Help‐ノート:脚注

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このページの節に {{Section resolved|1=~~~~}} を置くと、7 日後に SpBot がその節を過去ログ化します。

脚注サイズの覚書[編集]

Help‐ノート:脚注/過去ログ2#脚注の文字サイズ統一にて、脚注の文字の大きさは統一されたことになっていますが、うまくいっていないです。コンテンツ側で文字の大きさを指定すると、視力の良い人にしか見えないので、万人向けには使い勝手が悪いです(参考:Wikipedia:アクセシビリティ)。視力の良くない利用者がブラウザー側で文字の拡大をするというのが利用しやすさ、アクセシビリティです。現状では文字サイズは標準的なタグづけ <references />や{{Reflist}} で100%になっているので、アクセシビリティを考慮して100%に統一しておけばいいのではと思います。

不要なパターン。特にclass="references-small" はもう5年以上も機能さえしていないので、bot などで除去していもいいのではと思います。

  • <div class="references-small">{{reflist|2}}</div>
  • <div class="references-small"><!-- references/ -->{{reflist|3}}</div>
  • <div style="font-size: 95%">{{Reflist|2}}</div>
  • <div style="font-size: 90%">{{Reflist|3}}</div>
  • <div style="font-size:small">{{Reflist|2}}</div>

MediaWiki:Common.cssの指定がうまくいっていないパターン(MediaWiki‐ノート:Common.css#脚注の文字サイズについて)。「脚注の文字サイズ統一」の前からあるので、{{Refbegin}}の引数がない使用は、文字サイズの調整のみと考えられ除去できる。

  • {{Refbegin}}{{Reflist|2}}{{Refend}} (

以上、議論・調査の手間があるので、説明だけしておきます。--タバコはマーダー会話) 2017年4月1日 (土) 04:33 (UTC)

Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)に合わせた調整の提案[編集]

利用者‐会話:とろ肉ハウスで発見された問題なのですが、Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)の改訂をこちらの文書が反映していないため、他の表記を「脚注」に書き換えてしまう事例が今なお発生しています。一方、システムの更新により脚注が自動生成されるようになっており、意図的に設ける<references />や{{Reflist}}を機械的に脚注とすることには単純に不整合が生じています。そこでスタイルマニュアルを反映した文言に変更することを提案します。本文は検討中(/改訂案201907)ですが、これに先立って文書名の変更を提案します。

  • 文書名を「Help:脚注」から「Help:コメント機能」に変更する
実はこの文書、「脚注」ではなく機能を「脚注機能」として解説を行っているものであるため、文書名と内容に齟齬が生じています。文書名を機能説明であることを明確化することと文書名による誤解を回避するために「コメント機能」に改訂します。文書自体は「Help:脚注/XX」などこの文書を指しているリンクと文面を差し替えます。

文書本文の改訂は間に合うようでしたら同時に行いたいと考えますが、早期に合意が得られるなら改名の反映と2段階で行います。--Open-box会話) 2019年7月6日 (土) 15:01 (UTC)

