ノート:和光大学

ナビゲーションに移動 検索に移動

このページは一度削除されています。削除に関する議論は「Wikipedia:削除依頼/「利用者:非公認ふなっしー」によるコピペ案件」をご覧ください。

新たに作家・脚本家の光益公映とモデル・女優の吉田桂子を記入いたしました。~wakabayasi

追加しました。[編集]

wakabayasiと申します。 著名な出身者に逆木桂一郎を追加いたしました。2007年1月24日11時25分(CTU)


図書館とルソーの言葉のレリーフについて[編集]

219.101.90.199 氏は、「大学図書館にはジャン=ジャック・ルソーの「自由を観察するがいい。そしてそれが示す道をすすむがいい」という『エミール』からの言葉が掲げられている」という記述に対して、「図書館には元学長、過去在職者、卒業生などの様々な展示物などがある。大学設立時における建学の精神、理念や図書館設立に関してルソーとは全く関係がない。和光学園および和光大学の自由教育(学風)とは沢柳政太郎の大正自由教育運動から発展したものであり、ルソーの思想を根幹として発展した教育ではない。大学であるゆえ、様々な考え方の学生や教職員が存在するが、ルソーの思想と和光大学の学風、学生気質とは現実的に無関係である」としているが、これはまったく不当な解釈である。大学図書館に件のルソーのレリーフは現実に存在する(それともいまは外されたのか?)。まずこのことを記述した文を、自身のよくわからない(ルソーがよほど嫌いなのでしょうか?)主観的な価値判断で削除することには強く反対する。削除撤回を求めます。

 また、大学の理念とルソーとの関係についても、創設者である梅根悟自身がルソーをこよなく研究しており、著作もあることから、「現実的に無関係である」とはいいえない。現在の大学にルソーがどこまで影響しているかという「現在の現実」と、「歴史的現実」としての歴史的経緯とを混同しないでください。 --220.214.62.64 2008年6月23日 (月) 11:39 (UTC)

ルソーの言葉削除について[編集]

西方さん、ご意見ありがとうございます。 澤柳政太郎の胸像設置について梅根学長は、小さな実験大学の中で詳しく述べています。また、和光と澤柳政太郎の繋がりについても述べています。 和光学園、和光大学の公式ホームページにも、その事は記載されています。西方さんの言うルソーの名前などどこにもありません。 梅根学長か゛明確に和光大学の建学の精神、理念、学風はルソーの思想を元に生まれた、大変な関係があるなどと発言したのですか? それと西方さんにお聞きしますが、ルソーのレリーフはいつ、誰が、何の為に、どういった目的で置いたのか(歴史的経緯)説明して下さい。 梅根悟は和光大学の学長である前に、一人の偉大な西洋教育史の研究者でした。学者としてルソーを研究しても不思議ではないでしょう。だからと言ってそれが和光大学の建学の精神、理念、学風と関係しているとするのは個人的な主観論でしかないと思います。そんな事を言ったら、色々な古典的思想はすべての大学の精神と絡んできてしまいます。 ルソーの思想と関係して、今日の和光大学の学風があるなどと考えている(色々な考え方の人がいる為)学生は皆無とは言いませんが極少数だと思いますよ。 ウィキペディアについては基本原則として、独自の調査をしない、検証が可能でなければならない、独自の研究はのせない、とあります。 十分な削除理由に該当すると考えます。--219.101.90.199  2008年6月24日 2:50

219.101.90.199 さんへ。 まず私は和光と澤柳政太郎との関係についても触れておりませんし、それを否定するわけでもありません。 また、私は和光=梅根をルソーに還元するつもりもありません。

それから、梅根悟とルソーとの関係については、まず「ルソー『エミール』入門」や数々の論文を私は念頭に置いていました。いまは手元に資料がないので典拠はできませんが。  おっしゃるとおり梅根悟はルソーにとどまらずコメニウス、ペスタロッチ、シュライエルマッハーやフンボルトなどのベルリン大学の人々、デューイその他およそ西洋の教育思想家すべてを網羅するかのごとく言及しています。ただ、梅根について知っている限りでいうと、なかでもルソー、コメニウス、シュライエルマッハーおよびベルリン大学のモデルは重要だと思いますが、たしかにこれは一般的に普及した見解であるとはいいえないでしょう。その意味ではこれは「私見」にすぎず、「独自研究」といえるかもしれない。ですがたんなる「主観論でしかない」というのはいいすぎでしょう。 というか、たしかに典拠を示すべきですね。いずれ時間があればやろうと思います。

