ノート:日本音楽著作権協会/過去の議論その1

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以下の記述は的外れなので削除しました。

ここで問題なのは、何故JASRACが裁判沙汰を起こしたかということである。JASRACはもともと、楽曲の使用料を著作権者の代わりとして回収する団体である。だが、今回の裁判では使用料以外を含め1600万円を支払う訴えを起こしている。もし、権利侵害料が含まれている場合、それは作曲者(または、それの関係する音楽出版社)が裁判を起こすのが普通で、JASRACがその権利侵害料を請求する必要はない。
ネット上では、この裁判について批判的な意見が寄せられている。

JASRACは、作曲者や音楽出版社から著作権の信託譲渡を受けて、自らが著作権者となって著作権を管理しています。そして、JSARACに著作権を信託譲渡した作曲者や音楽出版社は、自己の著作権を失っている状態にあります。したがって、自己の名において損害賠償請求や差止請求訴訟を起こす権利を持っているのはJASRACであって、作曲者や音楽出版社ではないのです。

そのほか、主観的な表現も改めました。--全中裏 2006年8月2日 (水) 12:40 (UTC)[返信]

著作権を失っては居ないはずです。ただ管理を委託しているだけですので。
もし管理委託が所有権の放棄と同義であれば、銀行に預金した時点で預金者はお金を放棄したことになりますよね?
使用料を請求するのは妥当な行為ですが、権利侵害料を請求するのはJASRACの仕事かどうかは疑わしいように思います。--125.174.111.128 2006年10月11日 (水) 07:59 (UTC)[返信]
割り込みます。「管理の委託」と「信託」とは全く性質の異なるものですが、JASRACと著作権者との契約は「音楽著作権の信託」です。これは著作権の財産に関する権利をJASRACに渡して、JASRACは著作権を運用した果実から経費を差し引いて著作権者に配当するということです。著作権を失っているという表現は適切ではありませんが、本来の権利者が自由にできないのは事実であり(本文にもあるように仲介業務法が廃止されたのは信託の委託者が独占であることによる問題が拡大したからです)、またJASRACが金銭に関するあらゆる請求を行うのは当然であると言えます。--Mt.Stone 2006年10月11日 (水) 08:30 (UTC)[返信]
「失っている」という表現でもいいと思いますけどね。著作権をJASRACに移転してしまえば、もはや自分は著作権を持っていない状態になるのですから。それから「信託」は「委託」に含まれる概念です。
それから125.174.111.128さんへ。上にも書きましたが、JASRACは、作曲家、作詞家、音楽出版者(以下、委託者)から著作権(支分権)の移転を受けて自らが著作権者となって著作権を管理します(信託契約約款3条を読んでください)。委託者はJASRACに著作権を「移転」したのですから、委託者には著作権は残りません。もちろん、JASRACとの契約を打ち切ると、JASRACの著作権は委託者に戻されます。
著作権の移転を受けずに、使用料の徴収のみ(委任契約)を行う著作権管理団体も確かにありますが、JASRACはそうではありません(信託契約)。
それから「権利侵害料」の意味が不明です。そういう意味不明な言葉は使うべきでないと思います。--全中裏 2006年10月11日 (水) 13:33 (UTC)[返信]
言葉の問題を突っ込んでいらっしゃるので押さえておきますが、あくまでも信託しているのは財産権に関わる部分であり、人格権をはじめとして譲渡していない権利もあります。またご指摘のように契約を解除すれば財産権も著作権者に戻ります。ですので厳密さを求めるのであれば「著作権を持っていない」「失っている」という表現は正しくありません。--Mt.Stone 2006年10月11日 (水) 14:57 (UTC)[返信]
今はJASRACの話をしているのですから、日本国著作権法上の用語にしたがって、著作権といえば財産権です。また、委託者に一部の支分権が残るケースもありますが、それでも、ある一つの態様の無断利用行為に対して、JASRACと委託者の両方が権利行使することはできないわけですから、あえて支分権に言及する必要はないかと思います。それから、著作権を移転しているのですから、将来戻ってくることが約束されていても、契約期間中は「著作権を持っていない」という表現は間違っていません。「持っていない」の反対は「持っている」です。「Aは著作権を持っている」といわれれば、「Aは著作権者である」と解するのが普通でしょうし、その逆で「Aは著作権者ではない」といわれれば「Aは著作権を持っていない」と解するのが普通でしょう。
まあ、ここでの我々の目的は125.174.111.128さんを納得させることであり、ご指摘のとおり「言葉の問題」に陥るのは良くないと思うので、このへんでやめておきます。このたびは125.174.111.128さんの質問に対するフォローありがとうございます。--全中裏 2006年10月11日 (水) 15:42 (UTC)[返信]
適当なところで切り上げていらっしゃいますけど、「著作者人格権」でGoogle検索したときの最上位のリンクがこちらですので、ご参考まで。--Mt.Stone 2006年10月12日 (木) 08:07 (UTC)[返信]
「JASRACでも著作者人格権には関与できないことはJASRAC自身が明記」と要約欄にありますが、それはその通りでしょう。Mt.Stoneさんと私では、「著作権」の意味を違ってとらえているんでしょうね。
  1. 著作権=財産権+人格権
  2. 著作権=財産権, 著作者人格権=人格権
上の太字部分にもあるように、私は2の語義に基づいて、「委託者は著作権(=財産権)を持っていない」と表現しているのです。一方、Mt.Stoneさんは1の語義に基づいて「著作権の財産に関する権利をJASRACに渡し」と書かれていますよね。そして私は、著作者人格権=人格権については何ら触れていません。著作者人格権は一身専属の権利ですから、当然、委託者(作曲家や作詞家)が持っていることになるでしょう。今となっては1と2でどちらが正しいとはいいませんが、日本の著作権法もJASRACの信託契約約款も、2に基づいて書かれています。講学上、1に基づいて解説される例は多数見られますので、そういった事実に触れないまま1で書き出してしまったのは、私のミスかもしれません。--全中裏 2006年10月16日 (月) 14:47 (UTC)[返信]

