Wikipedia:井戸端/subj/ノートページでの指摘について

ノートページでの指摘について[編集]

Swaneeと申します。3年ほど前に私が執筆したこちらの記事について、ご意見をお伺いしたく書き込ませていただきます。

記事のノートページにある利用者の方から「単なる推測に基づいて、人を貶めるのはおかしいのではないでしょうか(一部抜粋)」という指摘がありました。私には無論、そのような意図は全くないのですが…どう対応すべきか途方に暮れています。大変恐れ入りますが、よろしくお願いします。(申し訳ないですが体調が思わしくないので、本日はこれで…)--Swanee会話2016年6月21日 (火) 13:43 (UTC)[返信]

  • 実際に「人を貶める」意図が無かったのであれば、「そのような意図はありません」とだけ答えて放っておけばいいです。その相手の人も、自分の勝手な推測にもとづいて、Swaneeさんに対してずいぶん失礼な編集をおこなっていますね。--223.133.18.73 2016年6月21日 (火) 16:08 (UTC)[返信]
  • コメント口調がきついのはあまり気にせず、悪意と言われたことについては、悪意ではないと返す。悪意を読み取った理由を考え、あるいは訪ねて確認する、というふうに対応されるのがよいと思います。
「7月23日まで生き永らえ、解剖もされず」のところは、「死に損なった」さらには「死ぬはずだったのに生きながらえて、解剖願だしてるんだから解剖されとけばいいのに解剖もされず」みたいなニュアンスで受け取られたのかもしれません。「生き永らえ」はその種のニュアンスを含むものではなさそうですから[1]、意図的な悪意があったとは感じません。ただ、立花「科学史散歩」にその表現があるわけではないですから、それほどこだわるところではないと思います。修正後の「しかし、宇都宮の病はすっかり回復したため、解剖も行われなかった。宇都宮は1869年(明治2年)3月に明治新政府の開成学校の教官(以下略)」でも、ここで必要な情報は得られます。ただこれはこれで時間がいったりきたりしてるので、「宇都宮は1902年(明治35年)7月23日に死去するが、解剖はされていない。」くらい簡潔にまとめつつ、宇都宮の記述は本人の項目に任せて、刈り込んでしまってもよいと思います。
その他の書き換え部分については、小川「医学の歴史」を参照して考えればよいと思います。「このできごと」が「宇都宮にまつわる一連の出来事」と表現するのがよいか、「宇都宮(による特志解剖願)」と表現するのがよいか、あるいは他に的確な表現はないか、というふうに考えてみましょう。「裏付けるものはない」については、「医学の歴史」のほうでどう書かれているかはわからないのですが、立花「科学史散歩」は、「遊女として生きてきた美幾」がなぜ「特志解剖という学術上の新制度」を知り、手続きをしたのかという疑問に続けて「医学の歴史」での推測を取り上げていますから、そういう流れで書くなら、史料の存在ではない、疑問を解決するための推察として「つながり」を持ち出してきたのだと読み取りやすくなるかもしれません。「裏付けるものはない。」と書いてしまうのはちょっと断言しすぎで、いわゆる独自研究にあたるので、史料からの推察と読まれにくいように改める。--Ks aka 98会話2016年6月21日 (火) 16:42 (UTC)[返信]
  • コメントお二人ともありがとうございます。
223.133.18.73様(とお呼びしていいのか…)確かにおっしゃる通りですね。今後、類似の場面があったときには淡々と対処していく所存です。
Ks aka 98様、詳細な解説をありがとうございます。(書きかけの記事を複数抱えている上に、最近Wikipediaの編集に回せる時間が少なくなっていますが)懸案が終了したら全面改稿も視野に入れていきたいと思います。まだ咳が出るので、早めに寝ることにします。本当にありがとうございました。--Swanee会話2016年6月22日 (水) 13:27 (UTC)[返信]