ノート:連合艦隊 (映画)

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このノートを読んだ感想について[編集]

なるほど、テレビドラマの『暴れん坊将軍』を観て徳川吉宗を学ぶ…という輩が現在の日本には数多く居る、という事が良く解りました(:-|)。

作品の評価とは関係ない記述について[編集]

二度程この様な内容の書き込みがなされた後に削除されています。

『また、不自然な場面なども多い。財津一郎演じる小田切武市の最期は、身を犠牲にして、間断なき米軍の空襲(雷爆撃)で大ダメージを受けた大和の艦内で発生した火災により高温となった第三砲塔火薬庫の注水弁を開けるというものであったが、上から布切れを当てながら行ないさえすれば良いものである。当時の軍人が自己犠牲の精神に溢れていたとは言え、あまりに命を粗末にし過ぎる行動である。さらに英一が戦死した本郷家では、跡取りの男子が眞二だけになったのに、(結果的に沖縄への水上特攻へと向かう)大和への乗り組み異動の令状が出たり、レイテ沖海戦のパートでは、「母ひとり子ひとり」という家庭環境の中鉢二飛曹が、戦死するリスクの極めて高い戦場に送られたりするなど、理解に苦しむものがある。当時の常識から考えれば、家の跡取りとなる立場の者は、本人が特別に志願しない限り、本土内の軍事施設などでの勤務となり、最前線には送られないものである。戦争の悲惨さを語る上では効果的だが、多分に過剰な演出であり、後世の人物に誤った認識を与えかねない。』

まず小田切武市の最後に付いて、焼けた注水バルブを触って両手に火傷を負った後、被っていた略帽を脱ぎ当て布代わりにして注水バルブを回しています。また戦闘中の事であり、一刻を争う注水弁の開放を、火傷を負わない程の十分な当て布を用意するだけの余裕が現場で確保出来るのか?指摘に疑問があります。(むしろ映画で描写されていた武市の様に、己の負傷を顧みず帽子を当て布にして回すの普通に思いますが・・・)--以上の署名のないコメントは、222.7.174.195会話/Whois)さんが 2007年4月5日 (木) 03:17 (UTC) に投稿したものです。[返信]

(回答)上記編集の大半を担当した者です。仰ることは理解できますが、それは率直に申し上げて火災現場など危険な現場に遭遇したことのない方の見解だと思います。海軍軍人はその道のプロです。海軍勤務が長く、歴戦を経験してきたベテランの小田切兵曹長には十分想定にできる事態です。耐火服を着用するなど最低限の準備はして現場に臨むものと思われます。そのための装備も艦内には当然用意されています。丸腰でああいう場面に対処するのはプロの仕事ではありません。「一刻を争う注水弁の開放を、火傷を負わない程の十分な当て布を用意するだけの余裕が現場で確保出来るのか?」とのことですが、それにはそれなりの準備をして臨むことができるのがプロであり、彼ら及び海軍に対する理解と尊敬の念がない演出と評価します。「あまりに命を粗末にし過ぎる行動である。」としたのはそこにあります。--X-15 2007年4月14日 (土) 13:30 (UTC)[返信]

跡取り息子が1人しか居ないのに戦死する可能性のある任務は命令されないとの指摘に付いて、戦争の前半では確かにその様な配慮がなされたという事実や資料が残っていますが、戦争後半になると兵士や将校側が異動命令を拒否したり、(人材不足のため)現場サイドであえて異動命令を出さなかった事が多くなった様です。映画に描写されている様に、1人だけの子息であっても、戦闘に参加して戦死した事例は沢山ありますし、その為に断絶になった家もあります。(豊田譲氏の書物にもその様な記述があります)--以上の署名のないコメントは、222.7.174.195会話/Whois)さんが 2007年4月5日 (木) 03:17 (UTC) に投稿したものです。[返信]

(回答)間違ってはいないと思いますし、上記のことは理解しています。まず、中鉢二飛曹は「庶子」であった可能性もあると見ています。当時の日本社会は庶子に対して差別的であり、嫡出子のように特別な配慮はされなかったものと思われます。また、そうではなくても、彼のように徴兵年齢に満たない少年兵は「志願制」であることから、厳しい家庭環境であることが想像され、軍に志願して少しでも家計を楽にさせようと考えたのではないかと想像されます(そのことが余計に涙を誘います。ちなみに「男たちの大和/YAMATO」に登場した少年兵についてはいずれも厳しい家庭状況にあることが描写され、一応の理由付けができていました。)。ただ、本郷少尉に関しては、海軍での勤務歴が浅く大和の航海に当たって必ずしも必要な人材であるとは考えられず、家庭の状況及び瑞鶴から奇跡的に生還した経緯から考えて、内地勤務になるのが妥当だと考えます(「男たちの大和/YAMATO」では家庭環境によっては乗艦を免除するような件がみられました)。一方で小田切中尉の特攻出撃については、さまざまな思いから自ら志願したものであり、上記のようにありえるストーリーだと判断し、言及はしませんでした。--X-15 2007年4月14日 (土) 13:30 (UTC)[返信]
戦争の悲惨さを語る上では効果的だと思いますが、本作品の影響力を鑑みるに後世の人物に誤った認識や誤解を与えるような演出は極力避けるべきだと考えます。時間の制約はありますが、「男たちの大和/YAMATO」のようにきちんとした理由付け、動機付けが必要であると考えます。--X-15 2007年4月14日 (土) 13:30 (UTC)[返信]
熟練の乗組員を丸腰で危険なところへ行かせ尊い人材を無駄死にさせる。残された息子は特攻隊員で空から父の最期を看取る。そんな愚かなことをしていたから日本は戦争に負けたんです。人命軽視こそ、日本の敗因に他なりません。この映画が言いたいことはそれです。X-15 氏が仰っていることは的を射ていません。--新コウジョリョウゾク 2007年5月12日 (土) 18:36 (UTC)[返信]
(回答)私の回答で、貴方を不快にさせてしまったことを遺憾に思う。しかしながら、上記のとおり感情的に自説を繰り返すだけで、他者との建設的な議論はできないお方と見受けられるので、もはやこれ以上の議論は無用と判断する。--X-15 2007年6月17日 (日) 18:44 (UTC)[返信]

