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'''首山省念'''(しゅざん しょうねん、[[同光]]4年/[[天成 (後唐)|天成]]元年([[926年]]) - [[淳化]]4年[[12月4日 (旧暦)|12月4日]]([[994年]][[1月18日]]))は、[[宋 (王朝)|宋代]]にかけて活動した[[臨済宗]]の禅傑。[[臨済義玄|臨済]]下5世。 |
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[[926年]]に[[萊州]]にて生誕。俗姓は狄氏。故郷の南禅院で出家し、[[風穴延沼]]の法を継いだ。[[汝州]]首山のほか、宝安山広教禅院、汝州宝応禅院で住持となった。法嗣に[[汾陽善昭]]がいる。また、語録して汝州首山念和尚語録があり、[[景徳伝灯録]]巻13に記事がある。 |
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== 参考文献 == |
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2023年9月19日 (火) 23:13時点における版
首山省念 | |
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同光4年/天成元年 - 淳化4年12月4日 (926年 - 994年1月18日) | |
生地 | 萊州 |
宗派 | 臨済宗 |
寺院 | 汝州首山、宝安山広教禅院、宝応禅院 |
師 | 風穴延沼 |
弟子 | 汾陽善昭 |
首山省念(しゅざん しょうねん、同光4年/天成元年(926年) - 淳化4年12月4日(994年1月18日))は、宋代にかけて活動した臨済宗の禅傑。臨済下5世。
926年に萊州にて生誕。俗姓は狄氏。故郷の南禅院で出家し、風穴延沼の法を継いだ。汝州首山のほか、宝安山広教禅院、汝州宝応禅院で住持となった。法嗣に汾陽善昭がいる。また、語録して汝州首山念和尚語録があり、景徳伝灯録巻13に記事がある。
参考文献
- 禅学大辞典編纂所 編 『新版 禅学大辞典』p575 1985年
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