ノート:山下和美

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古瀬大六氏の故郷ついて[編集]

古瀬氏が長崎県雲仙市出身であるという仔細についてまとめます。

2000年の『週刊モーニング』52号(12/7号)にある『モーニングフォーラム』で山下氏がこのようにコメントを出しています。

(原文より)
雲仙には(柳沢教授のモデルでもある)私の父の実家があります。そんな縁で今回は、雲仙に行って来たわけです。1990年の噴火から着実に復興への道を歩んでいるものの、まだ当然ながら苦労も多いようです。ところで私の本名はK(内緒ですっ)というちょっと珍しい名字なのですが、雲仙の方面にはこのKさんがゴロゴロいらっしゃいます。多分、皆さん私(つまり教授)の親戚筋ばかりです(笑い

…ということです。

ちなみにこの52号の『天才!柳沢教授の生活』では雲仙を舞台としたお話でした。
山下氏の述べた“K”という名字は『古瀬』のことでしょう。


124.144.50.127 ) 2006年12月13日 (水) 15:13 (UTC)[返信]

たまたま見つけたので、このノートにメモします。
古瀬大六. (2002). 天才古瀬教授の商大生活. Hermes courrier, 3, 5. (PDF) Shaz 2007年1月4日 (木) 04:31 (UTC)[返信]

あの近くの元住人ですが、この文面では雲仙市までは特定できないのでは?雲仙岳は現在の島原市、南島原市、雲仙市の3市にまたがっていますし、2000年の段階ではいわゆる平成の大合併の前で、雲仙市は成立していません。島原市ないしは(現在残りの2市に統合されてしまった)南高来郡までしか絞り込めないかと。経済学関係の学会の学会誌か連絡誌に略歴を付した訃報が掲載されている可能性があるかと思いますが。--ウミユスリカ 2008年4月16日 (水) 08:26 (UTC)[返信]

古瀬大六氏の父である英文学者古瀬良則氏は、明治26(1893)年8月28日、長崎県高来郡安中村安徳556番に父・重治の五男として生まれている(「古瀬良則名誉教授年譜」一橋論叢38(6)p650-654、1957年12月1日)。長崎県高来郡安中村は昭和15年4月1日、南高来郡島原町・長崎県南高来郡杉谷村と合併し、島原市となっている(昭和15年3月26日内務省告示第132号)。--以上の署名のないコメントは、183.76.153.78会話/Whois)さんが 2011年12月23日 (金) 01:51 (UTC) に投稿したものです。[返信]