横山政寛

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横山 政寛(よこやま まさひろ、明和7年(1770年) - 寛政13年1月25日1801年3月9日)) は、加賀藩重臣。人持組横山蔵人家第5代。父は横山政礼。子は横山政孝通称は多門、蔵人。号は白華。

生涯[編集]

明和7年(1770年)、加賀藩士・横山政礼の子として生まれる。天明3年(1783年)、父の死去により家督相続する。幼いため遺領1万石の1/3を相続することとなる。天明4年(1784年)、遺領1万石の相続を許される。寛政5年(1793年)、家老となる。

寛政13年1月25日(1801年3月9日)、死去。享年32。家督は嫡男の政孝が相続した。

人物[編集]

学者・富田景周に詩を学び、父・政礼と同じく詩作に巧みであった。

御供家老として藩主・前田治脩の江戸参勤に随行した際の『御道中日記』が、NHK『堂々日本史』「江戸の華 意地と面子の大名行列〜加賀藩100万石の旅〜」で紹介された。

参考文献[編集]

  • 『加能郷土辞彙』
  • 『三州遺事』