ノート:自我

ナビゲーションに移動 検索に移動

自我と自己って違うんですか?ここでは自己は定義なしに扱われてるようですが。--Ks 2007年9月11日 (火) 12:12 (UTC)

遅すぎる返答ですが、他の方のためにも答えておきます。自己は一般レベルでは(日本語の範囲内では)区別がないように思います。英語ではegoとselfと明確な違いがあります。私は哲学における自我と自己の違いは分かりませんが、精神分析における違いなら分かります。
自我は明確に定義があり、飽くまでも心の機能や構造を指します。意識もしくは意識される自分とは違います。しかし自己という言葉は、フロイト以後の精神分析学では明確に異なるものとして定義されています。初期の精神分析学では、自我とか自分とかという言葉と同じように使用されて、色々混同されて使われていたようです。
自我心理学や対象関係論という学派では、自己は「自分のイメージ」ですし、ユング心理学や対人関係論では、自己はまさに「自分」に近いものとして考えられています。そして自己心理学という学派においては、自己は臨床で観察される患者さんの心に近いものだと思って良いと思います。このように飽くまでも精神分析学の理論においては、自我という概念と自己という言葉は明確に違うものとされているようです。--Scorecode 2009年11月26日 (木) 13:57 (UTC)

参考情報[編集]

参考情報です。自我、主我、客我について。社会心理学における一説。

自我 主我 する自分、見る自分。
客我 内的客我 自己分析、自己批判。自分はこういう人間だ、という自己像。自賛、自己嫌悪。
外的客我 他人は自分をこう思っているだろうという推測による自己像。
  • 『日本を滅ぼす「自分バカ」』 2009年出版の本 pp.48-54.
    • 内的客我と外的客我の両方から違う方向にひっぱられると主体性は動揺し、不安を感じる(=自我不確実感)。
    • 外的客我が強過ぎると、他人の目を気にし過ぎるようになり、他人の意見や世間体や流行に左右されやすくなる。体面意識や自意識過剰などの、他者依存的な傾向が出る。

Uryah 2011年7月19日 (火) 11:12 (UTC)

追加参考情報です。

書名は大仰ですが、これも同様のこと?: ISBN 978-4062881685 2012年8月出版 の pp.497-503。

Uryah会話) 2012年11月9日 (金) 22:27 (UTC)