ノート:日本の降伏文書

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ミズーリ (戦艦)記事との重複[編集]

加筆してみましたが、ミズーリ (戦艦)の降伏文書調印式とかなり重複しているのが気になりました。後々調整した方が良いのかな、と思います。--Yasumi 2009年6月7日 (日) 07:10 (UTC)[返信]

日本中心[編集]

日本中心の記事になっていますので改善をお願いします。私は資料を探すのがめんどうなので編集に参加しません。--大和屋敷 2009年12月25日 (金) 02:36 (UTC)[返信]

契約書云々[編集]

外部の信頼できる出典なく大胆な定義を与えることは独自研究の懸念があります。ご自身の英語能力にのみ頼り執筆するのではなく、外部の信頼できる情報源から加筆するようお願い申し上げます。--大和屋敷会話) 2012年10月30日 (火) 07:57 (UTC)なお「降伏文書」→「日本の降伏文書」への改名については適切な処置だと考えますが、他の編集者の方のご意見も伺いたいところです。--大和屋敷会話2012年10月30日 (火) 07:57 (UTC)[返信]

「降伏文書」という甘ったれた誤訳が、そもそも世界的視点を無視してしまっているものです。事の性質を日本国民に大いに錯覚させている元凶です。北方領土問題現竹島問題のそもそもの性質(連合国側の善管注意義務違反詐害行為という契約違反!)を日本国民に全く不当に隠蔽してしまっている元凶です。つまり、今からでも「降伏契約書」あたりに改めるべき世紀の大誤訳です。 -- Trendmovies会話2013年2月22日 (金) 02:58 (UTC)[返信]
勿論、言うまでもなく、この記事の英語名“en:Japanese Instrument of Surrender”のInstrumentは「文書」というレベルの意味ではあり得ず、「契約書」という意味です。「Instrument」「契約書」であるという事の本質を示す記述を何ら正当な理由なく削除したがっている人たち、および、ウィキペディアの管理者さんたち、まず、このノートでご説明を! -- Trendmovies会話2013年2月25日 (月) 12:16 (UTC)[返信]

休戦協定(停戦協定)ではあり得ない![編集]

en:Japanese Instrument of Surrender”を世界的な視点・中立的な観点に基づいているとは思えない著作物を出典として「休戦協定停戦協定[1]」程度の単なる取り決め文書ででもあったかのように世界的事実を矮小化したがっている人たちがいるようですが、そういう事実解説は『s:日本国との平和条約が発効する1952年4月28日まで戦争状態であった』という国際協定・国際認識に赤裸々に反している全くの虚偽であることは極めて明白であると思われます。

第一条

(a) 日本国と各連合国との間の戦争状態は、第二十三条の定めるところによりこの条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日[2]に終了する。
(b) 連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。

つまり、日本国は、「完全な主権」を喪失していて、戦争状態であったために、占領軍である連合国軍によって占領統治されていたということが紛れもない世界的かつ中立的な事実です。逆に、もし「休戦協定(停戦協定)」によって「停戦」「休戦」していただけなのであれば、日本国は「完全な主権」を維持していて、かつ、連合国軍によって占領統治も全くされていなかったというとんでもない虚偽になってしまう。1945年8月14日から1952年4月28日までの日本は、残念ながら、事実としては、日清戦争後の清や日露戦争後のロシアとは全く次元が異なって、全土が「無条件降伏」による被占領状態です。

よって、現在保護されているページ2013年2月22日 (金) 17:30; MaximusM4や、2013年2月22日 (金) 04:49; 大和屋敷2012年10月30日 (火) 07:58; 大和屋敷等の版は全て、世界的な視点、Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:独自研究は載せないWikipedia:検証可能性に決定的に大違反しているウィキペディアにあってはならないページです。それとも、ウィキペディアの管理者さんたちは、まさか、明らかに国際条約であり世界的な事実であるs:日本との平和条約のほうが世界的な視点・中立的な視点ではあり得ない虚構ないし妄想だなどと考えているのでしょうか? とにかく、「休戦協定(停戦協定)」程度のものであったということにしたがっている人たち、および、ウィキペディアの管理者さんたち、まず、このノートでご説明を! -- Trendmovies会話2013年2月25日 (月) 12:16 (UTC)[返信]

  1. ^ 小堀桂一郎編・解説 編『東京裁判 日本の弁明 「却下未提出弁護側資料」抜粋』講談社〈講談社学術文庫〉、1995年(平成7年)8月。ISBN 4-06-159189-4 、新版・ちくま学芸文庫、2011年(平成23年)8月 ← 余りにもあり得ない解釈および引用なので、せめてどういう前後関係でのどういう述べ方なのかを読者に分かるように記事中で引用するべき。
  2. ^ この日本国との平和条約が発効し、日本国が無条件降伏かつ被占領統治という戦争状態を脱して主権を回復するのは、勿論、1952年(昭和27年)4月28日のことである。

-- Trendmovies会話) 2013年2月25日 (月) 16:24 (UTC) -- Trendmovies会話2013年2月25日 (月) 17:21 (UTC)[返信]

