Wikipedia:井戸端/subj/投稿ブロック依頼における過剰な「糾弾」について

ナビゲーションに移動 検索に移動

投稿ブロック依頼における過剰な「糾弾」について[編集]

投稿ブロック依頼の場において、被依頼者となったユーザーに対して過激な批判・指弾がされるケースが多いように思われます。被ブロックユーザーを擁護する意図はありません。彼らは、然るべき根拠があってブロックされたと考えています。ですが、被依頼者の「悪質な行状」への憤りから、過激な糾弾が行われることが、しばしばあるように感じられます。

私も以前、その「過激な糾弾」を行ってしまった経験があります。現在、とても後悔しており、Wikipedia:投稿ブロック依頼/KonecにおけるCpro氏のコメントや、Wikipedia:荒らしを侮辱しないを精読して反芻する度、こうした傾向を緩和したい、また自分自身自制したいと考えていますが、コミュニティの皆様はこうした傾向についてどのように考えていますか。そういった傾向があるかないか、或いは改善が必要な案件か否かなど、御意見を頂ければ幸いです。--shellsquid 2010年11月8日 (月) 02:21 (UTC)[返信]

コメントこれについては、僕自身、過去に「糾弾」をしたことも、されたこともあるので、「過剰な意見が存在する傾向はある」と考えます。そして、それは今審議中の各依頼においても、いくつかに見られるものだと考えています。また、「改善が必要か」どうかについては、必要であろうと思います。「方針」レベルまでは行かなくとも、ブロック依頼に特化した、ある程度の「ガイドライン」はあった方がいいかも知れない、と考える次第です。--影綱 2010年11月8日 (月) 02:54 (UTC)[返信]

コメント ブロックの是非の審議におきましては、継続性が認められ、今後とも継続する虞がどの程度あるか、という点が重要となって参ります。もしこれが、これまでの行状のみを判断するという事であれば、冷静な審議も容易いのですが、これがまたそうでない為ある程度はやむを得ない意味があるかもしれません。ですが、例えば一方的な弾劾がなされそうな場であれば個々人が雪玉的な解釈を行うなど、被依頼者の感情や、ログが全世界に公開されている点にご配慮いただければなと思います。JAWPではほとんどの方が、いい大人の筈、少なくとも元服はなされている筈なのですから。個々人が責任と自覚を持って、自らの発言が被依頼者や将来のJAWPにどの様な影響を及ぼすのかをよくよく考えた上で発言、乃至は黙殺して頂きたいものです。これは管理者への立候補でも言えることですね。--Hman 2010年11月8日 (月) 04:47 (UTC)[返信]
コメント 私は管理業務には参加していません。削除依頼やブロック依頼を読んでいると、そこでなされるべき処置についての発言に自分の感情を反映させているケースがあると思います。「過激な糾弾」にしても、断定的な口調など言い方の厳しさ、同じ意見を述べるユーザが多く袋叩きに見える、という体裁上のことで起こっています (しかし、根っからの荒らしは別として、不必要に長いブロックや追放、言いがかり的な謝罪など処置の上で過激なことを要求しているユーザは見たことがありません) 対処法としては自分が感じてきたものを一旦引っ込めて意見を言う、しかないわけですが……依頼の審議の場では「悪意に怒りで応えない」「自分を『正しい立場』におかない」自分がその依頼の関係者でない場合「自分と同じ意見が5つ程度あったら、迅速な対処に協力するつもりで書き込みを控える」「常に『静観』を選択肢として持つ」みたいな私論レベルのルールは考えられると思います。via 2010年11月11日 (木) 20:14 (UTC)[返信]