Wikipedia:井戸端/subj/会話(対話)形式の記述内容は百科事典の記述形式として適切か

会話(対話)形式の記述内容は百科事典の記述形式として適切か[編集]

お世話になります。百科事典の記述形式として会話(対話)形式として記載することが適切なのでしょうか?Wikipedia:表記ガイド#括弧類を見ますと、かぎ括弧は、会話の時に使用しますとあり、一応は認められているのだろうとは思いますが、記述内容の大部分が会話形式になっているような記事は百科事典の記述形式としてどうなのかというのを確認させてください。ちょっとここで記事を持ち出すのはいけないかもしれませんが、問題になっているのが、ゲルシュタイン報告という記事です。当記事でIPユーザーが対話形式の記述を投稿しましたがこちら、対話形式の記事内容でちょっと違和感を感じ、何らかの方針に抵触していないだろうかと感じたためこの井戸端で確認しております。--途方シネマズ会話2023年12月24日 (日) 01:55 (UTC)[返信]

一般論としては、説明の地の文で対話形式を使うべきではなく、戯曲だったり国会や裁判のやりとりなどの引用が説明に必要な場合は認められるということになると思います。
参照先の対話部分は裁判でのやりとりなので、必要であり、かつ適切な引用のかたちにしてあればよいと思います。該当部分は、出典とされるPDFによれば Jürgen Graf "The Giant With Feet Of Clay" からの引用ですが、出所が正しく示されていません。このGrafの記述自体は、Barbara Kulaszka (Edit) "Did Six Million Really Die?"[1] p.102-からの引用です。裁判はカナダで行われたもので、カナダの法律上裁判での発言が著作権上どう扱われるか、発言に対してどの程度手を加えてまとめられたものか(取捨選択などに創作性が生じるか)はわかりませんでした。必要性については、専門外なのではっきりとは言えませんが、裁判自体にゲルシュタインがかかわっているわけではなく、記事全体のバランスからみれば、たとえばヒルバーグが一部の記述に対して否定的なコメントをしていることを残すくらいはあってよいかもしれませんが、対話部分は除去してよいと思います。--Ks aka 98会話2024年1月6日 (土) 15:53 (UTC)[返信]