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ノート:大分交通国東線

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要出典 免許失効と工事着手

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要出典 歴史節1916年(大正5年)に工事に着手した…による出典は『大分県交通史』102頁の他にも『大分交通40年のあゆみ』45頁、『大分県史 近代3』172頁にも記載されています。鉄道省文書の免許再申請をざっと読んだところでは遅延の原因となった用地買収および株式応募のめどが立った矢先突然失効になったので再度免許申請し工事に着手したいとありますので当時の豊州新報と大分新聞を調べてみます--Tamrono157会話2018年1月11日 (木) 11:38 (UTC)[返信]

--花村碧会話2018年1月11日 (木) 13:08 (UTC)[返信]

鉄道が開業するまでの過程として、
敷設申請→免許取得→工事施行認可申請→認可→工事着手→竣工→運輸開始
簡単にまとめればこのプロセスを経ることになります。
そして免許取得の際には工事施行認可申請期限、工事施行が認可された時には、着手期限と竣工期限が付されます。
工事着手の際には遅滞なくこれを届け出る必要があります(工事着手届)。
最後に運輸開始申請をするためには竣工を届けなければいけません(工事竣工届)。
 今回の「免許失効と工事着手」の関係性ですが、免許の失効要因は工事施行認可申請期限が切れたことです。つまり工事施行認可は受けていないことになります。細かく言えば工事をするためには工事施行認可を得る必要があり、これは不認可に終わりました。そして当然ながら工事着手届も出せません。結論を言えば、用地取得は行っていたが、工事は着手していないということです。ちなみに免許再取得後の工事施行認可は大正6年3月23日に下りています。
詳しい説明していただきしたが知っていますよ。しかしそれを知らないのは当事者ではないかと思って調べるのです。徒労に終わるかもしれませんが--Tamrono157会話2018年1月11日 (木) 13:35 (UTC)[返信]

--花村碧会話2018年1月12日 (金) 04:28 (UTC)[返信]

これは失礼しました。
質問ですが、当事者が知らないとは何をどう知らないという意味でしょうか。
一度目の工事施行認可申請は期日内に受付はされていますから、これが認可されない状況があっただけの話だろうかと思います。
 遅延の理由ですが、用地買収ではなく、八坂村会陳情の線路変更に係る申請が出来なかったとあります。社内混乱(重役・社員の逮捕)が意思決定の遅滞を招き、どうにもならない状況と当局が判断した結果が不認可というわけです。
さらに再申請の際には、敷設申請と工施申請を同時に出しています。ですが、この中で書類が一致していないと指摘受けています。
これは線路変更前後の書類をごっちゃにして提出しており、急いでいたことを示しています。
その後「鉄道速成の為このままで認可(要約)」と追願書も提出しています。
この件は「特種にして云々」との文言が見受けられ、県からも便宜を図るような電報が見られます。
 ご存知かと思いますが、そもそも鉄道工事における「工事」という言葉には測量や用地買収が含まれないはずです。測量は工施申請の際実測図を提出するために先に行います。用地買収においては民法上の土地取引で行うことが可能です。
翻って一般概念の「工事」であれば、測量からが工事と認識される可能性があります。認識のズレを思えば、工事に着手したとされてもおかしくないとも考えれますね。
地方鉄道では事務手続きは主任技術者だよりで許認可手続きはまかせきり、社内が混乱していたため相談せずに起工式をしてしまったと考えてました。
豊州新報だけ該当月のものが見ることができました。免許失効時会社はどうしたのか知りたかったのですが、10月24日付けに免許失効の記述のみで会社のコメントはありません。さらに12月16日付に再申請の結果敷設免許がおりたという事実のみです。1916年10月に認可されないまま着工したことはない。要出典箇所にある1916年着工の記述は誤りだったことを認めますが 債権者の取立のため、軌条を売却し負債に当てる、社員を全員解雇し最低人数を再雇用するは「大分交通40年のあゆみ」に大正9年上半期営業報告書によればとなっているので残したいのですが--Tamrono157会話2018年1月12日 (金) 10:50 (UTC)[返信]

--花村碧会話2018年1月13日 (土) 01:46 (UTC)[返信]

