ノート:雑煮

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各地[編集]

ニフティ内にある記事。日本中の雑煮がどんなものであるのかわかる。

定義[編集]

「雑煮」という言葉に疑問があり、いまだ回答を得られないでいます。ウィキに回答を期待しましたが、解消しませんでした。うまく説明できないでしょうか?

「餅入りの汁料理」で「正月」に食べるものを「雑煮」というならば、正月以外に同じものを食べた場合は「雑煮」と呼ばないのか? 日本中どこでも「雑煮」を食べるものなのか? 関東地方の「雑煮」を基本形としてこれに似た汁料理を「雑煮(ぞうに)」と呼んで、そのバリエーションを分類しているだけではないのか? --210.143.35.19 03:13 2004年5月26日 (UTC)

由来[編集]

本文に雑煮は武家由来と書かれていますが、最も一般的(と思われる)な考え方では神仏への崇拝から始まった庶民由来の食べ物と言われています。古くは大晦日に神前(神棚)へもちを供える習慣があり、元旦にそれを下ろして汁物にして食べたのが起源だというのが通説のようです。現在ではもちは貴重でも何でもありませんが、昔は大変に貴重な食べ物で、その貴重な餅を神に供えお下がりを家族全員で食べることに呪術的な意味合いがあったと考えられています。雑煮自体は格別特殊な料理ではなかったようですが、「餅入り雑煮」には上記のような特殊な意味があったようです。このため正月の雑煮に関しては、あくまでも「餅」がメインとなります。以上は柳田邦夫氏の説で、通説的な考え方です。Nyango 2004年11月16日 (火) 03:41 (UTC)[返信]

さらに調べてみましたが。様々な説が最終的に行き着く先は宮中の行事のようです。平安時代頃から宮中で正月に食されていた「烹雑」(ほうぞう、にまぜ)という料理が終局的な起源のようです。ちなみに「烹」の字は煮るという意味なので転じて「雑煮」になった模様。武家由来説ですが、やはり有力な説のようで、室町時代に幕府の礼法を取り仕切っていた伊勢家が「ほうぞう」と発音が同じ「保蔵」(五臓六腑を健康に保つ)を縁起かつぎでかけあわせ武家の正月の礼法として定めたという説があります。内容も具体的で、餅、あわび、いりこ(干しなまこ)、焼栗、山芋、里芋、大豆の七種を赤味噌のすまし汁仕立てで作ったそうです。味噌のすまし汁というのは分かりづらいですが、味噌汁をしばらく放置すると下に濁りが沈み、上に透明な上澄みができます。これが味噌のすまし汁というわけです。実際にはタレで味付けをしたようです。最後に柳田説(正しくは柳田邦夫ではなく柳田國男でした)ですが、こちらも有力な説です。餅をはじめとした供物を大晦日に神前に供え元旦に汲んだ初水でお下がりの供物を炊いて食べたというものです。こちらも室町時代前後に起源を持つと考えています。地域的に餅の入手が困難な場所では豆腐や芋などが用いられました。いずれの説にも共通するのが神道との関連性で、無事に年を越せた事を神に感謝し新たな一年の平穏を祈願しながら食されました。神に供えたものを食べる事で神と一体化し神の力を自らの体に取り入れるという呪術的な意味合いがあるようです。味付けは赤味噌のすまし仕立てが最も古く、続いて普通の味噌仕立て、醤油のすまし仕立ては最も新しいものになります。すまし仕立ては関東風の雑煮になりますが、武家社会では「みそをつける」ことを嫌うので縁起かつぎをしたという説があるようです。実際には江戸は上方に対する対抗意識が非常に強かったので、野田で下り物(上方からもたらされた物資)ではない地場の醤油が作られるようになったことに対応し上方とは違う江戸風を顕示しようとした子供じみた理由だと言われています。12月中旬までには正月関連の記事を充実させたいので詳しい方がいらっしゃったら補足を願います。Nyango 2004年11月16日 (火) 16:06 (UTC)[返信]

独自研究[編集]

どこのセクションが独自研究か、具体的にわかりやすく。--58.138.36.223 2010年1月1日 (金) 11:23 (UTC)[返信]

脚注のリンク[編集]

脚注のセクションにあるリンクが崩れているようなので、修正をお願いします(修正の方法がわからないので)。--211.3.234.86 2010年1月5日 (火) 09:23 (UTC)[返信]

これで問題は無いでしょうか?尚、指摘は具体的にお願いします。--121.102.116.117 2010年1月5日 (火) 09:49 (UTC)[返信]