反対 ウィキペディアで一般的に「コメント」と呼ばれているのは、注釈や出典ではなくノートページの発言のことなので({{コメント}}も参照)、混乱を招くと考えます。また、手元にある幾つかの文献を調べてみましたが、注釈や後注形式の参考文献一覧を「コメント」と称しているものはありませんでした。「コメント機能」なる名称は不適切だと考えます。--Kanohara会話) 2019年7月6日 (土) 16:29 (UTC)
それは根本的に問題の所在を間違えています。この文書が説明しているのはmediawikiの機能であって、注釈や後注ではありません。これは反対するなら代案が必要な問題であり、現在の「脚注」のまま放置することは許されません。--Open-box会話) 2019年7月6日 (土) 23:20 (UTC)
補足すると、コメントだと混乱を招くという主張は許容されます。初期案として一般的な用法から「注釈・出典機能」も考えたのですが、脚注という荒らしを積極的に支援する名称よりはましなものの、どうにも落ち着きが悪いです。なお「脚注機能」は別に存在しています(こっちは{{Reflist}}等を欠いたとき、末尾に自動生成する機能)から使えません。--Open-box会話) 2019年7月6日 (土) 23:38 (UTC)
  • 文面の改訂
改名作業中ですが、ひとまず「脚注」を『補足コメント』に置き換え、分散している記述の集約、不足している記述の追加などの調整したものを作ってみました。機能説明における「脚注」・「脚注補足コメント」は仮に『補足コメント』、機能名は『X機能』にしてあります。版番73374677が文案です。主な変更は以下の通りです。
  1. 荒らしを抑制するための注意書き追加。
  2. group="注釈"部分の根拠のないルール化の除去
  3. 用例の除去。
  4. 分散して配置されていたハーバード方式などのテンプレート案内の集約。
  5. 脚注機能の説明追加、これに伴い他の「脚注」表記を差し替え。
『補足コメント』となっていない場所は、『脚注』の置き換えでは無く意図的なものです。--Open-box会話) 2019年7月7日 (日) 01:26 (UTC)
反対 先行する議論をざっくり拝読しましたが、Open-boxさんの提案の意図は要するに、
  1. 脚注とは本来、紙媒体の書籍において各ページの下部に設けられる注釈・出典のことである。従来の記事名と内容では「脚注とは注釈と出典の総称である」という誤解を招くから、こうした表現は改めねばならない。これは既に「Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)」の改定によって受け入れられた主張であり決定事項である。
  2. そもそも注釈・出典を脚注と言い換えようとしているのは、誤解を広めようとする意図に基づく荒らし、もしくは荒らしに扇動された勢力によるものであり、ウィキペディアは断固としてこうした勢力に立ち向かわなければならない。
  3. <ref>や<references>は単なるmediawikiの機能のひとつにすぎず、ウィキペディアの編集者はこれを慣習的に注釈・出典を表示するために使っているのに過ぎないのだから、本来のmediawikiの機能を説明する技術的な説明に改めるべきである。これは上述の(1)(2)を完遂するための一環として必要な提案である。
というものだと察します。でも、本当にそうでしょうか?
まず、ウェブページの末尾にある注を「脚注」(footnote)と称するのは、言うほど定義から外れた行為であるとは思えません。また手元にある書籍を幾つか読み返してみたのですが、まず注釈や出典(参考文献)を総合したものを「注」「註」と称している文献は、ウィキペディアが誕生する古い文献を含めて普通に見られるもので、決してウィキペディア独自の呼称ではないようです。もっともウィキペディアの長い記事を印刷したり紙書籍化したりする際には「後注」に書き改める必要があるかも知れませんが、そこは言葉尻の問題に過ぎないと考えます。Open-boxさんが「荒らしによる行為である」として問題視している編集それ自体は(たとえWP:LTA案件になっている利用者のひとりが執着している編集傾向のひとつだったとしても)それほど問題のある内容とは思えません。
そして、<ref>や<references>は単なるmediawikiの機能のひとつにすぎないという、提案の根拠となっている主張ですが、そもそもタグ名が「ref」「references」となっているものを、注釈・出典を書くためだけにある機能ではないと言い張るのは無理があります。そもそも論として、この「Help:脚注」を読みに来ている読者は、ウィキペディアの各ページ末尾にある注釈・出典(スタイルマニュアルの改訂前までは脚注と呼ばれていたもの)の一般的な書き方を調べに来たのであって、別にmediawikiの機能の仕組みについて深く知るために来たわけではないはずです。「システムの更新により脚注が自動生成されるようになって」いることが齟齬だと言うのなら、そのことを「Help:脚注」に書き加えればよいだけのことです。
以上の理由から、私は現状維持で問題ないと考えます。提案の内容はウィキペディアに無用な混乱を招くものであり、強く反対します。--Kanohara会話) 2019年7月7日 (日) 05:06 (UTC)
返答の前に指摘しますが、どこに意見を付けているんですか? ここに意見を付ける以上、改名だけとして扱うことはできなくなりました。そして、この文書が荒らしに残された口実であることは指摘しましたね。その上で代案も無く強く反対・無用の混乱と主張することは、荒らし行為を積極的に認めることになります。改訂の必要も無い、改名の必要も無い、今後も荒らしを積極的に支援しようと表明したのですね。それなら、対話の余地はありませんし、今後の議論で一切あなたの意見は考慮されませんがいいんですか? ちなみに次のチャンスを逃したら撤回してもだめですよ。それとも、荒らしに有効な対処ができるんですか? できるというのであればそれを示さなければなりません。これに回答できないなら荒らし行為を支援すると自白したことになります。現状が荒らしの支援なので、「荒らしを支援するつもりはない」では通用しませんよ。もちろん、そのつもりはないけど「いい手がない」ってのは立派な回答ですが。
ただですね、『それほど問題のある内容とは思えません』って、「個人的スタイル強制」って荒らし行為(つきまとい、嫌がらせ)なんですけど? つまり、荒らしを支援するって表明になるんですよ。
さて本題に入りましょう。残念ながらKanoharaさんの意見は破綻しています。これは、問題点の把握ができていないことに原因があります。
『誤解を招くから、こうした表現は改めねばならない』これは違いますね。本質的に問題になったのは、ガイドラインの悪用による他者への「脚注」強制であったのです。もちろん、場所にかかわらず「脚注」としてしまうセンスは個人的にはどうかと思いますが、問題はそのような矮小化されたものではありません。
『誤解を広めようとする意図に基づく荒らし』この段で、前段の誤りを発展させていますね。そもそも執筆者が意図を持って設定している語を「脚注」に置き換えるのは意味が無い行為であり、相手によっては嫌がらせになります。この他の表記から「脚注」に置き換える行為は、2015年に対処されました。それを「誤解を広めようとする」などと思い込んでしまうのは、前段の誤りを引きずっているからなのです。
『単なる機能に過ぎず』単なる機能でしかないものを出典専用であるかのように実装したことがそもそもMediawikiの誤りなのです。この誤りを指摘していることに対して、定義を盾にとっても時間の無駄です。そもそも「出典」といいながら「脚注」を維持しようとする時点で致命的な矛盾ですけどね。
『まず、ウェブページの末尾にある注を「脚注」』二重のすり替えです。「注」を「末尾にある注」とすり替えること、「脚注以外に脚注を強要すること」を「末尾にある注を脚注と表記すること」のすり替えですね。この時点で読むに値しません。二重のすり替えを行った時点で、残りの文章は自動的に破綻しますが、言葉尻の問題と言いつつ「脚注」を強制することに疑問を持たないのはかなりまずいですよ。しかも、「注」「註」って自ら書いてるじゃありませんか。これらや「出典」を全部「脚注」に書き換える荒らしを肯定するんですか? 「脚注」強要を維持するために荒らしを肯定するってのは本末転倒でしょう。
『そして、<ref>や<references>は』無理はありません。ここがKanoharaさんの解釈の致命的な誤りです。ここの誤りは3重になっています。第一に機能の名称が出典を意図していることに実装された機能は制約されません。というよりも、脚注補足コメントとあるように今の文章でも実質的にはコメント機能なんだってことは把握しているんです。第二に「mediawikiの機能の仕組みについて深く知るために来たわけではないはず」ではありません。ここは完全に間違いです。この文章は、「出典や注について」ではなく「mediawikiの機能の仕組みについて」なんです。
ひどい話しますね、本当の意味での「Help:出典、注釈、脚注」ってこれじゃないんですよ! 一般的な書き方を調べに来たってなら、そのための文章を別に作らなきゃだめなんです。
第三に改訂に反対しながら「書き加えればよい」といいつつ「脚注」を維持しようとする矛盾。これは話になりません。脚注機能が別にある・脚注とすることで実害が生じているこの事実を前にして、単に「脚注」を維持することを目的とするのでは論に値しないのです。
そもそもHelpがガイドラインの上位文書化している時点で致命的な問題なんですけどね。
よって結論の『現状維持で問題ない』は、問題点の把握を誤っている、荒らし行為を認識しないどころか承認している、そもそも文書の性格を間違って認識しているという3点により破綻することになります。
そのつもりはない、荒らしではないと主張されることを期待していますが、その主張に実があるか否かは次の回答できまります。--Open-box会話) 2019年7月7日 (日) 11:22 (UTC)
返信 (Open-boxさん宛) Open-boxさんの一連の主張は、2015年1月27日 (火) 15:09 (UTC) における井戸端での発言「そこは脚じゃないの……」って個人的な主張はさておき、の延長線上にあり、このノートページにおけるあらゆる主張はこの、従来のウィキペディアで用いられていた脚注という呼称は日本語の誤用であるという「個人的な主張」が無謬であることを前提として展開しています。が、それは本当に正当性のある主張なのでしょうか?
ウィキペディアは紙製の百科事典ではありません。仮にですが……紙書籍ではどうあれ、ウェブページの末尾(脚)にある注なのだから脚注と呼ぶのは問題ない、英語版ウィキペディアの該当記事「en:Help:Footnotes」でもFootと呼んでいるのだから、ウィキペディア日本語版もそれに倣うべきで、<ref><references>で生成される内容を「脚注」と総称することに差し支えない……と仮定するなら、Open-boxさんの主張は根底から破綻します。Open-boxさんはそういう疑問を持つことや、議論を持ちかけること自体を「荒らし行為を支援する」所行であると激怒なさって拒絶しましたが、仮にOpen-boxさんの「そこは脚ではない」という主張が間違いだとするなら、「他の表記を「脚注」に書き換えてしまう事例」は別に荒らしではなく、それを荒らしと呼んでいるOpen-boxさん自身こそが自分の個人的な主張を無自覚に他者に強制し、都合良くガイドラインを改編し、意見の違う者を独善的な基準で荒らし認定している張本人ということになってしまいます(この疑念は、Open-boxさんが私を荒らしの仲間だと決めつけようとしていることでより深まりました)。これは私自身が荒らしに荷担しないためにも、白黒を付けておくべき重要な問題です。過去の議論では、「このような荒らしがあった」というOpen-boxさん側の一方的な主張があるのみで、実例へのリンクなどは提示されませんでした。これでは中立的な判断もできません。
なお英語版ウィキペディアでは、Open-boxさんが「脚注機能」と呼んでいるものをAutomatically generated reference list (AGRL)と呼んでいるようですが、これを「脚注機能」と訳しているのも、ウィキペディアで<ref><references>で生成される内容を「脚注」と総称しているから、それに合わせて設定された呼称なのではないですか? 後から先例に合わせて命名されたものを、先例が改名するというのもおかしな話ですし、「脚注機能」という用語そのものの存在が、Open-boxさんの「そこは脚じゃないの……」という主張を破綻させています。それでも後から設定された呼称と被ることが問題だというなら、現行の「Help:脚注」内に登場する3箇所の「脚注機能」という呼称を「脚注」に書き換えれば済むことです。脚注機能(脚注の自動生成機能)については、英語版の「en:Help:Footnotes」と同様、「Help:脚注」内に記述して、や{{Reflist}}と一緒に、注釈や出典のリストを表示する方法の一形態として紹介すれば問題ないと思います。英語版の「en:Help:Automatically generated reference list」もさしたる長文ではないようですし、内容自体も「自動生成されたリファレンスリストを見かけた場合、{{Reflist}}に置換せよ」といった内容なので、無理に「Help:脚注」と「Help:脚注機能」のページを分ける必要もないと考えます。--Kanohara会話) 2019年7月8日 (月) 13:33 (UTC)
「個人的な主張はさておきの意味がわからない」などという主張は通用しません。それは明白に議論を攪乱する行為です。
『[[WP:NOTPAPE』その程度のオウム返しが通用すると思ったら大間違いです。既に、「ウェブページの末尾(脚)にある注」の時点ですり替えであることは指摘しているのですから。指摘されたすり替えを繰り返して根負けを狙うのは議論ではありません。
『<ref><references>で生成される内容を「脚注」と総称しているから』そんな事実はありません。そもそも『「脚注」』に限らず初期の文書って、「なんとなくこうだろう」レベルの思いつきであって根拠がないものも多いんですよ。そしてあなたと同じ思い込みで数々のページを荒らした利用者がいたからこそ、ガイドラインは改定されたのです。
破綻していませんよ。自動生成は本当に脚(末尾)に生成されます。一方、<ref><references>は設定者の自由意志に任されますから、任意ですし、脚以外にあることは多々あります。この両者を同一視する時点ですり替えです。
『無理に「Help:脚注」と「Help:脚注機能」のページを分ける必要もないと考えます。』これもすり替えです。そもそも本来の「Help:脚注」に相当するページは、バンクーバーとハーバード、GR、本文組み込みなどの様々な出典提示方法、これに加えて注記の様々な方法を示すページであり、別途必要なものです。これは「Help:出典と注」の書き方ぐらいのページであって、Mediawikiの利用方法ではありません。
ところで、オウム返しとすり替えばかり繰り返していますけど、本題の回答はどうしたんですか? 荒らしを積極的に支援するでいいんですね。--Open-box会話) 2019年7月8日 (月) 14:52 (UTC)
返信 (Open-boxさん宛) 重要な内容を質問しているのに、オウム返しだのすり替えだの荒らしだのと受け取られることを残念に思います。
> そしてあなたと同じ思い込みで数々のページを荒らした利用者がいたからこそ、
「思い込み」ではなく、Open-boxさんと解釈が違うだけではないのでしょうか? いずれにせよ、Open-boxさんが定義する「荒らし」は、ウィキペディアが定義する「Wikipedia:荒らし」の定義からは外れたものであり、意見やルール解釈の違う編集者をそのように呼んでいると理解しました。ウィキペディアでは、そのような悪意なくページを改編するような行為を「荒らし」とは呼びません。
> 荒らしを積極的に支援するでいいんですね。
自分の意見や解釈を一方的に押しつけておいて、それに賛同できない者を荒らし呼ばわりしていくような態度は、ウィキペディアにおける合意形成からは程遠いと思いますが……。まあOpen-boxさんが自分と編集方針や解釈が違う者、提案に反対する者を荒らしであると認識するのなら、私はOpen-boxさんにとって荒らしということになるのでしょうし、Open-boxさんの定義では、私にとってのOpen-boxさんは荒らしということになるのでしょう。私は別にOpen-boxさんが悪意や悪戯でこのような提案を持ちかけているわけではなく、「自分の主張は絶対に正しく、反対意見があることがおかしい」という過剰な自信から頑なになっているのだろうと思っていますし、荒らしたいわけではないのだろうと思っていますが、Open-boxさんがご自身が行っていることを荒らしであると定義するなら、私には内心の自由をする権利はありません。
> そもそも『「脚注」』に限らず初期の文書って、「なんとなくこうだろう」レベルの思いつきであって根拠がないものも多いんですよ。
そういうケースも多いと思いますが、全てがそうではないでしょう。私は現状、<ref><references>を脚注/フットノートと呼ぶのは理に叶っているし、Open-boxさんが提示する理由を読む限りでは変える必要を感じないという立場です。
> <ref><references>は設定者の自由意志に任されますから、任意ですし、脚以外にあることは多々あります。この両者を同一視する時点ですり替えです。}}
いや、この「Help:脚注」にも「脚注欄は記事の末尾付近に作成します」と明記されているのですし、スタイルマニュアルでもそのように書かれているのですから、Open-boxさんの言うような、ページのどこに置いても構わないという「設定者の自由意思」なるものは存在していないと解釈できます。ウィキペディアの機能を使って、機能を実装した設計者の意図とは異なる挙動をさせることは可能ですが(マークアップ荒らしなど)、そうした内容は{{Wikify}}の対象です。
> 既に、「ウェブページの末尾(脚)にある注」の時点ですり替えであることは指摘しているのですから。
すり替えの意図はありません。改めて説明します。Open-boxさんが「注釈」と「出典」して区別しているものですが、多くの書籍ではこれらを「注」「註」として後注や脚注形式でまとめています。そもそもOpen-boxさんが改訂に参加した「Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)#注釈と出典」でも「出典と注釈を混在させることも、分けることも出来ます」と書いてあるのですから、両者を「注」「註」などと総称することには問題はないはずです。加えて、Open-boxさんが改訂に参加したスタイルマニュアルで「付録節」として定義されているものは、ウェブページのフッター、脚であると解せるので、そこに置く「注」「註」を「脚注」と呼ぶことに差し支えはないと考えます。それから、<ref><references>を末尾以外に置くことは技術的に可能ですが、脚注以外の用途に<ref><references>を使うような裏技は、各種ガイドラインやヘルプページの規定により許可されていないので、ウィキペディアには脚注以外の注はありませんし、それを容認するヘルプやガイドラインを作るべきではないと考えます。
> そもそも本来の「Help:脚注」に相当するページは、バンクーバーとハーバード、GR、本文組み込みなどの様々な出典提示方法、これに加えて注記の様々な方法を示すページであり、別途必要なものです。
そういった内容はヘルプページではなく、「Wikipedia:出典を明記する」や「Wikipedia:出典テンプレート」などのガイドラインが担う内容だと思っています。--Kanohara会話) 2019年7月8日 (月) 16:15 (UTC)
残念だと主張しても事実は変わりません。議論は印象操作で切り抜けることはできません。
『自分の意見や解釈を一方的に押しつけておいて』回答を放置したのはあなたです。それを『押しつけておいて』とごまかしても無駄ですよ。回答を放置したことに対して再度弁明の機会を与えましたが、開き直るのではお話になりません。それで回答はどうしたんですか? 簡単でしょうこんなこと。きれい事すら書けない時点で詰んでいるんですよ。
『意見やルール解釈の違う編集者をそのように呼んでいると理解しました』悪質な決めつけであると同時に、そもそも荒らし行為の内容を指摘されてなお、実際に発生している事案に対して提案者の個人的思想であると明白に誤った主張を繰り返すその姿勢は、Wikipedia:腕ずくで解決しようとしない#いつまでも「納得」しないに留まらず、荒らしを積極的に支援する行動になります。このような行為は議論ではありません。まして実際に起きた問題を指摘している者を荒らし呼ばわりでは、ミラーリングにすらなりません。実際に発生した荒らし行為を指摘したら荒らしとする主張は無理がありますし、それを『意見やルール解釈の違う編集者をそのように呼んでいる』では、荒らし行為を隠蔽することにしかなりません。
『解釈が違うだけではないのでしょうか?』違います。他者にスタイルを強要することは、『悪意なくページを改編するような行為』ではありません。そもそも問題が発生している事実・過去にも問題が起きている事実に対して、個人的な解釈の問題であると強弁しても無駄です。事態はそのレベルを超えてしまっているのですから。あなたの主張はどのように正当化しても、この文書を放置して今後も荒らし行為を認めろという結果にしかなりません。そしてその結果は、あなたの論理とは無縁のところで発生するのです。
『<ref><references>を脚注/フットノートと呼ぶのは理に叶っている』それはあなたの思想でしかありませんし、「脚注」を繰り返すことで逐語訳に絶対的な地位を与えて強要するに留まらず、「脚注」が呼称に留まらない機能の問題であることをごまかしています。「<ref><references>の節名称に脚注を使いたいんだ」ならば自由です。しかし思っていることと、それを他人に強要することが許される根拠とまでできる論として建てられるかは別の問題です。「脚注」運用を強制されないどころか、通常の運用が「脚注」ではないケースが発生する以上、後段にあるように『脚注以外の注はありません』などと、他者に「脚注」を強要する根拠にはならないのです。
『すり替えの意図はありません』意図はありませんと主張すれば無かったことにはなりません。『そこに置く「注」「註」を「脚注」と呼ぶことに差し支えはないと考えます』ここに論理的飛躍によるすり替えがあります。強制を任意の選択とすり替えているのです。なぜなら、実際に行っている主張は『呼ぶことに差し支えはない』ではなく『呼ぶことを強制しても差し支えはない』ですから。また、「脚注」は位置的な意味を伴う狭い概念ですから、日本語として差し支えがあるのです。
『「脚注欄は記事の末尾付近に作成します」』これは本文の方が間違っています。<references>を作成するのは付録節であって「記事本文の末尾」になります。しかし、「記事本文の末尾」は必ずしも「記事の末尾付近」ではないのです。
『脚注以外の用途に<ref><references>を使うような裏技は』これはいくつかの誤りがあります。まず、「脚注」ではないものを脚注であると強要することを正当化する論理的飛躍を仕込んでいます。次に、「脚注」以外があたかも『{Nowiki|<ref><references>}}』の範囲外であるかのような主張を行っています。そもそもこの主張であれば、「出典」「注」「註」などに使用することも裏技になります。しかし、当然<ref><references>は「脚注」に限りません。本文に付ける<ref><references>は、技術的には全て「コメント」であり、補足を行ったコメントを集約する節に与える名称が「注」でも、「注釈」でも、他のものでも問題はありません。これは裏技では無く誰でも使える見出し機能です。見出し機能の利用を裏技とするのは無理があるでしょう。本質的には「出典」も、「注」も、「注釈」も、そしてもちろん「脚注」も、見出し機能の運用の結果なのです。そしてその運用は、執筆者の自由ですから『脚注以外の注はありません』は完全に誤っています。
『そういった内容はヘルプページではなく』これは違います。ヘルプページは手引きなので、「Wikipedia:出典を明記する」や「Wikipedia:出典テンプレート」を実際に使う方法が必要になります。それはMediawikiの使い方とは異なります。--Open-box会話) 2019年7月8日 (月) 23:14 (UTC)
> それで回答はどうしたんですか? 簡単でしょうこんなこと。きれい事すら書けない時点で詰んでいるんですよ。
荒らしの味方も何も、私はOpen-boxさんが(このノート中で)「荒らし」と呼んでいるような方について、実際に見たことも会ったこともないので、味方のしようがありません。もちろん悪意の荒らしならば批判されるべきですし擁護もできないでしょうが、「荒らし」のレッテルは貼れば個人攻撃が許される免罪符ではありません。
今までの話からすると、Open-boxさんが荒らしと呼んでいる人々は、どうやら現状では投稿ブロックの対象になるような荒らし行為ではなく、Open-boxさんがそう呼んでいるだけであって、であるからこそ記事名の改正が必要なのだ、と読めます。つまり現状では「Open-boxさんの個人的な見解では荒らし同然」であるものを「皆が認めるウィキペディアのルールに反した荒らし」として取り締まれるようにしたい、そこまではいかなくとも「脚注」という表現に固執するような人々に味方しづらい状況を形成していきたい、ということですよね?
ですが、荒らしでないのなら話し合いによる合意も可能なはずですし、論争の当事者の一方の言い分だけを聞いて付和雷同することは避けたいと思っています。私個人としては「注釈」と「出典」を分離すること自体には賛成であるものの、「脚注」という表現を使うべきだという側も(Open-boxさんの見解では薄弱な根拠に見えるとしても)一定の根拠があってそう主張しているのではないか? と想像しています。どうやらOpen-boxさんは理詰のディベートと外堀を埋めていく方法で「脚注派」を排除していく算段でいるようですが、「荒らしには話が通じない」と決めつけるあまり、相手を納得させる方法を諦めてしまっていませんか? まあ、Open-boxさんが何を狙っているのかは概ね分かったので、それについては後の段に移ります。--Kanohara会話) 2019年8月9日 (金) 10:17 (UTC)
コメント - 「脚注書き換え荒らし」の手口について詳しくないのでとりあえず『「脚注」がページ名にあると良くない』位に考えていますが、だとしても代替名が「Help:コメント機能」だと紛らわしいと思うので、「Help:補足コメント機能」とか「Help:補足説明機能」というのはどうでしょうか(もしかしたら文面案改訂で「補足コメント」という表現に変えられた時点で改名案自体もそれに変わったのかもしれませんが…)。
あと、『<ref></ref>の記載を末尾に脚注として自動生成する機能』を『脚注機能』と呼ぶというのは初耳でした。私は『脚注の自動生成機能』と捉えていたのですが、システム更新時等に既に機能名が決まっていたのか、どこかで命名されたのでしょうか。--ButuCC+Mtp 2019年7月7日 (日) 13:31 (UTC)
そこは説明不足でした。決まっているのではなく、「脚注として自動生成する機能」(「脚注機能」と呼びました)があるから「脚注機能」をページ名にするのはまずいって安直な話です。補足コメントは既存文中にあるので、改訂案はひとまずそちらで作っています。補足説明でも何でもいいのですが、何と言いますか、とても感触的な発想でしかないのですが、口にしたときに収まりがいいとうれしいです(注釈・出典を諦めたのは、「ちゅうしゃく、しゅってんきのう」と違和感があったので)。--Open-box会話) 2019年7月7日 (日) 13:36 (UTC)
コメント - (返答が遅れて結果的に他の方へのコメントから先に回答を得られた形になってしまいましたが)「自動生成される場所がフットノートと一緒なので、この自動生成で作られるものこそが本来の意味での脚注」という点から、Open-boxさんは自動生成を「脚注機能」と呼んでいるという理解でよろしいでしょうか。確かにrefを使って手動で作成する場合は技術的にはあらゆる場所に作ることが出来るものですし、refの用途自体は脚注に限ったものではないですね。
ただ、現状では(誤りにせよ)refそのものやこのページを指して「脚注機能」と呼んでいる箇所があちこちにあり、文書上で改めて自動生成の事を「脚注機能」と定義してしまうと既存の書き込みとの混乱が(後日閲覧した人が)生じる可能性があります。この機能の肝は「自動で生成される」ことにあるので、それなら「脚注の自動生成機能」という名称にしてしまえば過去の表現との衝突もなくなると思いますが如何でしょうか。個人的には(プレビュー画面では役に立つとはいえ)最終的に訂正されるべきものである自動生成について「機能」と呼ぶ必要があるかも疑問で、単に「脚注の自動生成」でもいいとも思っています。--ButuCC+Mtp 2019年7月8日 (月) 16:25 (UTC)
「自動生成で作られるものは、自動的に脚注になる」ですかね。ただ「脚注機能」を全部書き換えるとなるとそれはそれで運用上困りますね。「脚注の自動生成(機能)」については文章の書き方次第でしょうか。「自動生成されるから書かなくてもいいや」ってならないように考えますと、「脚注の自動生成」の方がよさそうです。--Open-box会話) 2019年7月8日 (月) 23:26 (UTC)
コメント 提案者のOpen-boxさんに質問がございます。
  1. 『記事内に「脚注」節を設けるべきではなく、「注釈」と「出典」節にすべきだ。よって、「注釈」や「出典」節を「脚注」に変える行為は荒らしである』と受け取れましたが、この解釈で合っておりますでしょうか。また、このことを明示したガイドラインはございますでしょうか。(私が見た限りでは Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト) には『記事内に「脚注」節を設けるべきではない』旨の記述は見つかりませんでした)
  2. 本文中に現れた注釈や出典をページの後ろにまとめて示したものを「脚注」と称することは、ウィキペディア日本語版では正しくない解釈なのでしょうか。もし正しくない場合は理由をご教示ください。
  3. Help‐ノート:脚注/改訂案201907 を拝見し、この中に「脚注機能」節があることを確認しました。もし、この節の名前とページ名がかぶることが問題ならば、節の名前を例えば「脚注の暗黙的な生成」などに変え、ページ名を「脚注機能」とした場合にはどういった問題が発生するとお考えでしょうか。
もし、1.の合意が取れていてガイドラインに明記されていない場合は、ヘルプページの改名よりも『記事内に「脚注」節を設けるべきではない』あるいは『「注釈」や「出典」節をの名前をむやみに「脚注」に変えるべきではない』旨をガイドラインに明記することを優先すべきと考えます。記事やヘルプから「脚注」の語を排除すべき理由が明確でありませんし、現状のままでは「注釈」や「出典」節を「脚注」に変える行為が荒らしであるとは断定できません。--茶でもすするか会話) 2019年7月8日 (月) 11:35 (UTC)
1:これは違います。まず絶対にやってはならないことは「出典」など「注釈」の類いではないものを「脚注」に置き換えることです。「注釈」の類いであればスタイルの問題になってくるので単なるスタイル強要(rvされて繰り返せば粘着荒らしですけど)ですが、これは意味合いが変わってくるので別の問題です。「注釈」の類いに関しては執筆者の判断で自由に設定するものを、この文書を根拠に置き換えることでトラブルが起きているので、編集合戦や粘着荒らしの防止目的になります。また、この文書を読んで脚注で出典や注をまとめると勘違いされた方がおりまして(実はこの文書でもまとめていません)、トラブルになりました。そちらの再発防止も目的の一つです。
2:「注釈や出典をページの後ろにまとめて示した」これを「脚注と呼ぶこと」は自由です。問題になるのは、「脚注と呼ぶこと」を強要する行為です。
3:シンプルな話なのですが、自動的に生成されるものは正しく脚注なんです。これに対して全体に対する補足コメントを付ける機能が実現するものは、必ずしも脚注ではありません。出典や注釈の配置位置によっては、「後方」ですらないことも考えられます(本文が短いとかギャラリー後置とか外部リンクが長大とか出典が長いとか)。しかし、ここで「脚注機能」とすると「脚注機能だから脚注」と強要する人は必ず出てきます。なので、呼び名で制約することは避けたいのです。補足コメントを付ける機能を表すために、「脚」「後」のような位置を決める語を伴う必要は無いのですから。
4:(便宜的に付けます)ガイドラインで取れている合意は、「脚注」置き換え荒らしを抑制することなので、『「脚注」にしたい人は「脚注」を使えばいいけど、それを他人に押しつける理由はもうガイドラインで与えません』となります。なので、ここは「荒らし対策に真っ向から反する時点で荒らし」となります。ところがこの文書に穴が空いていて、上位のガイドラインをオーバーライドして「脚注」を押しつけるケースが発生しました。そのためこの文書の改定が必要になったのです。--Open-box会話) 2019年7月8日 (月) 14:52 (UTC)--:の数間違えた・・・・・・--Open-box会話) 2019年7月8日 (月) 14:54 (UTC)
返信 ご回答ありがとうございます。2の回答では『「注釈や出典をページの後ろにまとめて示した」これを「脚注と呼ぶこと」は自由です』としている一方で、1と3の回答を見ますと『出典は注釈ではないから「脚"注"」の語は不適切である。ちゃんと「出典」と書くべきだ』『文書の末尾にあるとは限らないから「"脚"注」の語は不適切である』と読み取れ、『文書末尾の注釈の意味でしかない「脚注」を他の場所や用途で使うべきではない』『「脚注」節は古い形式であり現在は非推奨である』ことを言外に仄めかしているように感じられました。『「注釈」の類いに関しては執筆者の判断で自由に設定するものを、この文書を根拠に置き換えることでトラブルが起きている』とのことですが、そもそもの原因は、主に古くから存在する記事では「脚注」節が残っている一方で、Wikipedia:スタイルマニュアル_(レイアウト) には「注釈と出典」節があるだけで節の名称の具体例や「脚注」節を作ることの是非が書かれておらず、編集者が各自勝手な解釈をしてしまいガイドラインと実態との間に齟齬が発生していることにあるのではないかと思います。すなわち、穴があるのはヘルプではなくガイドラインの方です。そして、この問題はMediawikiの機能ではなく記事に書く内容の問題なので、ヘルプではなくガイドラインの方で解決すべきです。Open-boxさんが気になさっていると思われる『機械的に「脚注」に置き換えることを防止する』を修正の主目的とするのであれば、ページ名変更ではなく
  • Wikipedia‐ノート:スタイルマニュアル_(レイアウト)#注釈と出典Wikipedia:スタイルマニュアル_(レイアウト)#注釈と出典 の節に、具体的な節の名前の付け方や「節の名前をみだりに「(ヘルプページ名)」に変更しないでください。」の旨の記述を追加する(別途議論が必要になるかと思います)
  • ヘルプに「本文書を根拠に注釈や出典を示す節の名前をみだりに変更しないでください。」と明記する
  • ヘルプページ冒頭に「このページでは、本文中に挿入した注釈や出典などをページの特定の場所(最末尾とは限りません)をにまとめて示したものを、便宜的に『脚注』と呼び、これを実現するためのMediawikiの機能を便宜的に『脚注機能』と呼びます。」のような説明を追加する
  • <references />や{{Reflist}}が無い時にそのページの最末尾に自動的に脚注を自動生成する機能の説明(この機能を「脚注機能」と名付けることは自動生成のニュアンスが脱落するので不適切と判断します。「脚注の自動生成」あたりが無難でしょうか)
を主とした修正で良いのではないかと考えます。ガイドラインできちんと言及しない限り、ページ名や説明中の「脚注」を他の名前に変えた所で、今度は新しい方の名前を強要する人が出てくるでしょう。そのため、ヘルプのページ名と内容の変更だけでいわゆる「荒らし」が収まるかどうか疑問です。ヘルプ内の説明用サンプルをガイドラインに沿ったものに変更することには賛成ですが、ページ名のみだりな変更には賛成できません。機械的な「脚注」への置き換え防止や脚注の自動生成機能を「脚注機能」と名付けて説明するためにページ名を変更することは本末転倒です。利用者の行為を制限したり記事のスタイルを整えるのは、ヘルプではなく方針とガイドラインの役目です。--茶でもすするか会話) 2019年7月9日 (火) 10:45 (UTC)ガイドラインへのリンク修正。茶でもすするか会話) 2019年7月9日 (火) 21:28 (UTC)
編集時の視覚的レイアウト反映したってずれるよ? ってのは指摘するんですが、位置関係書く人って思ったよりそこ判ってないのかなぁってのも大きいです。
『「節の名前をみだりに「(ヘルプページ名)」に変更しないでください。」の旨の記述を追加する』これは予防面で強調することはできますが、防止策としてはあまり機能しないと思われます。空の節はいらないよって指摘すら無視されてますんで、「みだりにじゃないよ」とされるだけでしょう。ここまでの質問・回答で茶でもすするかさんは良心的な発想で臨まれているのはよくわかりますが、残念ながら相手は真逆なんです。「考えてやってる、だから方針に反していない」とするのはありがちです。もちろん、機能しないかもしれないが予防策もやろうというのは大いに賛成できるところです。この件については他にも文案を戴いているので、まとまり次第提案したいです。
『「本文書を根拠に注釈や出典を示す節の名前をみだりに変更しないでください。」』これは出来ると思われます。「本文書は技術的な説明を行うものであり、節の名称、group=""の名称などはこの文書では規定されません。本文書を根拠に注釈や出典を示す節の名前等をみだりに変更しないでください。」ぐらいまで突っ込みましょうか。
『このページでは~』こちらは、実は現行で既に複数混ざってまして・・・・・・。ただ、大方針としては間違いの無いところですね。
『ページ名を変更することは本末転倒です』これは違います。当初の状況であれば本文を書き換えて様子を見、それでも止まらないなら、「Help:出典と注釈」ぐらいの案を準備してから「意味が狭いからおかしいし、本文だけじゃ止まらなかったよ」とやるだけでよかったんです。本文を書き換えようとしたら、「この文書は注や出典の説明じゃない、これMediawikiの解説じゃないか」って別の問題が浮上したのです。
『ヘルプではなく方針とガイドラインの役目』これはその通りですし、実際の運用もそうなっています。改訂案も言葉遣いを変えて決めつけを除去するだけでしかありません。要は、ヘルプを使って方針とガイドラインを無視する人に予防策を講じませんか? という話ですね。
『今度は新しい方の名前を強要する人が出てくるでしょう。』これはその通りです。そちらの対策も必要になります。私案なら「本文から出典を分けてみないかい?」ぐらいの名前を使う手もあるんですが、この文書はヘルプですし真面目に読んでもらえなくなるので没で。--Open-box会話) 2019年7月9日 (火) 15:48 (UTC)

