ノート:浅草寺

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浅草寺の読みについて[編集]

2009年9月7日 (月) 11:13 の編集のコメントで「(戦前に記された文献に 「 あさくさじ 」 や 「 あさくさでら 」 とふりがなのふられた書物が存在します。寧ろ、 「 せんそうじ 」 の読みが誤読であるとする文献も存在します。)」とありますが、 浅草寺のHPのよくある質問に「“あさくさでら”ではありません。」とあるので、できればこちらを尊重したいと思います。

http://www.senso-ji.jp/faq/index.html#2

古名としてあさくさでらを残すことも考えましたが、できれば文献のことも書いていただきたいため、いったん前の版へ差し戻しさせていただきます。--cheese03 2009年9月8日 (火) 07:48 (UTC)[返信]


ノートは編集の練習に使うものではありません[編集]

Wikipedia:ノートページを参考に、議論のための情報の提示を行ってください。編集の練習は、Wikipedia:サンドボックスで行うと良いでしょう。また、プレビューを活用する事で編集を何回も行って履歴にゴミを残す事を避けられます。納得行くまでプレビューを行いましょう。--Ex 2006年7月19日 (水) 06:09 (UTC)[返信]


浅草にある浅草寺は東京で一番古い寺です。ではその起源はどのようなものなのでしょうか。

・浅草寺の起源

浅草寺の起源は628(推古天皇36)年、漁師のひのくま兄弟が現・隅田川で拾った観音様を、土師中知が堂をもうけ、安置したのが始まりです。


大化元年(645年)、観音堂建立。



天正18年(1590年)、徳川家康入府、浅草寺祈願寺に定める。

・徳川家康は、秀吉から関八州を与えられ、入府し、浅草寺を江戸城鎮護の祈願寺に定めました。

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