池田之政

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池田 之政(いけだ ゆきまさ、元和3年8月30日1617年9月29日) - 寛文9年(1669年))は、江戸時代初期の鳥取藩家老

父は池田由之。母は側室。子は池田之信通称勘解由、日向。

元和3年(1617年)8月30日、伯耆国米子城に池田家家老池田由之の四男として生まれる。正保元年(1644年)、池田恒元の斡旋で鳥取藩主池田光仲に仕える。禄高1500石。寛文2年(1662年)、1500石の加増を受け家老となる。家は通称山池と呼ばれ、代々鳥取藩着座(家老)の家となった。寛文9年(1669年)没。享年53。家督は之信、之成、之寿、之茂、之昌、之純、之貞、之聴と受け継がれて明治を迎えた。