「地方鉄道では事務手続きは主任技術者だよりで許認可手続きはまかせきり、社内が混乱していたため相談せずに起工式をしてしまったと考えてました。」
 この部分他の鉄道の事例であるのでしょうか?そう思った理由が知りたいです。この部分次第ではまだ検討する余地がありそうです。当然ながら残存する鉄道省文書がすべてではないと思います。散逸して抜けている(主任技術者の届出書類等)所もありますからね。
 45听レールも先に準備していたようなので、これは仕方がないことなのですが、軌条を売って云々というのが着手していたとするミスリードだったようにも思えます。
記述は消す必要はないと思います。ですが。1916.10という日付で用地買収なり『工事』に附随する何かしらを始めたという所については、社史以外の視点、新聞等での再確認が必要ではと考えます。加えて、社内混乱の原因となった重役の逮捕の件について何かしら情報があれば助かります。
「地方鉄道では事務手続きは主任技術者だよりで許認可手続きはまかせきり」については三木理史『局地鉄道』塙書房、2009年、84頁ですね。許認可申請を作成するために常時雇用するのは不経済で国鉄退職者の嘱託で間にあわせることが多かったとあります。「主任技術者に断りなく起工式」の具体例は聞きませんが、理由は不明ながら無許可開業した例は富北軌道#船津村 - 鳴沢村大田和間について花巻電鉄#温泉軌道があります。
社史などで書かれた1916年工事着手を単に1917年と書き間違えたとみれなかったのは、1916年10月23日に起工式をしたとする記述(国東町史、大分県交通史)があり、なんで失効日にということで豊州新報と大分新聞を見たのですが国会図書館のマイクロには1916.1917年分はなく、大分合同新聞のDVDに両新聞があったので1916.1917年分のある豊州新報1916年10月-12月分は国東鉄道については失効と再免許の記述のみでした。そのため1916年10月にはなにもなかったと判断しました。
国東鉄道の営業報告書があれば官庁への報告事項、工事進捗状況等がわかるのですが雄松堂の営業報告書集成には収録されていません。(役員の変遷は「大分交通40年のあゆみ」にありました。)
ヨミダスか聞く蔵で国東鉄道で検索すると浜本義顕が逮捕されたとの記事を見つけましたが、その前後の記事が見つからずどういった事件であるかが不明です(コピーするの忘れました)。いまのところお手上げでほかに思いつきません--Tamrono157会話2018年1月13日 (土) 03:08 (UTC)[返信]
新たに資料を見つけました『九州諸会社実勢. 第2次(大正6年刊)』(国立国会図書館デジタルコレクション)巻頭の時によれば福岡日日新聞経済部記者らにより調査した会社実勢だそうで国東鉄道会社の沿革と現状に着工は大正5年11月になっていますね--Tamrono157会話2018年1月13日 (土) 11:43 (UTC)[返信]
調べたら大正5年の社長は後藤田千一ですが地元の徳島で阿波電気軌道の設立に関わっており讃岐鉄道も関係していますから素人とはいえませんね。それと起工式をするとしたら地元の有力者や鉄道院の関係者も招待するでしょうから、しらないでやったちゃったは無理そうですね--Tamrono157会話2018年1月14日 (日) 02:40 (UTC)[返信]
鉄道省文書収蔵箇所一覧をみると鉄道博物館ライブラリーに国東鉄道の鉄道省文書がありました。ここにある鉄道省文書は国有化された鉄道以外は営業報告書である可能性がたかいです。今度いってみます。--Tamrono157会話2018年1月14日 (日) 05:53 (UTC)[返信]
営業報告書を閲覧してきました。第6期(1916年7-12月)工事の項目には工事なし、第7期(1917年1-6月)工事の項目には工事は着々進行し…とありますので1916年着工ではないですね。
ところで1918年5月25日付大分新聞に国東鉄道工事の記事があって、冒頭に「大正五年十一月起工したる国東鉄道は今や工事進捗し…」とあり『九州諸会社実勢. 第2次(大正6年刊)」もそうですが、これらから大正五年十一月起工したと各文献で引用されることになった、と思われます。--Tamrono157会話2018年2月14日 (水) 00:36 (UTC)[返信]
ありがとうございます。国立公文書館所蔵鉄道省文書でも1917.4.1付で着手届、そして工程表も6月末時点で土工10.6%となっています。この日付が工事としては正しいとなるということになりますかね。ですが、T5.11が何を指すものなのかという疑問は残りますね。なにかは行ったわけですし。 --花村碧会話2018年2月14日 (水) 01:15 (UTC)[返信]
第5期(1916年1-6月)には2月17日役員会 諸手続き、起工式挙行その他。第6期には工事着手の準備整うと記述がありますから準備はしていたんでしょうがネックなのは先の免許失効を伝える豊州新報は東京電話となっており会社から取材してませんし大分新聞は大正7年以降しかないことです。--Tamrono157会話2018年2月14日 (水) 01:41 (UTC)[返信]
大変遅くなり申し訳ございません。とりあえず注で大分新聞の記述を残し、あとは鉄道省文書に従うという形で行きたいと思います。仮に11月に着手したとなれば12月末時点での工程表を提出しなければならないわけですので、監督法上の工事に類するものでない土木工事の物であれば辻褄が合うと思います。--花村碧会話2019年5月8日 (水) 23:44 (UTC)[返信]