柳家さん助
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記録上、過去に「さん助」を名乗った落語家は、以下が存在している。松本光春の2代目さん助は、『古今東西落語家事典』には3代目、『ご存じ 古今東西噺家紳士録』では2代目と記載されている。松本光春の節は、自称に従って2代目に統一する。
二代目 | |
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本名 | |
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生年月日 | 1926年8月6日 |
没年月日 | 2011年9月9日(85歳没) |
出身地 | ![]() |
師匠 | 五代目柳家小さん |
名跡 | 1. 柳家小春 (1951年 - 1954年) 2. 柳家小三太 (1954年 - 1961年) 3. 二代目柳家さん助 (1961年 - 2011年) |
出囃子 | しゅんどう |
活動期間 | 1951年 - 2011年 |
所属 | 落語協会 |
備考 | |
落語協会相談役(2006年 - 2011年) | |
二代目 柳家 さん助(1926年8月6日 - 2011年9月9日[1])は、埼玉県大里郡寄居町出身の落語家。本名:松本 光春。落語協会所属。2006年から落語協会相談役を務めた[1]。出囃子は『しゅんどう』。
人物[編集]
昭和50年代まで、頭に丁髷を結っていたことで知られている。二つ目時代に探偵のアルバイトをしていたが、丁髷が目立って仕事にならなかったため、すぐに辞めている。
晩年はほとんど活動しなくなったが協会に籍を置き続け、まれに高座に上がってファンや同僚を喜ばせた。
略歴[編集]
- 1951年8月15日、5代目柳家小さんに入門。前座名は小春。
- 1954年3月、二つ目昇進。小三太に改名。
- 1961年9月、真打昇進。2代目柳家さん助襲名。
- 2011年9月9日、肺炎のため東京都板橋区の病院で死去。85歳没[1]。