ボールドフォーブス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
ボールドフォーブス
欧字表記 Bold Forbes
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1973年3月31日
死没 2000年8月9日
Irish Castle
Comely Nell
母の父 Commodore M.
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Eaton Farms Inc.& Red Bull Stable
馬主 Estéban Rodriguez Tizol
調教師 Lazaro S.Barreraアメリカ
競走成績
生涯成績 18戦13勝
獲得賞金 523,035ドル
テンプレートを表示

ボールドフォーブスBold Forbes1973年3月31日 - 2000年8月9日)はアメリカケンタッキー州)生産、プエルトリコ・アメリカ調教の競走馬で、アメリカの種牡馬

1975年にプエルトリコでデビューし、アメリカに移籍したあと、1976年ケンタッキーダービーベルモントステークスに優勝した。アメリカでの調教師は、2012年現在、アメリカ競馬最後の三冠馬アファームドを手がけたラザロ・S・バレラ。三冠レースはプエルトリコ出身のアンヘル・コルデロ・ジュニアが騎手を務めた。

競走成績[編集]

2歳時(1975年)[編集]

プエルトリコでデビューし、クラシコ・ディア・デ・ロス・パドレス[1]を含めて5戦全勝で、プエルトリコ最優秀2歳牡馬に選出された。

アメリカに移籍後、トレモントS(Sはステークスの略、以下同じ)、G2サラトガスペシャルSと連勝も、一般戦で3着と敗れ、プエルトリコ時代からの連勝は7で止まった。アメリカでの3戦2勝を加え2歳時の成績は8戦7勝。

3歳時(1976年)[編集]

サンミゲルS2着、G3サンヴィセンテS3着と敗れた後、G2サンハシントS、G3ベイショアS、G1ウッドメモリアルSと3連勝でG1ケンタッキーダービーに挑み、9連勝中(うちG1競走6連勝)で1番人気のオネストプレジャー[2]を振り切って逃げ切り勝ち。二冠目のG1プリークネスSも逃げたが、追走するオネストプレジャー(5着)と共倒れの形となり、エロキューショニストの3着に敗れる。三冠レース最終戦のG1ベルモントSにオネストプレジャーは出走せず、大逃げから首差で際どく逃げ切った。

このあと、一般戦1着、G2ヴォスバーグハンデキャップ2位入線3位降着と言う成績で、3歳時は10戦6勝。エクリプス賞最優秀3歳牡馬に選出された。

引退後[編集]

3歳シーズンで引退し、1977年からケンタッキー州のストーンファームで種牡馬となった。

主な産駒[編集]

血統表[編集]

ボールドフォーブス血統ボールドルーラー系Blenheim 5×3 15.62% Nearco4×5 9.38%[3][4] (血統表の出典)

Irish Castle
1967 鹿毛
父の父
Bold Ruler
1954 鹿毛
Nasrullah
1940
Nearco 1935
Mumtaz Begum 1932
Miss Disco
1944
Discovery 1931
Outdone 1936
父の母
Castle Forbes
1961 栗毛
Tulyar
1949
Tehran 1941
Neocracy 1944
Longford
1955
Menow 1935
Bold Irish 1948

Comely Nell
1962 鹿毛
Commodore M.
1951 鹿毛
Bull Lea
1935
Bulldog1927
Rose Leaves 1916
Early Autumn
1934
Jamestown 1928
Equinoctial 1920
母の母
Nellie L
1940 鹿毛
Blenheim
1927
Blandford 1919
Malva 1919
Nellie Flag
1932
American Flag 1922
Nellie Morse 1921 F-No.9-f


出典[編集]

  1. ^ BoldForbesequibase.com
  2. ^ Honest Pleasureequibase.com
  3. ^ Bold Forbespedigree
  4. ^ Bold Forbesnetkeiba.com

外部リンク[編集]