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[[韻母]]([[母音]]あるいは母音+末[[子音]])を分類するために使われた。
[[韻母]]([[母音]]あるいは母音+末[[子音]])を分類するために使われた。


古い[[等韻図]]では、[[韻母]]が[[円唇化]]音の介音-uを伴う、あるいは主母音がuである音を'''合口呼'''、-uを伴わないものを'''開口呼'''と呼び、韻母を二分類していた。
古い[[等韻図]]では、[[韻母]]が[[円唇化]]音の介音-uを伴う音や主母音がuである音など、つまり口をすぼめる音を'''合口呼'''、他の口を開く音を'''開口呼'''と呼び、韻母を二分類していた。


その後、開合の対立がない音を'''独韻'''として開口呼から独立させ、三分類するようになり、開口呼・合口呼の区別は介音-uを伴うか伴わないかとなった。さらには介音-iを伴うか、主母音を発音する際の口腔の広さの違いによって開口呼と合口呼をそれぞれ'''一等'''・'''二等'''・'''三等'''・'''四等'''に分けて分類するようになった。ちなみにi介音は開口呼の三等に分類されている。
その後、開合の対立がない音を'''独韻'''として開口呼から独立させ、三分類となった。さらには介音-iを伴うか、主母音を発音する際の口腔の広さの違いによって開口呼と合口呼をそれぞれ'''一等'''・'''二等'''・'''三等'''・'''四等'''に分けて分類するようになった。ちなみにi介音は開口呼の三等、-y介音は合口呼の三等に分類されている。


その後の[[音韻]]変化で開合各四等の区別が曖昧になり、開合各二等のモデルが模索された。そして、[[清代]]、[[藩耒]]の『類音』で、はじめて唇の形を規準にして'''開口呼'''・'''斉歯呼'''・'''合口呼'''・'''撮口呼'''の[[四呼]]による分類が行われ、現在の中国語学でも使用されている。
その後の[[音韻]]変化で開合各四等の区別が曖昧になり、開合各二等のモデルが模索された。そして、[[清代]]、[[藩耒]]の『類音』で、はじめて唇の形を規準にして'''開口呼'''・'''斉歯呼'''・'''合口呼'''・'''撮口呼'''の[[四呼]]による分類が行われ、現在の中国語学でも使用されている。

2005年8月20日 (土) 09:50時点における版

等呼(とうこ)とは、中国の伝統的な言語学である音韻学の術語。 韻母母音あるいは母音+末子音)を分類するために使われた。

古い等韻図では、韻母円唇化音の介音-uを伴う音や主母音がuである音など、つまり口をすぼめる音を合口呼、その他の口を開く音を開口呼と呼び、韻母を二分類していた。

その後、開合の対立がない音を独韻として開口呼から独立させ、三分類となった。さらには介音-iを伴うか、主母音を発音する際の口腔の広さの違いによって開口呼と合口呼をそれぞれ一等二等三等四等に分けて分類するようになった。ちなみにi介音は開口呼の三等、-y介音は合口呼の三等に分類されている。

その後の音韻変化で開合各四等の区別が曖昧になり、開合各二等のモデルが模索された。そして、清代藩耒の『類音』で、はじめて唇の形を規準にして開口呼斉歯呼合口呼撮口呼四呼による分類が行われ、現在の中国語学でも使用されている。