最初の項目を記入した者です。ですが何故か私が書き込んだ記憶の無い記述が後に書き込まれています。恐らく私が使用したパソコンを用いて第三者が他人の振りをして書き込んだ内容の様に思われます。X-15氏には深くお詫びすると共に当該記述を削除させて頂きます。今後はHNを用いて記述者を明確にする様にした上で記述する事と致します。--以上の署名のないコメントは、222.7.172.189会話/Whois)さんが 2007年6月30日 (土) 08:05 (UTC) に投稿したものです。[返信]

あやまる必要はないと思います。ですから再指摘の部分再UPさせて貰いました。私も--新コウジョリョウゾク さんの指摘されている様に--X-15さんの指摘は的を外れていると感じます。これは映画であってドキュメンタリーでも再現VTRでもないんですから。『男たちの大和』だって時代考証滅茶苦茶間違ってますよ(あら捜し合戦になって、今は落ち着いているみたいですけど)。--X-15さんの指摘の部分はそれこそ取るに足らない(あるいは映画として容認される範囲の)どうでも良い事を突付いてあら捜ししているだけの行為としか見えません。しかも再度質問・指摘されたのに対してふて腐れた返答と手の平返した様な荒い文章・・・。こんな人に本文書き込んで欲しくないですね。219.127.170.2--利用者:219.127.170.2 2007年9月1日(土)11:05(UTC)
今考えれば、こういう不毛な論争を繰り返してきたことを恥ずかしく思います。--X-15 2008年3月20日 (木) 07:49 (UTC)[返信]

映画『男たちの大和』のページのノートでも議論になってますが、映画に付いて記されたページには「映画の内容について記述」するのが本質であって、史実との違いを持ち出して指摘したり批評したりするのは全く意味を成さない『荒らし』に近い行為ではないでしょうか?当該作品の監督や脚本家が、どの様な意図でその様な表現をしたのかが解らない以上、何らかの思いや考えによってあえて史実とは違う表現をした可能性もあります(有賀艦長の一種軍装の描写がそうですね)。誰が見てもミスと思われる表現(例えば映画『パールハーバー』の様な)でなければ、映画の描写について細かく突き指摘するのはナンセンスだと思います。--61.202.87.205 2008年5月7日 (水) 01:38 (UTC)[返信]

最初の項目を記述した者です。久しぶりにノートのページ訪れましたが、私が不適と感じて削除した部分が利用者:219.127.170.2氏により、 私の了解を得ず、勝手に再アップされている事を確認して困惑しました。勝手な行動は慎んで下さい。再度X-15氏にお詫び致すとともに、再度削除致します。ただ、今回私の提案した事が皆様に賛同頂いていることには深く感謝致します。--男梅 2011年3月27日 (日) 01:29 (UTC)[返信]

最近『注釈』という形で、映画の内容とは関係のない史実を持ち出しての記述が増えてきています(特に戦艦大和の模型について) 

『大和の模型がニチモ製のプラモデルの拡大した物である』

『後に判明した機銃が搭載されていない』(これなんか昔の資料に基づいての模型制作ですから当たり前と言えます)

これらの出典元は何ですか?、此方のノートでは、史実と関係のない記述はしない(独自発見・研究の書き込み禁止)と結論付けられていますのに、こういった記述をなさることはルール違反です。暫く様子を見て削除・文章整理を行いたいと思います。--男梅 2011年8月28日 (日) 17:35 (UTC)[返信]

登場人物の表記について[編集]

少し遅くなりましたが、説明が必要と考え、記述しました。本郷家の二男については、当初「本郷真二」と表記されていましたが、劇中では終始「眞二」と表記されており、「眞二」は現在でもは用いられている男性名であるため、「本郷眞二」と表記することが適切であると判断しました。眞二の未亡人となった陽子については「本郷陽子」とするのが適切であると考えますが、旧姓の「早瀬」で登場する期間も長いため、「早瀬」との併記にしています。--X-15 2007年4月15日 (日) 11:59 (UTC)[返信]

『エンガノ沖海戦の描写について』[編集]

再び同じ内容で議論するのは悲しいですが、この項目は映画の内容に関する記述では無く、作品に対してのあら探しでしか過ぎないと思います(詳細は上記『作品の評価とは関係ない記述について』を参照して下さい)。あくまでもこの作品はドキュメンタリーでは無く、『史実を元にしたフィクション作品』である事をお忘れ無き様に。--男梅会話2016年10月5日 (水) 12:56 (UTC)[返信]