名称は日本伝講道館柔道だった。」となりましたが、本当でしょうか。それ以前には、「正式名称は『日本伝講道館柔道』という」に要出典が張ってありましたが、その点にも、出典があるのでしょうか。どうも、講道館が、柔道のことを「日本傳講道館柔道」と呼んでいる様なので(正式名称かは分かりませんが)、ご確認よろしくお願いいたします。Bow 2007年2月3日 (土) 15:39 (UTC)[返信]

どちらにしろ、出典があるまで、現在のも含めこの部分は削除しますね。--Phew 2007年2月3日 (土) 17:09 (UTC)[返信]

反則

反則に関する項目がないようですが。あった方がいいのでは?--Ks 2007年12月20日 (木) 14:34 (UTC)[返信]


当身技について

2011年7月9日 (土) 22:54‎ の編集で柔道の母体となった天神真楊流や起倒流の当身についての記載が削除され、柔道の当身技のほぼ全てが空手から採用されたかのような記述は、誤りであると言わざるを得ません。
出典はタイトルからして空手側のものであってやや偏りがあると考えるべき点があり、これをウィキペディアの柔道の項目にそのまま載せるべきものか再考が必要でしょう。嘉納治五郎の空手研究は事実としても、それ以前からすでに柔道には当身技が存在しました。 また、精力善用国民体育の形だけが柔道の当身技を表すかのような記述も元々柔道にあった古式の形(起倒流)や極の形(天神真楊流、他)にある当身技を無視してしまっています。
一旦、削除部分を復活させたいと思います。
さらに提案として、精力善用国民体育の形と空手の関係については精力善用国民体育の形の項目の中で記述すべきと考えますがいかがでしょうか。 --Bugei 2011年10月9日 (日) 14:59 (UTC)[返信]

精力善用国民体育の形が天神真楊流や起倒流から来ているという記述には出典がありませんでしたが、それを証明できる研究文献などはございますでしょうか。--山元 2011年11月21日 (月) 00:54 (UTC)[返信]

柔道の当身技が天神真楊流や起倒流から来ている、です。特に急所は天神真楊流のもので、古式の形の中の当身は起倒流そのものです。以上のことは様々な講道館柔道関係者の著書に書かれていることです。また、精力善用国民体育の形と空手との関係はあくまでも空手界側からの主張に過ぎません。百科事典としての柔道の項目に他分野からの主張を取り入れて記述するのは不適当であり、そのような論戦は他の著書等で論じるべき内容と考えます。--Bugei 2012年1月12日 (木) 14:35 (UTC)[返信]

その出典について、示していただけますでしょうか。もし天神真楊流や起倒流から充分な当て身技が伝承されていたのならば、嘉納翁が唐手を研究する必要がありません。むしろ、柔道の当て身技が唐手の影響を受けていることを隠蔽するために、意図的に古流柔術との関係を強調しているように感じられます。信頼できる出典が示されるまで、一端編集を差し戻します。--山元 2012年1月13日 (金) 05:51 (UTC)[返信]

「嘉納翁が唐手を研究する必要がありません。むしろ、柔道の当て身技が唐手の影響を受けていることを隠蔽するために、意図的に古流柔術との関係を強調しているように感じられます。」は、個人的見解にすぎません。ここはあなたのブログではありません。「隠蔽」って何でしょう?ボランティアに依存したwikiとはいえ、世界中の柔道ファンが読む可能性のある百科事典に個人的な陰謀論を書いていいものでしょうか?「急所は天神真楊流のもの」「古式の形の中の当身は起倒流そのもの」を否定する理由がわかりませんが、講道館に問い合わせてみては?また、出典希望ならそのように編集すべきですが、ノートに書かれたということで「急所は天神真楊流のもの」については後日示しましょう。古式の形の当身については自明なので改めて書く必要はないでしょう。
ついでにいうと、極の形は武徳会において数派の柔術師範が合議して制定したもので、この形の当身も各派柔術由来で空手は無関係です。
さらに、山元氏は、このノートに独自研究に基づく編集を行ったことを自ら記述しているため、この編集を削除すべきと提案します。--Bugei 2012年1月13日 (金) 09:01 (UTC)[返信]

