ブロートン準男爵

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スタッフォード州におけるブロートンのブロートン準男爵(スタッフォードしゅうにおけるブロートンのブロートンじゅんだんしゃく、英語: Broughton Baronetcy, of Broughton in the County of Stafford)は、イギリス準男爵[注釈 1]1661年にブライアン・ブロートンが叙位されたのに始まる。

歴史[編集]

ブロートン準男爵家の邸宅ドディントン・ホール英語版

ブロートン家はチェシャー・シップブロック(Shipbrook)ヴァーノン家英語版の支流リチャード・ヴァーノンの子孫である。13世紀にリチャードの孫ロジャーの代に地所の名前からブロートンを姓にするようになった[1]

イングランド内戦中、熱心な王党派であったトマス・ブロートン(-1648)の息子ブライアン・ブロートン(1618-1708)王政復古後の1660/61年3月10日にイングランド準男爵位を叙位されたのがブロートン準男爵家の創始である[1][2]

4代準男爵ブライアン(1717-1744)は、デルヴィス準男爵家英語版の女子相続人エリザベスとの結婚により、デルヴィス準男爵家の財産を相続し、1727年にブロートン=デルヴィス(Broughton-Delves)の二重性に改姓した[3]。しかしその息子であるトマス(1749頃-1813)1766年に兄から第6代準男爵位を継承した際にブロートン姓に復している[4]

11代準男爵サー・ヘンリー・ジョン・デルヴィス・(ジョック)・ブロートン(1883-1942)は、1941年イギリス植民地ケニアで起きた第22代エロル伯爵ジョスリン・ヘイ殺人事件の容疑者となったことで知られる。警察は彼の若妻ダイアナをめぐる痴情のもつれの殺人と見て彼を逮捕したが、裁判では証拠不十分で無罪となり、事件は迷宮入りしている。11代準男爵はその後1942年にイギリスに帰国した際にうつ病で自殺している[5][6]

その息子の12代準男爵イヴリン・デルヴィス・ブロートン(1915-1993)の死後、8代準男爵の次男の玄孫にあたるデイヴィッド・デルヴィス・ブロートン(1942-)が継承したと考えられるが、継承者であることが証明できていないため、準男爵公式名簿英語版には記録されておらず、1993年以降休止(dormant)中という扱いになっている[7][8]

一族の本邸はドディントン・ホール英語版である。

ブロートンの準男爵 (1661年)[編集]

  • 初代準男爵サー・ブライアン・ブロートン (Brian Broughton, 1618-1708)
  • 2代準男爵サー・トマス・ブロートン (Thomas Broughton, 不詳-1710) 先代の息子
  • 3代準男爵サー・ブライアン・ブロートン英語版 (Brian Broughton-Delves, 不詳-1724) 先代の息子
  • 4代準男爵サー・ブライアン・ブロートン=デルヴィス (Brian Broughton-Delves, 1717-1744) 先代の息子
  • 5代準男爵サー・ブライアン・ブロートン=デルヴィス (Brian Broughton-Delves, 1740-1766) 先代の息子
  • 6代準男爵サー・トマス・ブロートン (Thomas Broughton, 1749頃-1813) 先代の弟
  • 7代準男爵サー・ジョン・デルヴィス・ブロートン (John Delves Broughton, 1769-1847) 先代の息子
  • 8代準男爵サー・ヘンリー・デルヴィス・ブロートン (Henry Delves Broughton, 1777-1851) 先代の弟
  • 9代準男爵サー・ヘンリー・デルヴィス・ブロートン (Henry Delves Broughton, 1808-1899) 先代の息子
  • 10代準男爵サー・デルヴィス・ルイス・ブロートン (Delves Louis Broughton, 1857-1914) 先代の息子
  • 11代準男爵サー・ヘンリー・ジョン・デルヴィス・ブロートン (Henry John Delves Broughton, 1883-1942) 先代の息子。殺人容疑者
  • 12代準男爵サー・イヴリン・デルヴィス・ブロートン (Evelyn Delves Broughton, 1915-1993) 先代の息子
  • 13代準男爵(推定)デイヴィッド・デルヴィス・ブロートン (David Delves Broughton,, 1942-) 先代の三従兄弟 [注釈 2] の子(8代準男爵に遡った分流)
    • 推定相続人は現当主の弟サー・ジェフリー・デルヴィス・ブロートン (Geoffrey Delves Broughton, 1962-)

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 準男爵位は爵位と異なり、準男爵という肩書だけ与えられる(「○○準男爵」といった形では与えられない)。他の準男爵位と区別する必要がある場合にのみ姓名を付けたり、由来する地名を付けたりして区別する。
  2. ^ 三従兄弟 (みいとこ) とは、曾祖父の兄弟姉妹の曽孫

出典[編集]

  1. ^ a b The Baronetage of England, Containing a Genealogical and Historical Account of all Baronets now existing Vol II E Kimber and R Johnson (1771). Pedigree of Broughton. Google Books
  2. ^ Lundy, Darryl. “Sir Brian Broughton, 1st Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月1日閲覧。
  3. ^ Lundy, Darryl. “Sir Brian Broughton-Delves, 4th Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月1日閲覧。
  4. ^ Lundy, Darryl. “Rev. Sir Thomas Broughton, 6th Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月1日閲覧。
  5. ^ ウィルソン 1994, p. 180-183.
  6. ^ ゴーテ & オーデル 1986, p. 106-107.
  7. ^ Lundy, Darryl. “Sir David Delves Broughton, 13th Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月1日閲覧。
  8. ^ No Sir! You are not a Baronet yet, William Cash, Sunday Telegraph, 6 July 2003

参考文献[編集]

  • ゴーテ, JHH、オーデル, ロビン 著、河合修治 訳『殺人紳士録』河合総合研究所、1986年。 
  • ウィルソン, コリン 著、中山元、二木麻里 訳『殺人の迷宮』青弓社、1994年。 

関連項目[編集]