(インデント戻します) 返信 まず、「出典は注釈の類いではない」「文書の末尾でない」ことを理由に『脚注』の語がおかしいという主張は「下駄が入っていないのに『下駄箱』と言うのはおかしい」と主張しているようなもので、明らかな誤用と言えない限り納得してくれる人は少ないでしょう(私もこれには納得できません)。次に、現状のWikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)には『この節の名称・構成は、本体節や他の付録節を反映して様々な形式を取ります。』とあるだけで、もっと踏み込んだ説明がありません。そのため、第三者はガイドラインを理由とした指摘ができません。そんな中でヘルプだけを修正しても効果は疑問であり、ヘルプよりもガイドライン修正の方が優先だと思います。ガイドラインに具体的記述がない現状では、Open-boxさんがいくら相手を荒らし扱いしても、連続リバートなど他の要因がない限り「Open-boxさんの個人的感想」で終わってしまいます。ガイドラインがあれば、第三者が「ガイドライン違反の指摘」「繰り返し指摘しても守らないのでコメント依頼・投稿ブロック」などの措置をとることができます。『ヘルプを使って方針とガイドラインを無視する人に予防策を講じませんか?』と言われましても、方針とガイドラインを無視している人がヘルプだけには従うとは到底思えません。ガイドラインの穴はヘルプで塞ぐのではなくガイドラインで塞ぐべきです。そして、『本文書は技術的な説明を行うものであり、節の名称、group=""の名称などはこの文書では規定されません。本文書を根拠に注釈や出典を示す節の名前等をみだりに変更しないでください。』の通り、ヘルプは技術的説明に特化するのが本来のあり方です(なお、この文言追記に私は賛成です)。--茶でもすするか会話) 2019年7月10日 (水) 12:19 (UTC)

