児玉晋一郎

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児玉 晋一郎(こだま しんいちろう、1979年5月 - )は、日本ボディービルダー東京都練馬育ち。 2015年Ikaika Bodybuilding Championshipsミドル級優勝。2016年Paradise Cup Body Building Championshipsライトヘビー級優勝。

来歴[編集]

  • 幼稚園の頃に器械体操をやっており、子供のころから筋肉には興味があった。10歳の時にアメリカボディービルの映像を見て、両親にジムに入れてほしいと頼んだが許されず、ゆび立伏せ腕立て伏せなど、筋トレを開始。そのころからムキムキではあったが線が細かったのでブルース・リーみたいな体型だった。当時は日本のボディービルダーは色が白くて、筋肉オタクのようなイメージで、ボディービルダーになりたいとまわりに言えなかった[要出典]
  • 中学、高校はサッカー部所属。高校時代はキャプテンを務めた。校内にトレーニングセンターがあり、毎日朝晩通っていた。当時Jリーグ全盛期で、Jリーガーを目指したが、ケガで断念。この時の体重78Kg[要出典]
  • 高校卒業後、スポーツトレーナーになるつもりだったが、父親に「大学には行きなさい」と言われ、仕方なく進学[要出典]
  • 大学時代にハワイに旅行した際に、現地にムキムキの人がたくさんいて、ボディービルダーがリスペクトされるアメリカならば堂々とボディービルダーになりたいと言えると、ハワイに住むことを決意[要出典]
  • 大学卒業後、ハワイ移住を目指し、ジムのトレーナーと建築現場で働いて、ひたすら貯金した[要出典]
  • 25歳の時にハワイに2年間の筋肉留学。毎日ジムに通った。2年間で体を作って、日本に帰って就職しようと思っていたが、移住3か月くらいで一生住みたいと思った。この時の体重85㎏[要出典]
  • 100kg越したらボディービルの大会に出られると現地の人に勧められ、100㎏になるまでダイビングのインストラクターをやって生活していた[要出典]
  • ダイビングショップの同僚と結婚し、子供が2人(長女、次女)生まれた[要出典]
  • ようやく103㎏になり、初めてコンテストに出たのは35歳(2014年)。ハワイ移住から10年が経っていた。
  • 2015年、Ikaika Bodybuilding Championshipsミドル級優勝[要出典]
  • 2016年、Paradise Cup Body Building Championshipsライトヘビー級優勝[要出典]

人物[編集]

  • 筋肉見るのが好き。自分のも人のも、でき上がってきた体を見るのが好き。『筋トレは才能じゃない。努力をどのくらい続けるか。』
  • 家族にも伝えているが、いつ倒れてもいい覚悟でボディービルをやっている。

主な戦歴[編集]

2015年 Ikaika Bodybuilding Championshipsミドル級優勝

2016年 Paradise Cup Body Building Championshipsライトヘビー級優勝

外部リンク[編集]

shin kodama (hit_shin)-Instagram