加藤条治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
加藤条冶から転送)
ナビゲーションに移動 検索に移動
加藤 条治
加藤条治
2008年ワールドカップ
基本情報
国籍 日本の旗 日本
所属 博慈会記念総合病院
誕生日 (1985-02-06) 1985年2月6日(33歳)
出身地 山形県山形市
身長 165cm
体重 67kg[1]
 
獲得メダル
男子スピードスケート
オリンピック
2010 バンクーバー 500 m
世界距離別選手権
2005 インツェル 500 m
2011 インツェル 500 m
2013 ソチ 500 m
2008 長野 500 m
2008年ワールドカップ(ヘーレンフェーン)

加藤 条治(かとう じょうじ、1985年2月6日 - )は、日本のスピードスケート選手。山形県山形市出身。一般財団法人 博慈会所属。

2010年バンクーバーオリンピック・スピードスケート男子500m銅メダリスト2006年トリノオリンピック(6位)、2014年ソチオリンピック(5位)、2018年平昌オリンピック(6位)と、冬季オリンピックでは4大会連続で6位以内の入賞を果たしている。

略歴[編集]

四人兄弟の末っ子。兄たちの影響でショートトラックからスケートを始め、その後スピードスケートに転向。北海道長野県の選手が多数を占めるスピードスケート界では珍しい山形市出身。

山形中央高時代、インターハイ男子500mで三連覇を達成[2]。日本人選手として史上初めて高校3年時にスピードスケート・ワールドカップ(W杯)代表に選ばれ、2002年12月に初出場した長野大会で3位入賞。その翌週に中国・ハルビンで行われたW杯では、当時日本スケート界の第一人者だった清水宏保を破り、2位に入る。2003年1月のソルトレイクシティ大会では34秒88の世界ジュニア新記録を樹立し、同年に34秒75まで更新した[3]。高校生ながらデビュー以来W杯の表彰台に上がり続け、卒業後は三協精機へ入社。

2005年3月にドイツ・インツェルの屋外リンクで行われた世界距離別選手権で優勝し、2位に入った清水宏保とともに2006年トリノオリンピック代表に内定。2005年11月、アメリカソルトレイクシティユタ・オリンピックオーバルで行われたW杯で、清水の持つ世界記録34秒32をおよそ5年ぶりに更新する34秒30の男子500m世界新記録(当時)をマークし、W杯自身初優勝を果たした。

世界記録保持者として臨んだ2006年トリノオリンピックではメダル候補として期待されるも、1回目の500mで11位と大きく出遅れたのが響き、2回目では4位に入るも、総合6位入賞に留まった。

500m世界記録は、現在、カナダ人選手ジェレミー・ウォザースプーン(34秒03)が保持している。(自己ベストは2013年世界スプリント選手権で記録した34秒21で、これは現在の日本記録である。)

2008年-2009年シーズンの後半には大スランプに陥る。コーナーで右足が置けなく等の症状が出て、過去に何人もの選手が引退に追い込まれた奇病「(足が)ブラブラ(する)病」の疑いがあった。治るか治らないかギリギリの状態ではあったが、オフは練習に明け暮れた。そのうちに右半身の筋力が極端に落ちていたことがわかり、体のバランスを矯正[4]。オリンピックの代表権を手に入れた。

2010年バンクーバーオリンピック、スピードスケート男子500mでは総合で3位に入り、自身冬季オリンピック初めての銅メダルを獲得した。

2011年、ワールドカップ、500mで、総合3位。

2012年、ワールドカップ、500mで、総合5位。

2013年、ワールドカップ、500mで、総合2位。

2014年ソチオリンピックでは、スピードスケート男子500mの種目で2大会連続のメダル獲得が期待されたが、総合5位入賞に終わった。

現役は続行するが、2018年平昌オリンピックを見据えて翌シーズンは休養した。[5]

2016年6月に現役選手のまま、所属する日本電産サンキョースピードスケート部の選手兼任監督に就任する。

2017年3月、所属の日本電産サンキョーを退職し、移籍先を探していたが、9月4日博慈会記念総合病院への所属が発表され、平昌オリンピックを目指すことになった。

2017年12月30日、翌2018年平昌オリンピック・男子スピートスケート日本代表に内定。自身4大会連続4度目の冬季オリンピック出場を決めた。

2018年2月19日、平昌オリンピック・スピードスケート男子500mでは2大会振りのメダルを狙うも、スタートでフライングを取られ、号砲後も第1カーブでのミスが致命傷となり、結果6位入賞に留まったが、加藤自身冬季五輪では4大会連続の入賞を果たす[6]。ゴール後の加藤は「悔しいのは大前提だが、すがすがしい気持ち。これが今の実力で自分の未熟さが出た」と言いつつも、「まだ上に行く力は十分ある。チャンスがあれば続けたい」と満足げな笑顔を浮かべながらインタビューに応じていた[7]

プレースタイル[編集]

天才肌と評され[8]、氷上でのバランス感覚に優れており、「カーブを駆け抜ける」とまで言われる世界屈指のコーナーワークを可能にしている。

清水宏保はロケットスタートを活かして記録を出すタイプであるのに対し、加藤はショートトラックの経験を活かしたコーナーワークが持ち味である。スピードスケート選手としては、技術と瞬発力はあるが持久力に欠けるため典型的な「500m専門型」であり、1000m以上の中・長距離では好タイムはあまり期待できない。ワールドカップ通算優勝回数は14回。(500m13回、100m1回。2012年-2013年シーズン終了時点)

プロフィール[編集]

人物[編集]

  • 幼少期の木登りにより足底筋が異常に発達、このため現在では土踏まずが無く「扁平足」のようになっている。この特異な足がクッションの役割を果たし、コーナーでのバランスの良さにつながっている。
  • 生まれつき足首やひざの関節が弱く、コーナーを回る際に、腰をコーナー内側に入れた独特の姿勢を取ることができる。駆け抜けるようにカーブを滑ることができるのは、この時の姿勢が安定しているからである。
  • タレントの安田裕己安田大サーカスリーダー)と親交があり、食事を共にする仲であるとのこと[9]

主な戦績[編集]

脚註[編集]

外部リンク[編集]