『明らかな誤用と言えない限り』これは明らかな誤用です。脚注と言う言葉の問題は位置情報を語に含むことにあります。注は脚注を含みますが、その逆は正しくないのです。納得しないのは自由ですが、それは「誤用でも通じるんだからいいじゃない」と言う話であって、日本語としては間違いです。
『ヘルプよりもガイドライン修正の方が優先だと思います』ガイドラインの指示をヘルプで覆したのが今回ですから、優先はこちらであることは動きません。既にガイドラインには様々な形を取ることは明記してあり、それをヘルプを根拠に無視されたのですから。ガイドラインの指示で何を書いてもこの文書の問題は解消されません。優先ではないという主張を勘案しても、それはこの文書を放置することを正当化する論拠にはなりません。せいぜい、「こっちもやるなら、あっちもやって」でしかありません。この文書は、『ヘルプは技術的説明に特化する』ができていないのです。
『方針とガイドラインを無視している人がヘルプだけには従うとは到底思えません』それは考え違いです。そのような人はどの文書にも従っていません。いかなる文書も他人を攻撃するためのツールに過ぎず、都合の良い文書のつまみ食いを行っているだけです。もちろんこれは、「方針の悪用」というれっきとした問題行動です。こんなことを技術面の手引きでしかないヘルプで正当化する方が間違っていますし、どのように言い換えをしようと問題行動であることに変わりはないのですが、それは文書の穴を放置してよいことにはなりません。
『連続リバートなど他の要因がない限り』広域・つきまといも、また他の要因です。この手の腕ずくでの解決は規模も重要です。強引な解決法に対抗できない人は多いのですから。
スタイルマニュアルでという主張の対処はこちらの放置ではなく、そちらも潰すだけですから、そちらの提案(Wikipedia‐ノート:スタイルマニュアル (レイアウト)#説明の追加提案201907)も行いました。--Open-box会話) 2019年7月13日 (土) 02:15 (UTC)

ここまでの内容を反映した案が版番73446807版番73446650から修正)です。具体的には、「脚注の自動生成」(ButuCCさん)、『技術的説明に特化』(茶でもすするかさん)、用語の統一(脚注、脚注コメント、補足コメントが混在していたので『補足コメント』としてあります)とこのページではという断り(茶でもすするかさん)、例示と限定条件の除去、分散しているハーバード方式の集約、そもそも「脚注」と追加する必要の無い部分からの除去を行っています。--Open-box会話) 2019年7月13日 (土) 04:07 (UTC)--抜けを補い、oldidを変更しました--Open-box会話) 2019年7月13日 (土) 04:14 (UTC)

