オットー4世 (ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公)
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オットー4世 Otto IV. | |
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ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公 | |
在位 | 1434年 - 1446年 |
死去 |
1446年 |
配偶者 | エリーザベト・フォン・エーバーシュタイン |
家名 | ブラウンシュヴァイク=リューネブルク家 |
父親 | リューネブルク侯ベルンハルト1世 |
母親 | マルガレーテ・フォン・ザクセン |
オットー4世(Otto IV., ? - 1446年)は、ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公、リューネブルク侯(在位:1434年 - 1446年)。足曲公(der Hinkende)と呼ばれる。
生涯
[編集]1434年に父ベルンハルト1世が死去した後、弟フリードリヒ2世とともにリューネブルク侯領を継承した。ツェレ城の大規模な建設と、地元の領主に対し農民の法的状況を改善するための数多くの改革を行った。
結婚
[編集]1425年にエリーザベト・フォン・エーバーシュタイン(1415年以前 - 1468年)と結婚し、娘を1人もうけた。
参考文献
[編集]- Geckler, Christa (1986). Die Celler Herzöge: Leben und Wirken 1371–1705. Celle: Georg Ströher. OCLC 255990175.
爵位・家督 | ||
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先代 ベルンハルト1世 |
リューネブルク侯 1434年 - 1457年 (フリードリヒ2世と共治) |
次代 フリードリヒ2世 |