マリエンブルク条約

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マリエンブルク条約
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マリエンブルク城(マルボルク城)、19世紀末から20世紀初の写真
種類同盟条約
署名1656年6月29日
署名場所マリエンブルク城(マルボルク城)
署名国スウェーデン帝国
ブランデンブルク=プロイセン
締約国スウェーデン帝国
ホーエンツォレルン家
言語ラテン語

マリエンブルク条約(マリエンブルクじょうやく、ドイツ語: Vertrag von Marienburgスウェーデン語: Fördraget i Marienburg)は北方戦争中の1656年6月29日に締結された、ブランデンブルク=プロイセンスウェーデン帝国の間の同盟条約[1]

歴史[編集]

1656年1月、スウェーデン王カール10世はブランデンブルク選帝侯フリードリヒ・ヴィルヘルムを封臣にし、プロイセン公国を封土として与えた[2]ケーニヒスベルク条約)。しかし、マリエンブルク条約が締結された時点ではスウェーデンの戦況が悪化しており、カール10世はフリードリヒ・ヴィルヘルムを味方にすべく報酬を与えた[1]。フリードリヒ・ヴィルヘルムはプロイセン公としてスウェーデンの臣下にあり続けるものの、大ポーランド英語版の4県の世襲主権を得る代わりに[3]、カール10世のポーランド戦役に参加し続けた[1]。この同盟は7月のワルシャワの戦いには勝利したものの、その後の戦役では膠着に陥ったため、フリードリヒ・ヴィルヘルムは11月のラビアウ条約でプロイセンの完全独立を得た[4]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Frost (2000), p. 173.
  2. ^ Frost (2000), p. 171.
  3. ^ Oestreich (1877), p. 485.
  4. ^ Frost (2000), p. 178.

参考文献[編集]

  • Gerhard Oestreich (1877), “Friedrich Wilhelm (Kurfürst von Brandenburg)” (ドイツ語), Allgemeine Deutsche Biographie (ADB), 7, Leipzig: Duncker & Humblot, pp. 480–497 
  • Frost, Robert I (2000). The Northern Wars. War, State and Society in Northeastern Europe 1558-1721. Harlow: Longman. ISBN 978-0-582-06429-4