コメント ここにもあったのですね。Open-boxさんのご提案(版番73446807)は、私は概ねよいのではないかと思います。出遅れたので、周回遅れのようなこと言ったらごめんなさい。
  • 当初提案からいろいろあって、Open-boxさんは「補足コメント」と表現なさっているのですが、私はやっぱり「ほにゃらら機能」という表現のほうがしっくりはまると思うのですがいかがでしょう。「ほにゃらら」部に「脚注」という語を用いるかどうかは考えどころですが。いっそ「ref機能」とかはどうでしょうか。
  • 本来の「脚注」は、書籍の各ページの下にその都度おかれるもので、末尾にまとめて列記するのは「後注」というのが「正しい」ですよね。一方、茶でもすするかさんがおっしゃったように、「下駄が入っていなくても下駄箱だ」というのも一理あります。Wikipedia史的に、本来は「脚注」とすべきでなかったものを「脚注」としてしまい、それで定着してしまった、というところでしょう。私はOpen-boxさんと同意見で、正しい表現は「脚注」ではない、と考えます・・・が、今から改めるのはしんどい、というところはありますね。
  • じゃあどういう名称にするといいのかというと、すぐに妙案はないです。ご提案の「補足コメント」という表現は、おそらく多くの利用者にとって、始めは「なんのことだ?」となるだろうと思います。(そのうち慣れるでしょうけど。)手法としては(合意によってですが)新Help文書を新設し、「Help:脚注」を過去文書とする、というのはどうでしょう。すでにHelp:脚注に拠っている記事や文書も多数あるので、以前まではこの文書に準拠していたので急にルール違反になるということでもないですよ、的な。
  • 「脚」という表現にひきずられて、ref情報は必ず記事の後段なければダメでそれ以外はルール違反だ、という考え方には反対です。ref機能はあくまで、補足・注釈的な内容を別の場所に表示するための機能です。それをどこに表示するかや、どういう目的で使用するかというのは、別の議論でしょう。出典や注釈の目的で使われ、記事の最後尾に置かれることが多い、とはいえますが。
  • たとえば競馬分野では、キタサンブラック#血統表キタサンブラック#競走成績のように、出典情報が節ごとに示されていたり、ref機能を「記事の最後尾ではない場所」に使用していたりします。こうした用法のほうが、本来的な意味での「脚注」です。(出典情報は検証可能性のためにあるもの。記事の末尾でなければ検証可能性が満たされない、なんてことはない。まあ、読者にとって便利であればよい。)
  • 機能に関するHelp文書なので技術的説明(機能の説明)に特化し、「こうするべき」的な話はスタイルマニュアルで引き受ける、というのが筋だとも思います。したがって技術的な解説をするHelp文書では、「こうするべきでない/しないべき」ことも解説しちゃうこともあるでしょう。(なぜしないべきなのか、とか、この手法は過去のものです、というような補足つきだとベター。)ただまあ、問題を起こす利用者は、そこらへんの区別ができていなかったり、1文書だけに固執して別文書を無視したりします。
  • とくに出典の示し方についてはかなり多様化していて、情報があちこちに散逸していますから、それらを一箇所にリンクしておくというのは必要と思います。その結果として、互いに矛盾するA文書とB文書がある、というようなことにもなるでしょう。「これにはこういうやり方とこういうやり方があって、意見の相違があって解決・統一されてはいません」みたいなことを書いておくのも注意喚起としては有効だと思うのですが・・・そういう情報をみて気をつけて行動できる方はそもそも問題を起こさないし、問題を起こす人はそういう注意喚起があっても問題を起こしますし、ねえ。--柒月例祭会話) 2019年7月13日 (土) 06:29 (UTC)
コメント 修正内容を確認いたしました。内容につきましてはおおむね問題ないかと思います。しかしページ名を「補足コメント機能」とすることには反対いたします。「本文と別の場所にまとめて出力する機能」を説明するにあたり、「脚注」「後注」「前注」や柒月例祭さんが挙げられた「ref機能」でしたら、実際の出力場所は別として「<ref>タグと、<references />タグまたは{{Reflist}}テンプレートを使って本文と別の場所にまとめて出力する機能」と説明できます。しかし、「補足コメント機能」は文書のフォーマットではなく内容に注目して「追伸を書く機能」のような誤解を発生しますので、この機能の説明としては不適切と考えます。なお、「脚注」の語は日本語ウィキペディアだけでなく、Microsoft Word 2010の脚注機能では、各ページの下に注釈を入れる場合に「脚注」、章の最後または文章全体の最後にまとめて入れる場合を「文末脚注」と称しており、岩波国語辞典第三版第1刷(岩波書店、1979年)が示すところの「脚注」の意味『本文の下の方につける注記。foot-noteの訳。』の「footnote」の直訳っぽい感じになっております。このヘルプページの英語版は「footnote」になっており日本語版もそれに引きずられた感がありますが、ドイツ語版では「Einzelnachweise」(英:References)になっており、「ref機能」と同じようなニュアンスですね。そのため、ページ名は「ref機能」を推します。--茶でもすするか会話) 2019年7月13日 (土) 12:47 (UTC)
コメント Wikipediaというサイトを単位として考えれば、各ページの末尾に入る注釈はまさに脚注というべきでしょう。が、「文内であっても使える(その場合は……割注?)機能の解説記事であるから、脚注に限定しない方がいい」ということであれば確かにそういう気もします。「ref機能」では、Wikipediaに慣れた人向けのジャーゴンという感が拭えませんので、「参照機能」とか、なんかしっくりくる言葉を見つけ出したいところです。--Rasalghul会話) 2019年7月14日 (日) 09:32 (UTC)
コメント Wikipediaの機能の紹介なので「Wikipediaだけで通用するジャーゴン」のほうが適していて、一般にも通用する語はかえって誤解を招くから避けたほうがいいのでは…と私は思っています。
まあそこは単に呼称の問題なので、誤解なく通じるなら何でもいいのですけど。(Open-boxさんの当初の問題提起は、呼称のせいで困った編集をする人がいる、というところに起因しているのですが。)
たとえば冒頭部の文章を、少し切り分けて、段階的に整理してみてはどうでしょう。
  • 「注釈などの補足的説明や出典などの情報を、記事本文にではなく、記事内の別の場所に表示させることができます。これをホニャララ機能と呼びます。」とか
  • 「本文書はホニャララ機能について解説します。ホニャララ機能とは、特別なテンプレート類を使用するなどして、記事についての注釈や出典などを別の場所に表示させるための機能です。」
  • 「Wikipediaでは、主に、注釈や出典を示すのに用いられます」
  • 「表示先は様々な場所を指定できますが、ふつうは、注釈や出典に関する情報は付録節(付録部)に「注釈」「出典」などの節を設けて表示します。」
みたいにする。これだと、「どこにおくか」自体は「付録節(部)」次第で、スタイルマニュアルのほうで付録部は末尾だよ、となっています。今の文章は「refを使って記事の末尾に注釈を表する方法を解説します」みたいになっていて、ちょっと盛り込み過ぎなんだろうと思います。--柒月例祭会話) 2019年7月14日 (日) 10:44 (UTC)
(追記)もっと切り分けてこれぐらいにしたほうがいいかも・・・(注釈と出典以外にこの機能を使うのはルール違反だ!と言い出す人を予防する的な意味で。。。)
  • 「情報・コメントを、記事本文とは別の場所に表示させることができます」
  • 「この機能は主に補足的説明など注釈や、参考文献など出典情報を表示させるのに用いられます」
まあなんというか、簡潔な説明ではダメな人のために細かく説明すると、そういう人はそもそも読まなくなる。。。的な堂々巡りはあるのだろうと思います。。。--柒月例祭会話) 2019年7月14日 (日) 11:03 (UTC)
コメント 既に書いたのですが、「Mediawikiの説明」だってところがなければ、改名は後回しかつ「注釈と出典」ぐらいになっていたと思います。
(茶でもすするかさんへ)『ページ名を「補足コメント機能」と~』そこは提案に入っていませんのでご心配には及びません。表記ブレをできるだけWikipedia的じゃない(groupが「解説」になっているのはその点では長所です)用語に統一しておいただけです(そのため、定義部は名称に触れない形にしてあります)。あそこまで作っておけば、ページ名に合わせて調整するのは簡単ですから。
㭍月例祭さん、茶でもすするかさんの『ref機能』は逆にありじゃないかなって思います。㭍月例祭さんの指摘された「ジャーゴン」という面を考えますとむしろ優れているんじゃないかと。その意味ではRasalghulさんの『参照機能』もいいと思います。これも十分にジャーゴンじゃないかなって印象があります。むしろ下手に『レファレンス機能』(これは当初考えていたものなのですが、限定がきついからだめかなってした案です)みたいにするよりはよほど優れていると思います。今の案は単純な置き換えなのですが、㭍月例祭さんの案ぐらいはっきり書いてしまう方がいいのかなと考えています。
ここまで出てない使い方ですと、テンプレート化された表に多い枠外の注記がありますね。見た目のレベルでは表の一部(テンプレートならさらにテンプレートの一部)なのですが、機能上はこれもrefです。--Open-box会話) 2019年7月14日 (日) 14:36 (UTC)
  • 㭍月例祭さん、茶でもすするかさんの『ref機能』で文案調整中です。しばらくお待ちください(Ref機能で置換する部分と機能説明の切り分けを行っています)。--Open-box会話) 2019年8月8日 (木) 23:51 (UTC)

コメント 個人的には、変わらずヘルプの改名には反対です。ともかく、Open-boxさんがいま進めようとしているのは要するに、

  • まず前提として、Open-boxさん個人としては、記事後半部の註を「注釈」と「出典」に分割するスタイルが好ましく思っており、また従来の「脚注」という表現を不適切だと考えている。Open-boxさんにとって、「脚注」という表現を擁護する意見に納得できるものはなく、自身の主張の論理武装は完璧であるという考えから、どう言われようがこの考えを変えるつもりはない。
  • 一方、Open-boxさん個人のポリシーとしては、記事後半部の註(注釈・出典)のセクション名を自由に書き換えることに忌避感を抱いている。「出典」「注釈」のセクション名を「脚注」に書き換えられることは、Open-boxさんにとっては荒らされるのも同然であり、同時にOpen-boxさん自身にとっても、意味もなく「脚注」のセクション名を「出典」「注釈」に書き換えることは、自分が荒らしと同レベルに堕ちることであり、過去のガイドラインを基に書かれた記事を機械的に置換するようなことはやりたくない。
  • Open-boxさんの目論見としては、「脚注」というセクション名が自然に淘汰されて、ゆるやかに「出典」「注釈」へと置き換わるのが望ましいと考えている。そのために、
    • 各種ヘルプやガイドラインを改正して、従来の「脚注」という表現を撤廃する。ウィキペディアでは記事ページの下端にあるものだけが「脚注」であるという、Open-boxさんの個人の定義をウィキペディアの共通認識として普及させる。
    • 一方でガイドラインを改正し、「出典」「注釈」のセクションを、必ず「関連項目」「外部リンク」の上に来るように定め(Wikipedia‐ノート:出典を明記する#記事末尾に参考文献を記載するの改訂提案)、また自動的に生成される脚注を{{Reflist}}を置き換えるように促す英語版のガイドライン(en:Help:Automatically generated reference list)を翻訳して「脚注機能」として導入する。これにより、(Open-boxさんの定義で)脚注と呼べるものは例外なくウィキペディア上に存在できない状況を作り出す。
  • このような方法で外堀を埋めていくことで、「脚注」という表現を使い続けようとする編集者と、その擁護者が寄って立つ根拠を失わせる。
  • それでも「脚注」という表現を使い続ける者は「根拠なく意味不明な編集をする荒らし」としてブロックし、ウィキペディアから追放する。

といったロードマップを(自覚的にせよ無意識にしろ)描いているのだと察します。このロードマップは、少なくともOpen-boxさんの中では瑕疵のない論理に支えられており、「その筋道はちょっと……」とケチをつける抵抗勢力は荒らしの仲間として片っ端から論破して、それでもOpen-boxさんの論理に納得しない者は「いつまでも納得しない」を理由に排除していく……という理屈なのでしょう。ですよね?

