ノート:日本の博物館

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世界的な博物館の普遍像と日本の博物館の特殊性、また博物館法上の博物館とそれ以外の博物館の概念、キュレータと学芸員の微妙な違いをを横断的に見渡すため統合項目の場を確保するため、無理に分割せずに博物館の項目内で処理したほうがいいのではないでしょうか。--ウミユスリカ 2006年3月9日 (木) 11:50 (UTC)[返信]

私も分割しないほうがいいと思います。--Tomomarusan 2006年3月10日 (金) 08:56 (UTC)[返信]
私は分割したほうが良いと思います。日本の独自性というものに関しては単純にこちらに書けば良いと思いますし、特に世界の中で見たとき、特記すべきような特殊な事項があれば博物館の記事へ他の国との事情と照らし合わせながら書くことによって中立性を保ちつつ情報性が増し、有益になると思うからです。
日本の法律に基づいて世界の博物館について書くことや、日本の博物館をリストアップした上でおまけ程度に海外の博物館を書くことについては、Wikipedia:中立的な観点において、頑固反対します。--毛が生えた程度 2006年3月10日 (金) 09:37 (UTC)[返信]
そのWikipedia:中立的な観点には、「このページはウィキペディア日本語版の公式な方針です。多くの利用者に支持されていて、すべての利用者が従うべきだと考えられています。必要に応じて編集することは可能ですが、その変更はコミュニティーの合意を反映している必要があります。大きな変更を加える場合は、ノートページで提案してください。」とあります。--Tvfan 2006年3月10日 (金) 10:18 (UTC)[返信]
博物館に付いて詳しいわけではないので、あくまでも一般論としての考えですが、基本的に「日本の~」という項目名で記事を建てることそのものが僕には良いアイディアではないように思われます。NPOVはWikipediaの基本理念ですが、それを実現するための方法として両論併記の原則というものがあります。個々のケースで例外はあるでしょうが、基本的にはひとつの記事の中で出来るだけたくさんの国の情報に触れることが重要なのではないでしょうか。
ただし、リスト部分に関しては、ひとつの記事に全世界のものをリストアップするのは現実的ではありませんから、何らかの形で分離する必要はあるかもしれません。国別にカテゴリや一覧記事を整備するめどがあるのであれば、削除してしまってよいと思います。
現時点ではja.wpも国際版としての正確を持ち合わせているen.wpにしても、まだまだそれぞれの言語を母語とする国の情報に偏っているのが実情です。現在は、真のインターナショナルな百科事典を構築するための過渡期なのではないでしょうか。このような形で分離することによって、世界各国の事情を解説した記事群が執筆されるという見通しでもあればべつですが、基本的にこのような形での日本固有の情報の隔離は、マイナスなのではないかと思います。yhr 2006年3月10日 (金) 13:07 (UTC)[返信]
今の方式は非常に見づらい。記事「博物館」に来た人が、日本に関する記述を見るのに非常にここまで来るのが難しいシステムになっている。日本POVというのもあるかもしれないけど、博物館でまず、博物館全般を記載して、その後で日本に関する記載をしたほうがいいと思います。--経済準学士 2006年3月11日 (土) 08:15 (UTC)[返信]

かなり語弊があるであろう言い方をあえてすると、日本は世界的に見て博物館後進国です。つまり、日本語話者の多くが博物館とは世界的・普遍的にはどういうものであって、どう世の中に役立つものなのか、体験的に持っている知識が著しく少ない状態にあります。ですから、日本の「博物館法」とか「独立行政法人法」に基づく「博物館」を「博物館とはこういうものである」という形で前面に押し出す記述の弊害を第一に改めたいとは考えていますが、同時に日本人が体験的に持っている「博物館」というものへの認識と、世界的に見た博物館のあり方というものを対比するような形で論じるというのが、日本語話者にとってもっとも有益な博物館論となるのではと考えているわけです。そのため、別記事に隔離してしまうのは、日本の博物館の特殊性の部分を把握しづらくするものだと考えます。--ウミユスリカ 2006年3月15日 (水) 05:18 (UTC)[返信]

わかりました。私は一旦、この記事からは手を引きます。有用な加筆があり、あまりの冗長さに対し分割の必要が迫られたとき、分割を提案することにします。--毛が生えた程度 2006年3月17日 (金) 11:36 (UTC)[返信]