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ヘルマン1世 (ヴァイマル=オーラミュンデ伯)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヘルマン1世
Hermann I.
ヴァイマル=オーラミュンデ伯
在位 1167年 - 1176年

出生 1130年ごろ
死去 1176年10月19日
配偶者 イルムガルト
子女 ジークフリート3世
家名 アスカーニエン家
父親 ザクセン公ブランデンブルク辺境伯アルブレヒト1世(熊公)
母親 ゾフィー・フォン・ヴィンツェンブルク
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ヘルマン1世(Hermann I., 1130年ごろ - 1176年10月19日)は、アスカーニエン家出身のヴァイマル=オーラミュンデ伯(在位:1167年 - 1176年)。

生涯[編集]

ヘルマン1世はザクセン公ブランデンブルク辺境伯アルブレヒト1世(熊公)とゾフィー・フォン・ヴィンツェンブルクの息子である。母ゾフィーは、クヴェードリンブルク女子修道院長ベアトリクス2世の姉にあたる。イルムガルト(1174/80年7月31日没)と結婚し、ジークフリート3世をもうけた。

ヘルマンは父の在世中に父よりチューリンゲンの領地の統治をゆだねられ、1167年より伯とされた。1174年、チューリンゲン方伯ルートヴィヒ3世との対立によりヴァイマル城が破壊された。

参考文献[編集]

先代
アルブレヒト1世
ヴァイマル=オーラミュンデ伯
1167年 - 1176年
次代
ジークフリート3世