  • Wikipedia:ノートページのガイドラインによれば「検証可能性、独自研究は載せない、中立的な観点といった・・・方針に合致しないことがらを延々と議論し続けるのはノートページの目的外使用ですから推奨されません」とあります。たとえノートであっても自説を主張するための演説台として利用することはご遠慮頂くよう宜しくお願い申し上げます。新たな学説は学会誌等に投稿されたうえで、それを引用する形でウィキペディアにご紹介ください。--大和屋敷会話2013年2月25日 (月) 14:22 (UTC)[返信]


「延々」? 利用者:大和屋敷さんは、まだ議論らしい議論を全くしておりませんが。リバート編集の根拠すら未だに全く説明責任を果たしておられません。利用者:大和屋敷さんは、残念ながら、議論も説明責任も拒否し続けようとしてリバート荒らしを強行し、荒らし保護依頼を強行し、かつ、詭弁を弄しているようにしか見えません。
そもそも論ですが、『s:日本国との平和条約が 1945年8月14日から1952年4月28日までの間、連合国と日本とは戦争状態であったと認識し、そう規定している』ということは誰が読んでも容易に理解し、かつ承認できる、紛れもない事実です。私の編集、つまり、『en:Japanese Instrument of Surrender”は、「休戦協定(停戦協定)」程度のものでは全くなかった』という編集の根拠は、日本国との平和条約そのものです。その第一条戦争状態」です。よって、一体何をどう勘違いし得るのかはなはだ理解しかねるのですが、この私の学説(まともな日本人の社会常識かつ世界の常識!)には明らかに「新たな学説」など全く不要です。 日本国との平和条約という国際条約において、『1945年8月14日から1952年4月28日までの間、連合国と日本国との間で戦争状態が続いていた』と連合国および日本国の双方によって承認されているわけです。まさか、『日本国との平和条約に調印した吉田茂内閣以降、日本政府は実は一貫してこの第一条を承認していない』などという「新たな学説」があるとでもいうのでしょうか? あるいは『連合国側の全ての国がこの第一条を承認していない』などという「新たな学説」があるとでもいうのでしょうか? もしそういうような事情がおありなのでしたら、利用者:大和屋敷さん御自身の御言い分通り、その「新たな学説」を学会誌等に投稿された上で、それを引用する形でウィキペディアの記事内で少なくとも論理的にご紹介ください。そういうことを御自身でおできにならないうちは、人を荒らし呼ばわりしたり、荒らしリバートをしたり、荒らし保護依頼をしたりすることはお止めください。現状では、利用者:大和屋敷さんは自己矛盾を犯している荒らしということにならざるを得ません。
また現状では、『1945年9月2日に連合国と大日本帝国との間で「休戦協定(停戦協定)」が締結された』かのように主張している利用者:大和屋敷さんのリバート編集こそ、「新たな学説」およびその詳細な解説が記事内に必要不可欠です。実際には、利用者:大和屋敷さんのリバート編集は、「新たな学説」など全く不可能なような、独自研究による極めて不適切な編集です。厳密に言えば、独自研究のレベルを遙かに超えて、悪意と臆病さと自己保身と卑劣さと妄想による虚偽編集にしか見えません。もし、『“en:Japanese Instrument of Surrender”が世界的な視点・中立的な観点に基づいても「休戦協定(停戦協定)」程度のものでしかなかった。その第一条およびその戦争状態という文言はどこの国にも全く承認されていない全く間違っている条文および文言でしかなかった』と多くの編集者・読者から承認され得るような「新たな学説」があるというのでしたら、利用者:大和屋敷さん御自身の御言い分通り、その「新たな学説」を学会誌等に投稿された上で、それを引用する形でウィキペディアの記事内で少なくとも論理的にご紹介ください。私は読んだこともないし、あり得るとも全く思えません。連合国軍によって、大日本帝国は、単に無条件降伏を飲まされただけでなく、完全武装解除され、基本法典である憲法の全面改定その他あらゆる分野において諸々の大改革を強要され(「指令」され)、連合国軍が一方的に日本側の戦犯を裁く極東軍事裁判まで首都東京で行われたというのに、『「休戦協定(停戦協定)」程度のものでしかなかった』なんてことにしたがる人たちはみ~んな信用不可の何とかであるということは、残念ながら、余りにも余りにも明白であると思われます()。 -- Trendmovies会話) 2013年2月25日 (月) 16:24 (UTC) -- Trendmovies会話) 2013年2月25日 (月) 17:02 (UTC) -- Trendmovies会話2013年2月25日 (月) 17:21 (UTC)[返信]
  • Trendmoviesさんへ。とりあえず、会話ページは喧嘩を売るような場所ではありませんので、赤文字の乱用を控えていただく及び丁寧な言葉使いを心がけていただきたく存じます。また通常の記事ではありませんので、<ref>タグの利用も好まれる物ではありません。そもそも使い方から間違っているようですが。--Fusianasan1350会話2013年2月26日 (火) 15:35 (UTC)[返信]