また「ルソーの思想と関係して、今日の和光大学の学風があるなどと考えている(色々な考え方の人がいる為)学生は皆無とは言いませんが極少数だと思いますよ。」、これについては私は関知しませんし、いまの教職員や学生の認知度はまったく関係ありません。

私が言及しようと意図しているのは、あくまで梅根悟であり和光の初期の実践のことです。 ただ、私は流れでこうして意図を明示しておりますが、それらの「歴史的経緯」についても本当にやるとなると膨大な資料にあたらなくてはならなくなる。ですから、あくまで、事実存在するレリーフについてのみ、「それがある」と記述したまでです。

ルソーのレリーフはいつ、誰が、何の為に、どういった目的で置いたのかについては私は知りませんし、いまの図書館員に聞くともしかするとわかるかもしれません。繰り返しになりますが、「ルソーのレリーフがある」と記述したのみですので、為念。

さらにいえば、ルソーのレリーフが掲示されているのは日本では和光図書館だけではないでしょうか?ちょっと調べようがないですが。あるいは世界的にも希少だとも思います。私は卒業生で、少なからず母校愛もありますが、そうした個人的な感慨を抜きにしても、これをもって「和光の特色」、ユニークさを示すと考えております。


おわかりいただけますでしょうか?--220.214.62.64 2008年6月25日 (水) 08:00 (UTC)


上記ルソーの言葉削除に関しての誤記について[編集]

上記ルソーの言葉削除に関して誤記がありますので訂正します。 相手先、220.214.62.64とする所を和光大学変更履歴にある西方氏と混同してしまいました。 西方氏→220.214.62.64氏の誤りです。 西方氏には深くお詫び致します。--219.101.90.199  2008年6月24日 4:00

ルソーの言葉についての提案[編集]

度々、コメントをして申し訳ございません。 ルソーのレリーフの件ですが、やはりレリーフと建学の精神、理念、学風とは直接的には関係がないと思います。 梅根学長自らが、(設置)置いたものでもありませんし(図書館を利用した事のない昔の卒業生の方もいらっしゃると思います)。 しかしレリーフが存在している事も事実です。本来ならば図書館の説明および解説に関しての箇所で記述する言葉であると思います。 しかしながら、図書館に関しての記述が現在ないのも事実で、220.214.62.64さんの言葉を記述したいと言うお気持ちも理解できると思います。 それで、妥当かどうかは判りませんが一時的にでも学風および特色の箇所に記述しても良いと思っています。図書館に関しての記述が掲載された時には、その箇所に移動させ詳しく記述すると言う事でいかがでしょうか。 また言葉に関しては、「自然を見よ、そして自然の教える道に従ってゆけ」の記述でどうでしょうか。 偉そうな事を言っていますが、管理人ではありません。また訂正が入る可能性はあるかも知れませんが。--219.101.90.199  2008年6月24日 7:38


了解しました。 それから、「訂正」はもちろん歓迎すべきなので、219.101.90.199 さんの見解をこう続けるといいかと思います。

「ただし、現在の和光大学でルソーとの関係が特に公式に認知されているわけではない。」 など。

--220.214.62.64 2008年6月25日 (水) 08:00 (UTC)

あと原文ではうろ覚えですがovservez だったかと思います。これは翻訳の問題なのですが、『エミール』も事情でいま手元にないのですが岩波文庫の訳だと「自然を観察するがいい」あるいは「自然を見るがいい」だったかと思いますが、とりあえず訂正ございましたらまたあらたに合議しましょう。とりあえず記述を掲載します。 --220.214.62.64 2008年6月25日 (水) 08:10 (UTC)


ovservezでなくobservezでした。英語だとobservationの動詞observeで、むろんルソーのそれはフランス語ですが、regarderなどではないこと、そして内容とルソーの博物学や人類学的なものへの興味などからいって、やはりこれは「観察」の方が好ましくはないでしょうか。なお、岩波文庫の今野一雄訳では「観察」でした。上巻p.42より。--220.214.62.64 2008年6月25日 (水) 14:09 (UTC)

松本三女入学拒否事件の記述について[編集]

