栄福寺

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栄福寺
本堂
本堂
所在地 愛媛県今治市玉川町八幡甲200
位置 北緯34度1分46.1秒
東経132度58分42.5秒
座標: 北緯34度1分46.1秒 東経132度58分42.5秒
山号 府頭山
宗派 高野山真言宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 (伝)弘仁年間(810年 - 824年
開基 (伝)空海(弘法大師)
正式名 府頭山 無量寿院 栄福寺
札所等 四国八十八箇所57番
公式HP 四国八十八ヶ所霊場第57番札所 栄福寺
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栄福寺(えいふくじ)は、愛媛県今治市玉川町にある高野山真言宗寺院。府頭山(ふとうざん)、無量寿院(むりょうじゅいん)と号す。本尊阿弥陀如来四国八十八箇所霊場の第五十七番札所

本尊真言:おん あみりた ていせい からうん

ご詠歌:この世には 弓矢を守る 八幡なり 来世は人を 救う弥陀仏

沿革[編集]

寺伝によれば、嵯峨天皇勅願によって空海(弘法大師)が弘仁年間(810年 - 824年)に海難防止を祈願し阿弥陀如来を本尊として開基したと云われている。その後、貞観元年(859年)大和・大安寺の行教上人が宇佐八幡から京都山城に分社の男山八幡(石清水八幡宮)を創建するため近海を航行中暴風雨に遭いこの地に漂着した。上人は府頭山の山容が山城の男山に似ており、しかも阿弥陀如来は八幡菩薩の本地仏であることから、この山頂の境内に八幡明神を勧請し神仏習合の石清水八幡宮を創建した[1]

明治初年の神仏分離令まで、八幡宮別当栄福寺の関係であったが、山頂にあった堂舎が中腹に移築され現在の大師堂となった由緒があるように、神社と寺はそれぞれ独立した。 昭和8年以降は、犬に引かせた箱車で足の悪い15歳の少年がこの寺で足が治り、その箱車を奉納したという話から足腰守りのお寺としても信仰を集めている。

大師堂
本堂より境内を振り返る
トイレ
演仏堂

境内[編集]

八幡宮への上り口付近から右に入って行く。山門はなく右手に鐘楼があって、折り返し参道奥に本堂がある。本堂右手前に大師堂、その右に薬師堂、金毘羅堂、庫裏・納経所がある。

  • 演仏堂
  • 宿坊:なし
  • 駐車場:10台、大型不可(駐車料金:100円)。

グッドデザイン賞[編集]

2011年に設置されたトイレ設置が日本産業デザイン振興会主催の「2012年度グッドデザイン賞」を受賞した。国産材のヒノキなどの間伐材として組み立てることができる独自の工法として使用、男子用、女子用、身体障害者用の3棟で、参拝者から評価されている[2]

依頼されたのは現住職・白川密成の兄で建築家の白川在[2][3]である。

交通案内[編集]

鉄道
バス
  • 今治桟橋、今治駅よりせとうちバス 松山市駅行き、木地口・葛谷行き、鈍川経由神子森行き「大須木」下車
  • 松山市駅よりせとうちバス今治、大三島ゆき特急バス「大須木」下車
  • バス停より1.4km
道路

奥の院[編集]

八幡(やわた)の八幡神社
伊予の石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)
本寺前の道を奥へ進み石段を150mほど登った山頂に鎮座する。

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
56 泰山寺 -- (3.1km)-- 57 栄福寺 -- (2.4km)-- 58 仙遊寺

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

脚注[編集]

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  1. ^ 先達経典 四国霊場会編より
  2. ^ a b 愛媛新聞(2012年12月2日付、8面)
  3. ^ 白川在建築設計事務所(栄福寺・間伐材トイレ)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]