マラジョ文化

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マラジョ文化(英:Marajó culture)は、ブラジルアマゾン川河口にあるマラジョ島で繁栄した先コロンブス期社会である。

解説[編集]

研究によれば、紀元800年から紀元1400年の間の文化であるという説が挙げられている。[1]その一方で、マラジョ島における人類の活動が数々の遺跡群から出土した遺物資料によって、紀元前1000年前という非常に早くからあったことが分かる研究結果もある。このマラジョ文化は植民地期に至るまで続いたと思われる。[2]

洗練された土器(大型で精巧な作り、植物・動物表現がされている)がアマゾン地域における最も強いインパクトを与える発見とマラジョ島における複雑化した社会の最初の証拠を提供した。マウンド建造物という証拠がさらに十分な人口とマラジョ島の明らかな複雑化した定住地を示している。[3]

終焉[編集]

  • マラジョ島がヨーロッパ人の侵略者たちによって瞬く間に植民地化される前に、およそ紀元1300年頃、人々の居住地が次々と放棄されるという研究データが出た。(ルーズベルト 1991年: 405).
    • 人々の居住が放棄されたことはある事実に基づいている。その事実とは建造物の修繕や補修が中断されたままで,おまけに紀元1300年頃のあとに建設された建造物がなかったことである。(ルーズベルト 1991年; メガーズ 1957年).
  • しかし,マラジョ島がなぜ放棄されたのかについて、まだ十分に知ることが出来てない状況である。(ルーズベルト 1991年: 97, 4)

脚注[編集]

  1. ^ Mann, Charles C. (2006) [2005]. 1491: New Revelations of the Americas Before Columbus. Vintage Books. pp. 326–333. ISBN 1-4000-3205-9. 
  2. ^ Schaan, Denise. “Current Research”. Marajó Island Archaeology and Precolonial History. Marajoara.com. 2007年5月17日閲覧。
  3. ^ Grann, David (2009). The Lost City of Z: A Tale of Deadly Obsession in the Amazon. p. 315. ISBN 978-0-385-51353-1. 

参考文献[編集]

ベティ・J・メガーズ 、クリフォード・エヴァンズ

1957 Archaeological Investigations at the Mouth of the Amazon. U.S. G.P.O.,ワシントンD.C.

アンナ・C ・ルーズベルト

1991 Moundbuilders of the Amazon: Geophysical Archaeology on Marajo Island, Brazil. Academic Press, San Diego, CA.

外部リンク[編集]