ところで、8/2に削除した後に残った文章が「2006年7月31日、JASRACが飲食店を経営していた女性社長に対し、店で生演奏を無断で続けたとして、使用料など約1600万円の支払いを求める訴えを起こした。女性社長は自分が経営していた飲食店で、2月までに無断で生演奏をしていた。この女性社長は著作権法違反ですでに逮捕されている。」なのですが、権利侵害者に対して法的措置をとるのは著作権管理団体として当然のことであり、とくに問題とは思いませんので、この文章も削除しました。--全中裏 2006年10月11日 (水) 13:49 (UTC)[返信]

wikipediaはうっぷん晴らしの場ではない[編集]

法的に適正な手続きに乗っ取ったJASRACの行為すら批判する記載が見られます。このような批判は失当です。WikipediaはJASRACに対する批判を書く場所ではありません。Wikipedia:ウィキペディアは何でないか参照。JASRACに文句がある方は、著作権法などの改正を目指した政治運動を始めればよろしいのではないでしょうか?--fromm 2007年1月25日 (木) 03:18 (UTC)[返信]

是非、Wikipedia:ウィキペディアは何でないかをご自身が参照してください。--60.38.114.81 2007年1月25日 (木) 10:52 (UTC)[返信]

批判と批判があるという事実は別です。 「○○のような批判がなされている」というような表現ならOKでは?

小林亜星との件[編集]

小林亜星とJASRACとの件について全く記述が無いのは何故なんでしょうか?加筆いたしてもよろしいでしょうか?--Miwa.SS 2007年2月7日 (水) 02:39 (UTC)[返信]

この件を指していると思われますが、例えば著作権が妥当ではないかという気もしますけど、まぁここに書いてもいいんじゃないでしょうか。--Mt.Stone 2007年2月7日 (水) 03:31 (UTC)[返信]