初音の鼓
『初音の鼓』(はつねのつづみ)は古典落語の演目。別題として『ぽんこん』[1]または『ポンコン』[2][3]。叩くと聞いているものにきつねが取り憑くという謳い文句で鼓を売り込む商人と侍をめぐる内容。
一方同じ演題で、鼓を使う趣向は同じながら佐藤忠信・佐藤継信兄弟を落ち(サゲ)の題材にした演目があり、別題を『継信』(つぎのぶ)と呼ぶ[1]。こちらについても説明する。『継信』の『初音の鼓』の原話を、東大落語会編『落語事典 増補』は、安永3年(1774年)の江戸小咄本『茶のこもち』所収の「歩(ぶ)のもの」とする[1][4]。武藤禎夫はそれより古い寛永5年(1625年)の『醒睡笑』第8巻「かすり」28話や宝暦13年(1763年)の『軽口太平楽』第5巻「ふやの口合」にも同じ落ち(サゲ)が見られるとする[3]。武藤は、佐藤忠信・継信兄弟の逸話が江戸時代や明治のように広く知られていない現代では「一々説明が必要」とし、その結果『ポンコン』の方が現代ではよく口演されると記している[3]。
あらすじ(ぽんこん)
[編集]骨董趣味の殿様に、毎回胡散臭いもの[注釈 1]を売りつけてゆく古商人の吉兵衛。今日も「初音の鼓」という怪しい鼓を、百両という大金で殿様に売りつけようと画策する。
「初音の鼓」といえば、源義経が静御前に与えたとされる代物で、源九郎狐の親の雄狐雌狐の皮が張られており、本物であれば何百金にもなる由緒正しい品であるのだが、当然本物であるはずがない。そこで吉兵衛はこの鼓が本物である証拠とし「鼓を打つと、傍らにいる者に狐の霊が乗り移って『コンッ』と鳴く」と殿様に吹き込み、試しに鼓を打つ殿様の前で狐の鳴き真似をして、狐が乗り移った芝居をする。さらに吉兵衛は、殿様の重臣である三太夫を買収し、三太夫にも狐の鳴き真似をさせることによって、まんまと殿様を騙すことに成功する。
すっかり本物だと信用した殿様は百両で買うと確約するが、その前に今度は「自分ではなく吉兵衛が鼓を打ったら、自分にも狐が乗り移るのかどうか試してみたい」と言い出し、流石に殿様まで買収することは出来ないので吉兵衛は窮地に陥ってしまう。いざ恐る恐る吉兵衛が鼓を打つと、なんと殿様が『コンッ』と鳴いた。吉兵衛が贋物だと思っていた鼓は、実は本物だったのである。
その後、何度打っても殿様がコンコンと鳴くため、吉兵衛は本物の鼓であることに感動すると同時に、今まで自分が働いてきた詐欺まがいの行為に恥ずかしさを覚える。
代金として殿様から下賜された包みには一両しか入っていなかった。吉兵衛がお代は百両だと確認をすると、殿様は「それでよいのじゃ。余と三太夫の鳴き賃が差し引いてある」と答えるのであった。
あらすじ(継信)
[編集]殿様が所蔵している義経の「初音の鼓」を来客に自慢して「これを打つと目の前に不思議が起きるということじゃ」と話す。どんな不思議かと問われた殿様は縁側の襖を開いた。すると領地から集められて庭で働いていた(「夫(ぶ)」に上がっていた)百姓が、殿様の目障りになってはととっさに縁側の下に潜り込んだ。殿様が鼓を打つとそれが縁側の下にまで響いたため、驚いた百姓は外に飛び出す。それを見た殿様が誰かと尋ねて百姓が「夫(ぶ)に上がっていたものです」と答えると、「何の夫じゃ」とさらに聞き百姓は「ただの夫です」と重ねて返事する。すると殿様は「忠信が出るとは面白い。屋島壇ノ浦の合戦の話をいたせ」と口にする。百姓が「そんな難しいことは知らない」と言って殿様が「では誰に聞けばよいか」と尋ねると百姓は「次の夫(継信)になさいませ」。
バリエーション
[編集]武藤禎夫が紹介する『継信』版のあらすじでは、出入りの道具屋(こちらでは金兵衛という名前)が家臣の三太夫を買収し、鼓を打てば仕込んだ生物(蠅など)を出すようにしていた、という設定が入っている[3]。