三宅康友

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三宅 康友(みやけ やすとも、宝暦14年4月5日1764年5月5日) - 文化6年3月20日1809年5月4日))は、三河国田原藩第8代藩主。田原藩三宅家11代。

第5代藩主・三宅康之の四男。母は木村氏の娘。正室は大岡忠喜の娘。子は三宅康和(次男)、三宅康明(三男)、三宅友信(四男)、娘(加藤某室)など。官位は、従五位下備前守。

幼名は亀吉、図書。初名は高友。第5代藩主・三宅康之の六男で明和2年(1765年)生まれと届け出られた。寛政4年(1792年)4月4日、三宅家家督を相続した。寛政5年12月16日、従五位下備前守に叙任した。後に備後守に改める。享和3年(1803年)、文化5年(1808年)と大坂加番を命じられた。

文化6年(1809年)に46歳で死去し、次男の康和が跡を継いだ。