広東政府

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広東政府(カントンせいふ)とは中華民国時代に広東広州で複数回にわたって成立した政府。

  1. 第1次広東政府(1917年9月 - 1920年10月) - 「中華民国軍政府」、「広東軍政府」、「護法軍政府」、「広州軍政府」と呼ばれた。孫文が大総統に就任。1918年には岑春煊が主席総裁に就任した。
  2. 第2次広東政府(1921年5月 - 1922年6月) - 「中華民国政府」、「中華民国正式政府」と呼ばれた。孫文が非常大総統に就任した。
  3. 第3次広東政府(1923年3月 - 1925年6月) - 「中華民国陸海軍大元帥府大本営」、「広東大元帥府」、「広東大本営」、「広東革命政府」と呼ばれた。孫文が大元帥に就任した。
  4. 第4次広東政府(1925年7月 - 1926年12月) - 「広州(広東)国民政府」と呼ばれた。汪兆銘が主席委員に就任した。
  5. 第5次広東政府(1931年5月 - 1936年7月) - 「広州(広東)国民政府」と呼ばれた。反蒋介石派が結集したが、満州事変の勃発による融和や蒋側の切り崩しにより、最後は首領の陳済棠が逃亡して瓦解した。