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ノート:鴻池新田

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レンコンと河内木綿?

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うちは最初の入植者でまだ家があります。 鴻池は米作りが主でした。 農地改革で手放すまで米農家です。 祖父が終戦の年になくなり手放すまで、です。

江戸時代からの家は昭和8年に木材を再利用の組み直しをし 阪神の震災までその姿でした。 一階の天井は高く 床は枚方切れに備えて腰高1mほどの高さ 滑車があり、土間の天井があいて 屋根裏に米をほかんしていた。 のきにつってた舟で会所まで運んでたと父と祖母に聞いている。 舟を処分したのは1960年代だそうだ。 竹の竿がかわりに釣られていたのを記憶している。

鴻池の道の多くは元々水路だったので それで会所まで米を運んだそうだ。

河内木綿はいくばくかつくってはいたようで、曽祖母の織った蚊帳は実家にまだあるが鴻池での主な作物ではなかったとおもう レンコンを作ったとは聞いたことない。 鴻池、三島 新庄の村には

昭和50年代でもかなり田んぼが残ってたので

レンコンにかんしては 安田とか加納とか諸福とか 鴻池の周辺ではないかと思われる

2019.11/6記録 Umajagena会話2019年11月6日 (水) 15:19 (UTC)[返信]