ノート:結果無価値

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結果無価値という記事名について[編集]

たいていの事典は、結果無価値論行為無価値論という見出しを採用しているわけですが、Wikipediaが慣例に反して、あえて結果無価値という記事名を付けることに正当な理由がありますか。--白文鳥 2008年10月3日 (金) 15:08 (UTC)[返信]


結果無価値論とは結果無価値のみを違法性の本質とみる考え方であり、行為無価値論とは(日本の学説においては)結果無価値、行為無価値の双方を違法性の本質と考える立場です。そもそもカテゴリーの違う言葉である以上、双方につき記事を掲載することは理由のあることと考えます。「政治」という項目と「政治学」という項目の双方があるべきことと同様の理由です。--Iroha2 2008年10月16日 (木) 08:22 (UTC)[返信]

Iroha2様のお考えは把握いたしました。ただ、今の結果無価値行為無価値の記事を読む限り、結果無価値・行為無価値それ自体の解説となっているのは、冒頭の定義を除けば一文ほどしか存在しないんですよね。Ihora2様のお言葉を借りれば、政治の記事で政治学の解説ばかりが並べ立てられているようなものでしょうか。やはり、何らかの手直しは必要であると思いますが、いかがお考えでしょう。--白文鳥 2008年10月26日 (日) 07:43 (UTC)[返信]

結果無価値も、本邦の行為無価値が結果無価値との折衷説であり、結果無価値論行為無価値論という見出しは採用するべきでない。スカスカの百科事典の唯一のマシなところである。そもそも、行為無価値論、結果無価値論の名称には問題があるため、一元的行為無価値論、二元的行為無価値論などがあるのはご存知の筈このへんは二元的人的不法論を違法性から書いてゆかないと駄目で、深い学識と大変な作業が必要であり、タダの人がタダで書ける範囲かな?とは思う。私も書きたい気は大いにあるが、一寸手が出せないところ。--T34-76 2008年12月29日 (月) 13:30 (UTC)[返信]