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劉 林(りゅう りん、生没年不詳)は三国時代の蜀の武将。字は不明。父は劉封、母は不明。
劉封の息子として生まれる。建安25年(220年)、父の劉封が孟達を魏に奔らせたこと、関羽を救わなかったこと[1]を理由に処刑される[2]も、劉林は許され、牙門将に任命された。蜀漢滅亡後の咸熙元年(264年)、河東郡に移住した。
参考文献[編集]
- ^ 二階堂・中川の翻訳、下巻p132.
- ^ 二階堂・中川の翻訳、下巻p140.