ノート:広島電気軌道100形電車

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開業時と思しき写真(二次資料:毎日新聞出版「広島の路面電車60年」など)に見受けられる、車両番号1桁台と3桁の車両について。

・車両の形状 双方ともA型と同形。 3桁付番を大阪から到来したB型とし、後の100形式に見受けられる異形車両(大阪市11型?同形車)は大阪または他都市から別に導入されたとする意見もあるものの、残存する画像からは当時大阪市の電車は腰板が曲線のものしか見受けられない。

写真の場所から推察して、3桁付番が1912年(大正元年)11月開業時。1桁付番が1915年(大正三年)4月御幸橋東詰から宇品間が開通時と判断したい。

これは残っている資料と齟齬を起こすものなので複数名の間で討論し、判断する必要があるかもしれない。

ただし、己斐開業と思しき写真に1桁台が写っているものが見受けられるのでこの点をどう判断するか? 鮮明な写真(絵葉書)があれば確かめるのも容易か?

改名提案[編集]

本項を含む広島電鉄およびその前身事業者である広島電気軌道・広島瓦斯電軌に在籍した車両各形式の項目について、Wikipedia:記事名の付け方/鉄道#車両記事名「{系列名または形式名}はその系列あるいは形式の初号車竣功(または入籍、あるいは工場出場)当時における各社の正式呼称を原則とする」に則り、以下の通り改名することを提案いたします。

  • 広島電鉄100形電車 (初代)広島電気軌道100形電車
    広島電気軌道101 - 150号車として落成した当該車両群は、明治年間という落成時期から推定して、落成当初は恐らく形式称号が付与されていなかったと思われます(「A形」の形式称号が付与されたのは社名が広島瓦斯電軌と改称された後、大正14年のことです)。そのためトップナンバーの車番を採って「広島電気軌道101号形電車」としてもよいところではあるのですが、広島電鉄社史を始めとした一部資料において当該車両が「100形」として扱われていることを鑑み、「広島電気軌道100形電車」への改名を提案いたします。
  • 広島電鉄400形電車広島瓦斯電軌B形電車
    B形全車が400形へ鋼体化改造されたことを鑑み、原形式への改名を提案いたします。B形は上記100形と同様に101 - 110号車として導入された当初は形式称号が付与されていなかったと思われますが、導入時期が社名を広島瓦斯電軌と改称した後であったことを鑑み、大正14年に付与された「B形」の形式称号をもって項目名とすることが適切であると考えます。
  • 広島電鉄100形電車 (3代)広島電鉄100形電車 (2代)(現状リダイレクト)
    「広島電鉄」において100形の形式称号を付与された車両は、A形から改称された100形(初代)と、同形式のレプリカ車両である当該車両の2世代のみであることを踏まえ、100形(2代)と改名することが適切であると考えます。

以上につきまして、ご意見などございましたらよろしくお願いいたします。--MaximusM4会話2013年2月22日 (金) 14:03 (UTC)[返信]

  • 賛成 実を言いますと、私と提案者のMaximusM4さんで形式名について、侃々諤々の議論をメールで行っていました。正直に、最新公式の『広島電鉄開業100年・創立70年史』でも本文と年史で食い違い、戸惑う要素が多い部分です。反面、MaximusM4さんより、当時は軌道線車両に形式は不要だった話を聞きまして、形式名が曖昧な件の筋妻が合うと感じています。後は登場時の社名の違いもご指摘の通りです。よって、反対理由はありません。不明点などありましたら、私からも補足説明をしたいと思います。--Taisyo会話2013年2月22日 (金) 14:28 (UTC)[返信]
  • お疲れ様です。加筆修正を見ていまして、私の持っている資料では載ってない部分もあり、感心しているところです(具体的には「私鉄車両めぐり第3分冊」「私鉄車両めぐり第6分冊」。ただ、一部近年宮島線に関しては復刻「私鉄車両めぐり 山陽・山陰」もあるみたいなので、取り寄せとかも考えます)。「世界の鉄道'76」は図書館にありましたので、追加でコピーしてきます。改名に関わらず、広電の記事の出典追加などしたいとは思います。--Taisyo会話2013年3月1日 (金) 14:41 (UTC)[返信]