ルイ・ド・フランス (1707-1712)

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ブルターニュ公ルイ、ニコラ・ド・ラルジリエール画

ルイ・ド・フランスLouis de France, 1707年1月8日 ヴェルサイユ宮殿 - 1712年3月8日 ヴェルサイユ宮殿)は、ブルボン朝時代のフランスの王族。ブルターニュ公。約3週間だけ王太子(ドーファン)の地位にあった。ルイ14世王の曾孫、ルイ15世王の兄。

ブルゴーニュ公ルイ(ルイ14世の嫡男グラン・ドーファンの長男)とその妻でサルデーニャヴィットーリオ・アメデーオ2世の娘であるマリー・アデライードの間の第2子、次男として生まれた。1712年2月に母、次いで父が麻疹に罹って相次いで死去した際、父から王太子の地位を引き継いだ。しかし自らも両親から麻疹に感染しており、発病してわずか5歳で死去した。遺骸は王家の墓所サン=ドニ大聖堂に葬られた。3歳年下の弟アンジュー公(ルイ15世)が次の王太子となった[1]

出典[編集]

  1. ^ G・P・グーチ『ルイ15世』中央公論社、1994年、P37
先代:
ルイ (ブルゴーニュ公)
フランスのドーファン
1712年
次代:
ルイ15世