ハーンカー・サラヒーヤ・モスク
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ハーンカー・サラヒーヤ・モスク | |
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オスマン朝 | |
基本情報 | |
所在地 | エルサレム旧市街, キリスト教徒地区, エルサレム |
宗教 | イスラーム |
建設 | |
形式 | モスク |
様式 | オスマン様式 |
ミナレット数 | 1 |
ハーンカー・サラヒーヤ・モスクは、聖墳墓教会の北側、エルサレム旧市街のキリスト教徒地区に位置する。
歴史
[編集]モスクはかつてエルサレム大司教御所があった場所にある。1187年のエルサレムにおける十字軍のサラディンへの降伏後(それゆえサラヒーヤなのである)、御所はモスクになった。ミナレットは1417年建立である[1][2]。
聖墳墓教会を挟む二モスク
[編集]聖墳墓教会を挟んで反対側にあるオマル・モスクは、ほぼ同一のミナレットを持っている[3] 2つのミナレットは明らかに対としてデザインされた。この2つのミナレットを結ぶ線は、聖墳墓教会の扉とイエスの墓(ロトンダ)を通り、2つのミナレットは聖墳墓教会の扉から等距離であり、そして元の地面の高さが異なるにもかかわらず、その頂点は正確に同じ高さとなっている[3][4]。マーフィー・オコーナーは、これをマムルーク朝支配者たちによる、聖墳墓の「無効化」かもしれないと提起している。なぜならイスラームにおける信念では、神がイエスを直接天に上げたことになっており、十字架上の死を支持するものではないからである[4]。
ギャラリー
[編集]注
[編集]- ^ Winter, Dave & Matthews, John. Israel Handbook, p. 147. Footprint Travel Guides, 1999. ISBN 1-900949-48-2
- ^ Moudjir ed-dyn, 1876, p. 169
- ^ a b El Khanqah-Moschee in Jerusalem (German text and pictures at theologische-links.de)
- ^ a b Murphy-O’Connor, J. (2008). The Holy Land: An Oxford Archaeological Guide from Earliest Times to 1700. Oxford Archaeological Guides. Oxford: Oxford University Press. p. 62. ISBN 978-0-19-923666-4 20 June 2016閲覧。
参考文献
[編集]- Berchem, van, M. (1922) (French, Arabic). MIFAO 43 Matériaux pour un Corpus Inscriptionum Arabicarum Part 2 Syrie du Sud T.1 Jérusalem "Ville". Cairo: Impr. de l'Institut français d'archéologie orientale (pp. 87−91)
- Burgoyne, Michael Hamilton (1987). Mamluk Jerusalem. ISBN 090503533X (pp. 517−518)
- Moudjir ed-dyn (1876). Sauvaire. ed. Histoire de Jérusalem et d'Hébron depuis Abraham jusqu'à la fin du XVe siècle de J.-C. : fragments de la Chronique de Moudjir-ed-dyn
座標: 北緯31度46分43.68秒 東経35度13分45.53秒 / 北緯31.7788000度 東経35.2293139度