ノート:通級

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

通級について説明を大幅に増やしました。このほか、特別支援学級や特別支援学校への通級などは他の方の記載に期待します。Moyashi 2007年1月1日 (月) 10:33 (UTC)[返信]


Dowpar氏の編集について疑義があります。

1 通級は、言語障害だけではありません。通級制の弾力化の以前から、情緒障害、肢体不自由、弱視、難聴など他の障害も通級対象でした。通級対象の弾力化では、単に障害種が広がっただけではありません。ですから「対象とされるようになった」というのは、LD,ADHD、自閉症以外については誤りです。したがって、以前から、通級の全てを「ことばの教室」と称していたのではありません。基本的な認識の誤りがあります。
2 通級制の弾力化について、批判的な観点から述べるのは結構なことですが、肯定的に評価している声も多数あります。各種団体のアンケートなどお調べの上、バランスのとれた表現に修正すべきです。
3 教育制度である通級について、「医学的治療」という表現は不適切です。医学的な知識や技能を学校の教員が学ぶことは必要ですが、その行為は治療ではありません。
4 たとえば、系統的脱感作は、吃音に対してのみ行われる指導ではありません。障害種が異なっていても、「指導方法が類似している」例があります。通級対象の弾力化の背景の一つです。障害種の性質についての記述が、今回丸ごと削除されているのはややバランスを欠いた編集ではないでしょうか。

そのほか、気になる表現が見られます。まずは上記4点について、いろいろな方のご意見を伺いたいです。Dowpar氏のような立場があることは理解しますが、辞書的な役目を果たすwikiの記事としては、表現がやや感情的かなと思います。Londonbridge 2008年3月18日 (火) 10:35 (UTC)[返信]

時間がないので1と3についてだけコメントします。まず、通級が93年に始まる前から言葉の教室や言葉の治療教室はありました。法的に何という制度名で呼んでいたのかまでは分りません。93年以降に、情緒障害、肢体不自由、弱視、難聴なども対象とされたのでしょう。ですが吃音症のある肢体不自由児や弱視児などが一緒にされたのなら分りますが、吃音症ではない障害と吃音症を一緒に指導するのは私は反対です。
3について。吃音は5歳頃までの小児吃音は環境調整など広義の教育論で効果があるといわれていますが、小学校中学年以上になると環境調整は無力です。しかも、言語聴覚士ではない、専門教員が指導しています。言語聴覚士ですら、どもりは治りにくいと思って敬遠する傾向があるのに、STの資格もない教師に何ができるのでしょう。したがって、本来は、医療機関でSTによって然るべき治療を受けるべきものであり、厚労省の管轄になると思います。だからといって、学校教育の中でも、吃音児の症状を悪化させないように配慮することは大事なので、通級や普通学校教育で吃音は扱われるべきです。STが在籍した吃音専門のことばの教室が必要ですし、もっといえば、普通学校の教師、一般の生徒・児童を対象にした吃音(や他の障害も含め)への理解を深める教育や知識の普及も大事だと思います。
また、「言語障害」という括りで、構音障害と吃音症が一緒にされていることにも、大いに疑問があります。5歳までの小児は別として、それ以上になると両者には全く別の治療原理が必要とされます。肢体不自由児や難聴、弱視の子どもらに吃音矯正プログラムが必要ですか?通級は残念ながら効果的に機能していないと思います。障害が複合している場合は別として、やはり障害種別に専門的に指導することが求められると考えています。--Dowpar 2008年3月19日 (水) 01:08 (UTC)[返信]
4について。系統的脱感作でも、吃音に対するものと、他の障害に対するものでは、全く違います。そも、吃音症に有効な系統的脱感作法をどれだけの専門教員が習得しているのか甚だ疑問です。STですら知らない人が大多数なのです。東大病院、京大病院などを含めたSTのいる耳鼻咽喉科や音声外来やリハビリ科のある総合病院、リハビリ専門病院ですら、吃音治療は「うちでは手に負えない」「自信がない」と、殆どの場合門前払いされているのが現状です。そんな状況なのに障害種が一緒くたにされたのは根本的な間違いです。--Dowpar 2008年3月19日 (水) 20:55 (UTC)[返信]


Dowpar氏は無期限ブロックされたわけですが、上記の見解に対して、私の見解を述べ、他の方のご意見をいただければと思います。

「吃音症ではない障害と吃音症を一緒に指導するのは私は反対です」とありますが、93年以降の通級制度化では「情緒障害」「肢体不自由」「弱視」、「難聴」が対象になったものの、当時は複数の障害種に一人の教員が対応できるようにはなっていませんでした。それに私が指摘したのはそういう主旨ではなくて、通級制度化の当時ですら、全ての教室が言語障害を対象としているわけではなかったのに、Dowpar氏が編集した記事は、そう誤解される表現になっている、ということです。
3について。本来は厚生労働省の管轄であるべきか否かではなくて、学校教育の説明で「治療」は正確な表現ではないということを指摘したのです。
「言語障害」という括りで、「構音障害」と「吃音」が一緒にされていることに大きな疑問があるのは結構ですが、ここはWikipediaです。法律上の用語を用いるのが妥当ではないでしょうか。個人の見解、思想を述べるところではないはずです。
「障害が複合している場合は別として」 実際には複合していることの方が多いでしょう? 学校教育では環境調整ばかりやっているという見解もかなりデフォルメされています。そうした傾向はあるかもしれませんが、全てではありませんし、最近は変わってきています。どうぞ教員の各種研究団体の事例レポート、論文に目を通してみてください。「5歳までの小児は別として」5歳以降は構音障害は見られないとでもおっしゃるのでしょうか? 構音障害は置き換えだけではないのですよ。


吃音の当事者で研究者の中には、特別支援教育と吃音の指導とは親和性が高い、という主旨を指摘している人もいるのです。それに比較して記事の内容は否定的的な表現が目立ちすぎではないでしょうか。個人的な感想や、不正確な箇所も多く見られ、かなりの修正が必要と思います。皆様いかがでしょうか? Londonbridge 2008年4月10日 (木) 11:09 (UTC)[返信]