まあ私自身も個人的には「注釈」と「出典」に分割するスタイルが好ましいと思っているので、その部分に関してはOpen-boxさんに賛同できなくもないです。ですが、「編集者個人の自由意志は尊重したいが、強制はしたいので、既成事実を作って外堀から埋めていく」というスタンスは好ましく感じませんし、Open-boxさんの方法が上手くいくとはあまり思えません。定着した表現を革新することで生じる混乱の大きさに比して、得られる効果は薄いように思います。

そもそも「脚注」は三大方針の根幹的な部分に関わる概念ですので、そこを外堀を埋めるようにこっそり改変していっても、自然と風向きが変わるということはあり得ないと思います(これで十分に周知しているつもりであるなら周知不足です)。もし本気で「脚注」という表記をウィキペディアから一掃したいなら、「独自研究は載せない」「検証可能性」「出典を明記する」などの主要な方針・ガイドラインに告知を出すなり、{{SpoilerH}}{{SpoilerF}}(ネタバレ隠しテンプレート)を廃止した時のように、{{Reflist}}に告知文を表示するなどして、もっと大々的に周知して、広い合意を取るべきかと思います。大々的に告知すると有象無象の反対が押し寄せるかも知れませんが、そうやって反対されるようなことならむしろ水面下で進めるべきではないです。

まあ、少なくとも私なら別の方法を使います。そもそも、Open-boxさんの方法(「Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)」の改訂)で上手く行かなかったのは、別に荒らしに口実を残したからではなく、Open-boxさんの説明で人を納得させられなかったからではないですかね……? スタイルマニュアルで「この節の名称・構成は、本体節や他の付録節を反映して様々な形式を取ります」と明記しながら「でも脚注という表現だけは禁止。禁止だと明記はしないし強制はしないけど、書いたら荒らし」という方針を取るOpen-boxさんのやり方では、多くの編集者を直感的に納得させるのは難しいと思います。茶でもすするかさんも指摘しているように、既に浸透した「脚注」という概念を縮小して事実上の廃止に追い込むのも無理があるように思うので、「脚注」という表現は残して、

  • 通常、本文の末尾に当たるウェブページの下端部(付録節/付録部の手前)に置かれることから、ウィキペディアではこれを便宜上「脚注」と呼んでいます。
  • ですが、セクション名を「脚注」とするのは適切ではありません。これには幾つか理由があります。
    • ウィキペディアの記事は、ブラウザ上ではひとつのページですが、紙に印刷された場合などはその限りではありません(Wikipedia:ウィキペディアを二次利用するも参照)。その場合「脚注」という表現は不適切になるかもしれません。
    • 一般的な論文や書籍ではしばしば、本文の補足的な注釈文と、記述の根拠となる出典(文献註)が、分離されずに「註」「注」などと一括りにまとめて書かれます。かつてのウィキペディアでも、このような書き方が一般的だった時期もありました。しかし編集者による独自研究を禁じているウィキペディアにおいては、全ての記述に出典が必要になるため、一般的な論文や書籍と比べて脚注の内容が複雑になりがちになるという問題が生じます。このため、現在のウィキペディアにおいては、可読性のために注釈と出典を分けることが推奨されます。
    • このとき、見出しの名前は目的や内容を表すようにすべきで、単にページ末尾の註(注釈)を意味する「脚注」では不適切です。

などとします。ジャーゴンで構わないというなら、「脚注」という表記が最も浸透しているはずで、上記の提案はつまり「ウィキペディアにおける“脚注”という表現は、方針やガイドラインで用いられるジャーゴンである」と定義してしまうことで、記事名前空間で使わないよう求めるということです。

ヘルプページを改名しても、改訂しなければならないガイドラインやテンプレート文章は多岐に渡ります。ビジュアルエディターやウィキテキストエディター内で使われている「脚注」という用語はそのままですし、Microsoft Wordなどでも浸透している表現です。ちなみにMediaWikiでは「引用」、ビジュアルエディターでは「ref=引用、references=情報源一覧/脚注リスト」ウィキテキストエディターでは「ref=注釈、references=脚注」といった用語も使われていますが、ウィキペディアにおける「引用」はQuotationの意味で使われることが多いですし(Wikipedia:著作権で保護されている文章等の引用に関する方針)、「注釈」が情報源を含まない補足説明を指すというのは、Open-boxさん自身が採用している解釈のはずです。Open-boxさんの「そこは脚ではない」というロジックは、Open-boxさんがご自身を納得させ、個別に論戦を挑んできた相手をディベートで返り討ちにする論拠としては理由としては十分なつもりなのかも知れませんが、多くの編集者の納得を得られるかというとそうではないと思います。皆がすぐに思いつき納得するような代替表現がなく、別のジャーゴンで置き換えるしかないという状況からしても、定着した「脚注」というジャーゴンを死語化する試みは現実的でないと思います。

Open-boxさんの「“注釈”“出典”というセクション名を“脚注”に変更するような編集を阻止したい」という根本的な提案理由からすると、無理に「脚注」という表現を根絶やしにする必要はないように思いますし、他の方も指摘されているように、荒らす意図があって荒らす人の手口は他にいくらでもあります。そこは別に「無理にでも変えなければならない譲れない、妥協することなく強い意思を持って根絶しなければならない」ような点ではないでしょう。いや、Open-boxさん個人の主観では「そこは脚ではない」「Mediawikiの機能の解説として切り離されていない」という点が、生理的に気持ち悪くて我慢ならないというのはよく分かっているつもりですが、結局、その気持ち悪さの解消はOpen-boxさん個人の欲望にしかなっておらず、ウィキペディア全体からすると、改善どころか不要な混乱をもたらしマイナスになるのではないか? というのが私の感想です。

なお、

> ヘルプページは手引きなので、「Wikipedia:出典を明記する」や「Wikipedia:出典テンプレート」を実際に使う方法が必要になります。

という主張についてですが、これは「Wikipedia:出典を明記する/個別参照法」辺りで十分だと思います。

> 「この文書は注や出典の説明じゃない、これMediawikiの解説じゃないか」って別の問題が浮上

についても、ウィキペディアに書かずとも、Mediawikiの「Help:引用」の解説に書けば良いかと思います。--Kanohara会話) 2019年8月9日 (金) 10:17 (UTC)