Wikipediaにおける「独自研究」とは信頼できる資料に基づいていない記述、また出典を明記していない記述を言います。私は『嘉納治五郎大系』全巻に一応目を通しておりますが、嘉納翁自身が柔道の当て身技が天神真楊流や起倒流に由来するという言及を見つけることができませんでしたので、出典をお願いしているのですが。「攻防式国民体育」や「精力善用国民体育」の名称で、嘉納翁は昭和二年以降当て身技についてしばしば言及されていますが、上記柔術流派が由来とする見解は一つもありません。精力善用国民体育の相対動作の一部は明らかに柔術由来ですが、しかし嘉納翁はどれがどの柔術流派から来ているか等の由来についてはまったく言及しておりません。私の不勉強でそれらの記述が嘉納翁のどこかの著作に言及があるのなら教えていただきたいと思いますので、まず出典を明らかにしてもらえますでしょうか。--山元 2012年1月13日 (金) 10:48 (UTC)[返信]

講道館の昇段試験等において「嘉納治五郎は,学んだ柔術諸流につき,原理に照らし,実際に試み,大いに研究と工夫を加えた。そして主として起倒流の投技,天神真楊流の当身技,固技をもとにして集大成した。」が正しい文になります。これが講道館の公式見解です。しかし、あなたの独自研究結果をwikiに掲載し続けた場合、wikiを読んだ人は「主として空手の当身技をもとにして集大成した」という誤った文が正しいと間違って覚えてしまい、正しい答えに辿り着けなくなります。よって、独自研究成果を百科事典に掲載し続けることは誤りですので、訂正すべきです。
また、嘉納師範による空手研究に関する記述自体は残した編集にしてあったにも拘らず、古い記述に戻したことも理解できません。独自研究の成果はブログや著書で発表してください。--Bugei 2012年1月13日 (金) 15:27 (UTC)[返信]

「当身技は、「精力善用国民体育の形」としてまとめられているが、これは嘉納治五郎の唐手(現・空手)研究からきているとされる<REF>儀間真謹・藤原稜三『対談近代空手道の歴史を語る』ベースボール・マガジン社、1986年、110、111参照。</REF>」の形で出典は示されているとはいえ、そもそも出典が一部の空手家の研究に基づく私論・私的主張に過ぎず、信頼性に足る根拠・資料ではない点を指摘します。--Bugei 2012年1月13日 (金) 16:12 (UTC)[返信]

「講道館の昇段試験文」は独自研究に書かれている「信頼できる資料」に該当しませんので、御主張を証明できる嘉納治五郎著作集からの引用など、信頼できる一次文献からの出典並びに明記をお願いします。あと、私が出典を明記している文章に対して、出典を示せていないのに一方的に「独自研究」を貼るのはおやめください。Wikipediaでの編集は出典を示せない文章は削除されても仕方がありませんので。--山元 2012年1月13日 (金) 20:54 (UTC)[返信]
出典元の『対談近代空手道の歴史を語る』の対談者の一人、儀間真謹氏は大正11年に講道館で唐手演武した当事者であり、その儀間氏が
儀間 それは実に熱心なものでした。嘉納治五郎先生が考案された『精力善用国民体育の形』をごらんになれば分かる通り、この形の中には、沖縄唐手術の技法が随所に用いられているのです」(110頁)
と語っているわけですから、当該文献を「私論・私的主張」と言うことはできません。この著作は空手史研究においてはしばしば参考文献に挙げられる「信頼できる二次文献」です。それを信頼に足る資料ではないと貶めることはできません。--山元 2012年1月13日 (金) 21:05 (UTC)[返信]