宋カク

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本来の表記は「宋珏」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。

宋珏(そう かく、男性、1576年 - 1632年)は、中国明代篆刻家詩人書家画家である。中国篆刻の一派莆田派の祖とされる。

を比玉、は茘枝仙。福建莆田の人。

略伝[編集]

代々官吏の家に生まれる。30歳の頃から遊歴し、金陵(現在の南京)にて文人墨客と交友したが、その中でも詩人の程嘉燧(孟陽)は師友となり深く交流した。二人は旅を伴にし、詩や手紙を送りあった。しかし、宋珏は原稿を残さなかったのでこの詩は散逸してしまっている。書は夏承碑を範とし、隷書に優れた。画は米芾父子、元末四大家に師法し、山水画花卉画を得意とした。特に篆刻で盛名が高くなり、これに倣う者が跡を断たず莆田派の開祖と見なされる。篆刻に隷書・八分を用いていたため正しく篆法に則っていないと周亮工などの保守的な篆刻家から批判された。魏植(伯昇)・黄昇(象侯)・林熊(公兆)・林晋(晋田)などが後継となったが、古文などを用いてますます正統から逸脱し重苦しい作風となっていったため、やがて莆田派は消滅した。

出典[編集]

  • 銭君匋共著『印と印人』北川博邦・蓑毛政雄・佐野栄輝共訳 二玄社<藝林叢書>選訳Ⅰ、1982年。