まずフレームまで使って強調し、当然の前提であるかのように開陳する問題は言うに及びません。
第一文には全く根拠がありません。根拠のない思い込みでしかありません。
第二文、実際に発生した荒らし行為を個人のポリシーにおとしめる論拠のすり替えは明らかです。
第三文、またしても全く根拠がありません。身勝手な推測を連発し、これを前提とする時点で考慮に値しません。
個人認識と根拠のない主張を繰り返すばかりか、まるで独自研究を敷衍しているかのような個人攻撃を行っています。
システム上の要請を脚注を追放するための規定であるかのように扱う時点で、明らかなすり替えです。
第四文、第五文では「脚注」の強制が問題になっているところを「使用」とすり替えています。
いずれをとっても決めつけや主題のすり替えであることは論を待ちません。これでは意見を斟酌しても議論が正常に進行しないのです。
せっかくなのでこの先も検討しましょう。
第一文「瑕疵のある」と問題点を矮小化していますが、見過ごせない問題点があれば指摘されるのは当然です。問題点は、最初の提案以降毎回回答しています。荒らしが実際に行っている行為を支援するのかと指摘されて(2019年7月7日 (日) 11:22 (UTC))、回答せずに同じ意見を繰り返せば荒らしの仲間とみなされるでしょう。しかも複数回弁明の機会は与えましたが、未だに弁明がありません。なぜこの程度のことすら、書けないんですか?
第二文、根拠のない決めつけは考慮に値しません。「定着した表現を革新することで生じる混乱の大きさに比して、得られる効果は薄い」これは単独なら考慮に値する意見ですが、前提が間違っているのでは意味がありません。一応検討しますと、「定着した表現」と主張することで「脚注の強制」が認められるという考えには無理があるでしょう。そもそも「定着した表現」であるとして荒らしたことから問題が発生しているのですから。「得られる効果は薄い」と主張することで荒らしからの保護に対抗するのは無理があります。
第三文、「外堀を埋めるようにこっそり改変していっても、自然と風向きが変わるということはあり得ないと思います」外堀どころか、本丸であるスタイルマニュアルを直撃していますが? こんなところで詭弁を行ってどうするのです。周知が不十分と主張するのは、ただのWikipedia:腕ずくで解決しようとしない#いつまでも「納得」しないでしかありません。なお、{{reflist}}に組み込めという提案は検討に値しません。これは出典テンプレートの改変による全域への問題行為を行わせる行動になります。
第四文、根拠のない思い込みでしかありません。問題となったのはFarther Readingの扱いであり実際に発生している荒らしへの対処は、スムーズに実装されました。「でも脚注という表現だけは禁止。禁止だと明記はしないし強制はしないけど、書いたら荒らし」とするのは明白なすり替えです。「脚注を強制」することが荒らしであると指摘しています(2019年7月7日 (日) 11:22 (UTC)、 2019年7月8日 (月) 23:14 (UTC) 、2019年7月8日 (月) 14:54 (UTC) )。論拠が崩壊していることを知ってなお繰り返すのは誠実な議論ではありません。
次のフレームに移りましょう。こちらでは提案が行われています。
「「脚注」という表現は残して」「脚注」という表現が残っていたことで問題が発生しているのですし、そこを踏まえて「Ref機能」でどうかという話題に移っているところで(2019年7月13日 (土) 12:47 (UTC))、古い話題(2019年7月8日 (月) 11:35 (UTC) )を取り上げて「脚注」にするのは、茶でもすするかさんに対しても不誠実です。
「ジャーゴンで構わないというなら、「脚注」という表記が最も浸透しているはず」浸透しているジャーゴンに問題があるのですから、解消の対象になっているのです。浸透していることは問題をなかったことにすることはできません。
Wordなど外部で使用されていることは、方針文書とは関係ありません。他の文書については、この文書が「脚注」となっていることが問題の根幹であり、他の文書も連動するだけです。
無用な位置情報を含んでいることは明白です(2019年7月13日 (土) 02:15 (UTC))。それを「俺は納得しない」では論理に対抗することはできません。まして、他の利用者の感情を推測することではなおさらです。
荒らす手口がほかにあることは、荒らす手口を放置する理由たりえません。
そしてまた個人の欲望と個人攻撃を行いますが、現実的ではないと思うといくら主張したところで、ヘルプが放置されていることが問題の原因になっているという現実に変化はないのです。
「これは「Wikipedia:出典を明記する/個別参照法」辺りで十分だと思います。」それはヘルプではないので。ヘルプからリダイレクトを飛ばす考え方が許容されるかですね。
「Mediawikiの「Help:引用」の解説に書けば」それを言い出すとこの文書の内容をそちらに移すだけで終わるような。
実際に発生している勘違いや荒らし行為には目をつぶっても、問題点を解決することはできません。脚注のままにしたいと主張するなら、問題の所在を認識し、脚注を変えずに対処する方法を考えなければならないのです。--Open-box会話) 2019年8月9日 (金) 17:39 (UTC)
Kanoharaさんへのコメント依頼を準備しましたが、上記の「問題の所在を認識し、脚注を変えずに対処する方法」を考慮してくれると信じて取り下げました。信頼にこたえていただけることを期待します。--Open-box会話) 2019年8月9日 (金) 17:44 (UTC)
コメント 別に私には何ら後ろめたいことはないので、私個人に対するコメント依頼は出していただいても何ら困るところはありませんが、まあ落ち着きましょう。
> 荒らしが実際に行っている行為を支援するのかと指摘されて(2019年7月7日 (日) 11:22 (UTC))、回答せずに同じ意見を繰り返せば荒らしの仲間とみなされるでしょう。しかも複数回弁明の機会は与えましたが、未だに弁明がありません。なぜこの程度のことすら、書けないんですか?
ですから、重ねて繰り返しますが、「荒らし」のレッテルは、相手に貼れば個人攻撃が許されるという魔法の免罪符ではありません。私はOpen-boxさんがこの議論で「荒らし」と呼んでいる方のことを知りませんし、どのような主張をしていて、どのような編集行為を行っているのかも見たことがありませんので、仲間になりようがありません。だからこそ、「荒らし」とされる内容についても私の想像が及ぶ範囲で議論を進めるしかない立場にあります。その結果として、私が前提からして的外れなことを言っている可能性はありますけれど、これについては私が実例の提示を何度も求めているのに、実例のリンクを示そうとせず、説明責任を放棄しながら、私を荒らしの仲間や議論妨害と決めつけるばかりのOpen-boxさんの態度に問題があると考えています。
さて、Open-boxさんから実例を提示してもらえないので、分からないことは想像で補いながら話します。先行する議論として示されたノートページにおけるこれまでのOpen-boxさんの発言を読み解く限り、Open-boxさんの言う「荒らし」なる編集者の手口は、
  1. 注釈と出典を分けていたり、references内に出典しかないような記事で、「スタイルの統一」という名目の元、セクション名を機械的に「脚注」に置き換えるような編集を行っているらしい[1][2]
  2. 注意したところ、どうやらWikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)改定前の版や、このヘルプページの記事名を「武器」にして、編集を強行していたらしい[3][4]
といったものであったと読み取れます。で、それに対する対処としてOpen-boxさんが示したのが、
  1. Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)を改定して「脚注」という用語を排除し、「脚注」と呼んでいたセクションを何と呼んでも自由だけれど[5]、セクション名をみだりに変えないで[6]、という趣旨の注意書きを追加する。
  2. このヘルプの記事名を「コメント機能」や「ref機能」に改名し、「脚注」という用語を排除してMediawikiの機能説明に特化させる。
というものです。
……で、なぜそうなるの? と私は首を傾げてしまうわけです。Open-boxさんはそれを自明の理であり、荒らしに対抗する唯一の手段であるかのように語りますが、なぜ「記事名の変更」という解決手段が「荒らしに対処する手段」になるのか、その点に論理の飛躍があって、正直なところ私にはよくわからない。例えるなら「アクセルとブレーキの踏み間違いによる悲惨な事故を二度と起こさないよう、ブレーキペダルを撤廃すべき」のような、一見正しいように見えて極めて不条理な主張に思え、首を傾げます。分からないなりに、ここはごく単純に、Open-boxさんは「荒らしの口実を真に受けて、荒らしが口実にしているヘルプの記事名を変えれば一矢報いることができるだろうという発想に至った」と解釈しましたが、合っているでしょうか?
ですが、そうだとするならば、Open-boxさんは荒らしの安い挑発に乗って、荒らしに対抗しているつもりで踊らされているだけなのではないか? とも思うのです。悪意で荒らすことが「荒らし」にとっての目的であるなら、口実は何でも良いわけで、『まんじゅうこわい』の逸話のように、真の狙いとはあべこべのことを言うことで、荒らしは相手を攪乱させて自分の手伝いをさせたりすることもできるのです。もしOpen-boxさんが荒らしの言い分を真に受けて、このヘルプ記事の改名を実行すれば、「ウィキペディアにおける脚注とは何か」を定義する文書は失われます。そして、「Help:脚注/読者向け」「Wikipedia:出典を明記する」「Wikipedia:信頼できる情報源」「Wikipedia:「要出典」をクリックされた方へ」などの主要なヘルプ、ガイドライン、テンプレートの文面は改定を余儀なくされます。これは面倒な手間がかかります。例えば、改名によって影響を受けるテンプレート{{参照方法}}には「出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください」という文面がありますが、これを「出典は列挙するだけでなく出典などを用いて……」に修正すると意味が通じなくなり、また「出典は列挙するだけでなくref機能を用いて……」のようにすると、{{Sfn}}を多用している記事をrefタグに置換するような荒らしを招くことになりかねません。このテンプレートに限らず、修正は多岐に渡り、場合によっては文面改定の議論も必要になるでしょう。結果として荒らしは「自分の荒らし行為によってウィキペディアの編集者どもを右往左往させ、ウィキペディアの歴史に名を残す残る偉業を成し遂げたぞ!」という達成感を得ることになってしまい、それで満足するどころか、要求をエスカレートさせていくかも知れません。Open-boxさんは「荒らす手口がほかにあることは、荒らす手口を放置する理由たりえません」と仰いますが、荒らしを利するような対策は荒らしに味方するのと同じであり、悪意ある荒らしを止めるには別のルールが必用しょう。
付け加えると、悪意のある荒らしなら、このままページ名が「ref機能」に改名されたところで何ら困ることがなく、今度は改名後のページ名を根拠にしてあらゆる脚注のセクション名を「ref機能」とでも書き換えるだけでしょう。結局、荒らしの言いなりになってヘルプの記事名を改名しても意味がないのです。
あるいは、「荒らし」は悪意のある愉快犯ではなく、何らかの理由に基づいてそのような編集をしているのかも知れません。Open-boxさんからは「荒らし」側がどのような主張をしているのか提示してもらえないので、私としては想像を交えて想定を膨らませるしかないのですが、例えば過去の議論でOpen-boxさんが挙げた[7](そして論じるに値しないとして否定してみせた[8])「記事全体を巨大な1ページ的に俯瞰して」脚注と称することは問題ない、という理由を持っていることは考えられます。また、スタイルを理由にしていることから[9]、ウィキペディアというひとつのサイトの中ででスタイルが統一されていないことを気持ち悪く感じており、多数派に合わせようとしているのかも知れません。あるいは論文形式にこだわりがあり[10]、注釈と出典を分ける書き方を好ましく思っていないのかも知れません(「Wikipedia:出典を明記する/個別参照法」では「バンクーバー方式の大元である統一規定は、注釈註の使用を禁じています」という言及があります)。それとも、{{Sfn}}を多用する記事などで、セクション名の「出典」と「参考文献」の意味が重複しているように見えることを不適切だと考えているのかも知れません。……なお、そういった理由あっての編集は、ウィキペディアでは荒らしとは呼ばないので(Wikipedia:荒らしWikipedia:安易に荒らしと呼ばないWikipedia:ページの編集は大胆に)、そういった理由をあれこれ想像で想定する私を「荒らしの仲間」呼ばわりするのはご遠慮ください。
……さて、そうした「理由があって脚注という表現にこだわっている編集者」に対しては、Open-boxさんが主導した「Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)」の改訂も悪手だったのではないか、とも私は思うのです。ご覧下さい、Open-boxさんが改訂したスタイルマニュアルには、
  • > 節の名前をみだりに変更しないでください。
  • > この節の名称・構成は、本体節や他の付録節を反映して様々な形式を取ります。
とありますが、これはOpen-boxさんの意に反して、かえって「理由があって脚注という表現にこだわっている編集者」を助長させると思います。さまざまな名称や名称や構成が許されているのなら、多くの記事で使われている「脚注」を使うのは問題ない、と都合良く解釈するのが普通でしょうし[11]、「節の名前をみだりに変更しないでください」という文章を見て、以前から広い記事で使われていた「脚注」というセクション名を「注釈・出典」に分けるような編集を戒めるものだという、意図と逆の解釈をする者も現れるでしょう。これは悪文だと思います。Open-boxさんは、「出典」と「脚注」が別の概念を指しており、意図があって呼び分けているのだと主張していますが、実際のところOpen-boxさんが改正したスタイルマニュアルや、このヘルプの文章改定案には、そのような意図や理由について何も書かれていません。ルールを守れと言われても、書かれていないルールは伝わりません。Open-boxさんは指示の肥大化を懸念しているようですが[12]、中学生や高校生が守る理由がわからない不合理な校則に反発するのと同じで、指示があったとしても意図が伝わらない、すなわちルールの精神が読み取れないものは、結局「脚注と呼ぶことをやめるように強要されている側」から無視されたり、反発されたりするだけです。ガイドラインを改定したのに効果がないので修正が必要だというのなら、ページの改名よりも、ガイドラインの再修正の方が先でしょう。
そして、ガイドラインをよく読まない、あるいは読んでも誤解や勘違いをするという人のために改名が必用であるというOpen-boxさんの主張ですが、そもそもOpen-boxさんの言うように「脚注」という表現を言葉狩りのように全てのヘルプやガイドラインから撤廃してしまったら、それまで「脚注」という表現に慣れ親しんで使っていた利用者はヘルプページやガイドラインにたどり着けないし、偶然目にしても自分に関係する内容だと受け取らない、という根本的な問題があります。つまり肝心のヘルプページを読むべき人が「ヘルプページに書いているのはref機能とやらの話しであって、脚注とは関係ないね」と読み飛ばしてしまうだろう、ということです。古参の利用者に限らず、これからウィキペディアの編集に参加しようとしている新人利用者にしても同様です。多くの記事でセクション名に「脚注」という名称が使われているという現状は(botで全置換でもしない限り)一朝一夕には変えられません。新人利用者は前例に倣ったり、ヘルプページを見たりするわけですが、ヘルプページには「ref機能」が「脚注」と呼ばれていた経緯も、「脚注」と呼んではいけない理由も書かれていないのですから、前例に倣って「脚注」にしてしまうことを止めることができません。
Open-boxさんの態度は「注釈」「出典」を「脚注」に変更するような編集に対してはきわめて批判的な一方で、「脚注と呼ぶことをやめるように強要されている側」の事情や、関連した主要なヘルプ、ガイドライン、テンプレートへの影響を受ける利用者が困ろうがどうでもいい、というふうに見えます。なので私は、Open-boxさんは荒らしへの対処との一挙両得を狙って、かねてより「そこは脚ではないのに」と感じていた「脚注」という表現を一掃することを狙っているのでは? という疑念を抱いたわけですが、それは邪推だと否定なされるので脇に置いておきます。ですが、だとするなら、であるのならばこそ、なにも言葉狩りのように「脚注」という表現を、ヘルプやガイドラインや方針文書から撤廃することにこだわる必要もないのではないでしょうか?
議題に対するとりあえずの私からの代案としては、前回の発言で触れたように、ヘルプやガイドラインの文面で「脚注」が便宜的なジャーゴンであることを説明した上で、セクション名として用いるには適当でない理由を、必要な相手に伝わるように書くことです。Open-boxさんは「脚注」という語をそのままにすることは容認できないという理由で反対なされましたが、それに対する反論は以上の通りです。「脚注」という表現を用いず、またそのような表現を使っている人に読まれることのない文書で、どうやって「脚注という表現に置き換えるのを止めてくれ」というメッセージやその意図を伝えろというのでしょうか。私は「脚注」という表現は、むしろOpen-boxさんの言う「荒らし対策」として残す必要があると主張します。
なお、本文の末尾(付録部の冒頭)に置かないref機能の用途(Open-boxさんが挙げた「テンプレート化された表に多い枠外の注記」など)を荒らされないために、どうしても「脚注」という位置情報を含んだ表現に縛られないヘルプやガイドラインが必要だというのでしたら、このページからの改名はなく新規の記事として「Help:ref機能」を(合意の上で)用意されたらいいのではないか、とも思います。こちらのヘルプに書く「脚注」の定義を、「Mediawikiのref機能を利用して、本文の末尾(付録部の冒頭)に置かれるリストで、本文の注釈・出典情報の表示に用いるものである」のようにすれぱ、共存は可能なのではないでしょうか? 多くのヘルプやガイドラインやテンプレート文章で説明されている「脚注」は、主に本文の末尾(付録部の冒頭)に置く出典情報のことであることが多いので、分けて書くことには意味もあると思います。--Kanohara会話) 2019年8月12日 (月) 18:05 (UTC)
  • コメント 20日近く議論が止まっているようですが、ページ名はどうされるのでしょうか。このまま進展がない場合はWikipedia:改名提案から除去します。--そらたこ🐙(会話) 2019年9月3日 (火) 12:00 (UTC)
    • 返信 (そらたこさん宛) 今のところOpen-boxさんの返信を待っていますが、当のOpen-boxさんからは当初より“代案も無く強く反対・無用の混乱と主張することは、荒らし行為を積極的に認めることに”なると催促されているので、代替案として、前述のような「Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)」自体の問題点を改正する提案をあちらのノートに持ちかける予定でいます。具体的な内容は準備途中です。--Kanohara会話) 2019年9月4日 (水) 03:41 (UTC)
    • コメント 議論がWikipedia‐ノート:スタイルマニュアル_(レイアウト)#説明の追加提案201907とかぶっており、分散しちゃていますよね。ここ(Help:脚注)での代表的な論点は「『脚注』という文書名を『補足コメント』に変更する」から始まっています。あわせて内容にもいろいろ踏み込んだ結果、スタイルマニュアル_(レイアウト)とオーバーラップになっています。交通整理が必要ですね。
    • 私の方では、7月に私案をお示ししています。この中で補足説明として、「脚注」という語の本来の用法の説明や、ウィキペディアでこの語が用いられている状況にも触れていますので、Kanoharaさんが懸念されている点について対応済みと考えます。
    • 私の今のイメージとしては、これを「スタイルマニュアル_(付録部)」として独立文書にして、スタイルマニュアル_(レイアウト)には端的な部分だけを記し、詳細な解説は_(付録部)に委ねる、って感じですね。--柒月例祭会話) 2019年9月4日 (水) 06:02 (UTC)
  • コメント 紙製の百科事典ではないので、いくつもの小見出しに分かれた巨大な記事だろうが1行で終わるサブスタブだろうが等しく1ページと数えられる。故に、各ページの下部(付録部)にある注釈は、各ページの脚部に置かれる注釈であるから正しく「脚注」と呼ぶべきである。「脚注」でなく「後注」と呼ぶなら、記事とは別にどっか別のページに注釈を分割しなければならないはずだ……などと私は思いますが……。こうやって意見は分かれるものですから、「脚注」が誤った用法であるかのような記述には反対します(「脚注」が正しいからそう書けと言っているわけではない)。--Rasalghul会話) 2019年9月4日 (水) 07:25 (UTC)
コメント「意見が分かれている」のは確かですね。
たしかに記事を「巨大な1つのページ」とみなすと、そのページの脚部にあるのだから「脚注」と表現できるだろう、という解釈はなりたちます。いまさら気づいたのですが、この議論は2007年の議論でも行われていたようです。2007年の議論では、「長い巻物」にたとえられていますね。
でも、その注釈が意図する機能はだいぶ違う、って感じです。
脚注に書かれている通り原義は紙の印刷物において、そのページ内に注釈が書かれていて、それがページの下部にあるものを「脚注」と言います[注1]。その場所がページ内のどこにあるかで「脚-」「頭-」などと表現するだけ。
注1:こんな感じ。
私が思うに、これは、読者が遠い場所を参照する手間をかけることなくその場で目を移すだけで注釈を読めるように意図したものです。
一括して後置されるのは、一般の紙製の図書では、「後注」といい[出典1][出典2]、「脚注」とは言わないです[注2]。これに対しWikipediaは一般の紙の図書ではないのですから、これを何と呼ぶか、「脚注だ」「脚注でない」と言い合っても堂々巡りのところはあるかもしれないですね。

いまのWikipediaでは、「読者が別の場所を参照しなくて済む」は、ポップアップ表示を利用して実現していますね。反面、なにかの事情でポップアップ機能が封じられていると、注釈を詠むのが大変です。

出典1:文書の書き方まとめセミナー
出典2:注釈の付け方
注2:・・・とはいえ、まとめて後置するものを「脚注」と呼ぶ例が無いわけでもないです。例:立命館大学の「レポートの書き方」 (PDF) では、「脚注」を「章の終わりか全タイの終わりにまとめてつける」と教えています。
英語版(「Footnote」になっています)の過去議論を見ると、遠い昔の2005年頃に、「sidenote」と称する方式が提唱されたこともある[注3]ようです。今回はそれを模してみました。しかしこの方式はあまり議論にもならず立ち消えになっています。これがまさに「脚注」(この場合は横なので「脚」ではないけど)ですね。 注3:#Sidenotes_?
英語版では、「general notes」のことを、Wikipedia内では「ref」「reference」「note」「footnote」としてほぼ同義で表現していて[注4]、これは「legacy code」だ、なんて話もあります。 注4:Why_called_"references"?
そしてしばしば、「Note」VS「Reference」で議論[例1]が起きていますね。 例1:Notes vs References
また、脚注/注釈節の名前や、並び順でも論争[例2]が起きているようです。 例2:not_citation
私は、執筆者がここにこだわって「脚注」という表現を避けて「注釈」などの節名を選択するのは自由だ、と思います。そして、「スタイルマニュアルに例示されているから」みたいな理由で機械的に「脚注」に置換していくのは、感心しないですね。

いずれにせよ、ここまでの議論を概観すると、「脚注は誤用だから注釈に変えるべきだ」という合意は難しそうと思います(私は誤用だと思いますけど)。既に「脚注」という表現で認知されちゃっているとうのも現実。<「スタイルマニュアル」では、注釈のための節の名称を「脚注」一択と指定しているわけではなく、「注釈」なども認められる。>というような趣旨のことを盛り込むことで、機械的に置換するのを抑止するところまででしょうかね。--柒月例祭会話) 2019年9月4日 (水) 08:58 (UTC)

コメントまだ推敲中ですが、私がスタイルマニュアルの方に持ちかけようと考えていた文章は、以下のような内容です。

これらの節は本文の末尾(付録部の冒頭)に置かれることから、ウィキペディアではこれらの節に置かれる内容を慣習上、脚注(Footnotes)と呼んでいます。このため、かつてはこの節を「脚注」という名称にすることが一般的でしたが、これには以下のような異論があります。

  • 紙に印刷された書籍において、脚注とは、各ページ毎の本文下端に注釈を置くことを指します。ウィキペディアの記事は、一般的なウェブブラウザ上ではひとつのページとして表示されますが、紙に印刷された場合などはその限りではありません(Wikipedia:ウィキペディアを二次利用するも参照)。このため、記事上で「脚注」という表現を用いることは適切ではないかも知れません。
  • 編集者による独自研究を禁じているウィキペディアにおいては、全ての記述に出典が必要になるため、分析や考察・主張などに比重が置かれた書籍や論文よりも、脚注節(注釈・出典)の内容が複雑になりがちです。このため、現在のウィキペディアにおいては、しばしば可読性のために、本文を文章で補足する注釈の節と、出典の情報を示するための節が使い分けられます。それ以外の目的で使われる場合もあるでしょう。見出しの名前は目的や内容を表すようにすべきであり、単にページ末尾に置かれた注釈を意味する「脚注」は不適切な名称です。
  • 付録部が長大な記事において、付録部の冒頭に置かれた注釈を「脚」(ページフッター)と呼ぶことには違和感があるという意見があります。

現在のガイドラインにおいては、脚注節の名称を統一する合意はありません。その記事において適切であると考える名称をつけてください。また「脚注」という名称を撤廃すべきという合意も、統一すべきだという合意もないため、単なるスタイルの統一を目的に、機械的に「脚注」という名称を他の名称に変更したり、他の名称を「脚注」に統一したりしていくような編集はしないことが合意がされています。また、編集合戦を防ぐため、他の編集者が適切だと考えてつけた節の名称を変更する場合、変更理由を説明するようにし、意見が対立する場合は各記事のノートで合意形成を行ってください。

一応、過去の議論をざっくり踏まえて、おおすじで合意されている内容を汲んだつもりです。もっともRasalghulさんも指摘するように、脚注という表現を支持する側の意見も含めて両論併記とした方が良さそうにも思えますし(Open-boxさんからは「議論のすり替えであり論じるに値せず」などと一蹴されましたが……)、また個人的には、柒月例祭さんの文案のままでもよい気もしています。--Kanohara会話) 2019年9月4日 (水) 10:18 (UTC)

脚注スクロール廃止の再明確化について[編集]

2009年に、Help‐ノート:脚注/過去ログ2#脚注スクロール廃止の提案という提案があり、脚注部をスクロール化することは脚注の可視性・アクセス性の点で問題があるため廃止し、必要な人は閲覧補助のガジェットを使ってスクロール化する、ということで合意されていました。その際に、「長い脚注欄が記事のバランスを欠いていると思われる場合には、インラインスクロール表示させることも可能です。{{reflist|scroll=1}}としてください」という記述があったのを、「脚注欄をスクロール表示させたい場合には、Scrolled Reflist(仮称)というガジェットを用いることで可能です。設定の仕方についてはHelp:個人設定#ガジェットおよび特別:ガジェットをご覧ください。以前は{{reflist|scroll=1}}でスクロール表示をさせていましたが、2009年5月の合意事項により、使用しないことになりました」という記述に置き換えることでも合意されていました。しかし実際に見てみると、この差分で、スクロール化できるという記述は除去されたものの、代わりの記述が記載されることなく、そのままとなっています。最近になってもなお、脚注をスクロール化した記事を見かけることもあるので、一度成立している脚注スクロール廃止の合意について明確にするためにも、上記の本来反映されているべき記述を「スタイルと用法」の節に追加したいと考えます。ご意見があればお願いいたします。--Tam0031会話) 2019年7月29日 (月) 15:43 (UTC)

コメント 機能の説明ページであるヘルプに、この機能と直接関係のないガジェットによる脚注スクロールの案内を追加する必要はないと考えます。むしろ、Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)#注釈と出典 に、脚注部におけるスクロール機能とNavFrame等による折りたたみの使用禁止を明記すべきでしょう。理由は、スクロール機能については2009年5月の合意事項の通り、折りたたみについては折りたたみ時には本文上から脚注リンクをクリックしても脚注へ飛べなくなる問題が発生するためです。--茶でもすするか会話) 2019年8月4日 (日) 01:25 (UTC)
スタイルマニュアルにも記載するべきかと思いますが、こちらで排除する必要はないと考えます。このページの冒頭で、「脚注の作成方法の技術的な説明をします。編集・執筆者向けのものです」とあるわけで、脚注を作成する際になぜ脚注スクロールにしてはいけないのか、代替手段は何があるのかを明確化するのは、技術的な説明ですし直接関係があると思います。--Tam0031会話) 2019年8月4日 (日) 14:46 (UTC)
コメント 代替手段の案内につきましては、Tam0031さんのおっしゃる通り記述を排除する理由もございませんので記述があっても差し支えないかと思います。脚注スクロールにしてはいけない理由につきましては、技術説明ではありませんのでヘルプページではなくスタイルマニュアルに記載するのが適切と考えます(議論の発端がこのページのノートというのが悩ましい点ではありますが)。というわけで、Wikipedia‐ノート:スタイルマニュアル_(レイアウト)#注釈と出典節への折りたたみ、スクロール禁止の内容追加提案 にてスタイルマニュアルへの内容追加を提案いたしました。合わせてご確認いただけましたら幸いです。--茶でもすするか会話) 2019年8月5日 (月) 21:30 (UTC)
では、「脚注欄は、スクロール表示にしないことで合意されています(Wikipedia:スタイルマニュアル_(レイアウト)#注釈と出典参照)。脚注欄をスクロール表示させたい場合には、Scrolled Reflistというガジェットを用いることで可能です。設定の仕方についてはHelp:個人設定#ガジェットおよび特別:ガジェットをご覧ください。」でよいでしょうか?--Tam0031会話) 2019年8月6日 (火) 14:30 (UTC)
設定の仕方の案内ページは、そのものズバリのHelp:脚注部分をスクロール化するはどうでしょうか。その他の内容につきましてはご提案に賛成です。--茶でもすするか会話) 2019年8月7日 (水) 09:36 (UTC)
「脚注欄は、スクロール表示にしないことで合意されています(Wikipedia:スタイルマニュアル_(レイアウト)#注釈と出典参照)。脚注欄をスクロール表示させたい場合には、Help:脚注部分をスクロール化するをご覧ください。」としましょう。他に意見がないかしばらく様子を見てから反映したいと思います。--Tam0031会話) 2019年8月7日 (水) 15:25 (UTC)
1週間待って他にご意見がありませんでしたので、提案の通り反映しました。--Tam0031会話) 2019年8月15日 (木) 12:06 (UTC)