「三女の入学拒否を決めた時の学長は、『差別論ノート』の著書がある三橋修(社会学)、人間関係学部長は、フェミニズム学者として有名な井上輝子であったことから、少数派の権利擁護を唱える学者のやることとは思えないという声も上がった」という記述がありますが、入学拒否を決定したのは当時の教授会と職員つまり大学全体だと思います。当時の学長・学部長に「代表責任」はあるかと思いますが、それをもって事件の責任のすべてを二人に帰すような記述は不公正だと思われます。

 また、この事件についてはなぜかとりわけ和光のみがマスコミと一部の弁護士にバッシングされるなど、偏向もありました。そこで、もしこの事件を記述するのであれば、事件への肯定論・否定論ともに合わせて、より詳細に記述する必要があるかと思われるので、項目として独立させることを提案します。   --220.214.62.64 2008年6月25日 (水) 08:25 (UTC) 不公正ではありません。このような不毛な議論は無意味です。大学は「学校法人」ですから、私学助成金も受けとる。法人の責任者はいったい誰ですか? ご指摘のような批判は当たらない。「代表責任」は造語です。松本三女の入学を拒否したのは、学校法人です。学長や学部長どころか、法人の問題です。「二人に帰す」のではなく、二人も同罪、そして学校法人も問題なのです。詳述などする必要はない。要は、学校法人としての選択と、職責のある方々のチョイス、そして結論中で、誰が責任を負うべき話で、「二人に帰すような既述は不公正」という方の不公正観を疑う。バッシングとか偏向とか、それは私的な感覚でしょう。客観的ですか、その言葉。もし、否定・肯定論で論ずるなら、これは永遠に解決出来ないことになる。項目として独立の「意味」も分かりません。従って、現状ではそのままの既述で構わないと思う。--Tokkan koji 2009年9月27日 (日) 13:54 (UTC)

ルソー レリーフの誤認識[編集]

220.214.62.64さんへ、

ルソーのレリーフに関して、いつ、誰が、何の為に置いたのか分かりませんと言っていますが、分からないのに記述していいのですか? 言葉の意味(訳)、脚注、を勝手に記述していますが「独自の研究」になってしまいますよ。 和光大学ホームページ、和光大学通信、第32号、1984年の中で、このレリーフに関しての詳しい経緯が記載されています。 当初は、「すべての人の前にひらかれている一冊の書物、それは自然だ」にしようとしたが、原文がうまく切れない為「自然を見よ、そして、自然の教える道に従ってゆけ」になった事。言葉の意味(訳)は、梅根学長自身の言葉の解釈(訳)を記述しています。岩波文庫からの引用ではありません。 和光大学附属梅根記念図書館は、初代学長、研究者としての業績を、評価し記念してその名前が付けられました。

220.214.62.64さんに対しては、ウイキペディアの基本原則をよく理解したうえで慎重に記述をして頂きたいと思います。

また、ルソーとの関係について公式には認知されていないとありますが、認知されるも何も、本人(梅根学長)、大学側も大学の理念、精神との関係について公式に何も言及していないのですから、あえて記述する必要はありません。(沢柳精神と和光学園、大学の精神に関しては詳しく述べている) いくら卒業生とは言え、現在の大学の姿勢を尊重するのは当たり前ではないのでしょうか。

また、コメニウス、ルソー、などの名前を記述されていますが、和光大学学長梅根悟と、個人(研究者、教授)としての立場を分けて考えるべきだと思います。 現在の学長も含め歴代の偉大な学長は、これまでの学園が歩んで来た精神を立場上、十分に尊重して運営しなければなりません。その意味に於いて、その部分の表現は和光大学のページに載せるのではなく、梅根悟個人のページに記載するのが妥当であると思います。 --219.101.90.199  2008年6月27日 8:50


私の記述は出典を明記したものであり、したがって、wikipediaの原則である「検証可能性」に準じたものです。 また、219.101.90.199 さんは私があたかも悪意で編集しているかのような言い方をされていますが、そのような言い方はお止め下さい。


和光大学ホームページのどこにレリーフに関しての詳しい経緯が記載されていますか?探せないのでリンクをお願いします。

日本語表記については納得しました。「自然を見よ、そして、自然の教える道に従ってゆけ」とはリリーフにそう記してある文ですよね?

>いくら卒業生とは言え、現在の大学の姿勢を尊重するのは当たり前ではないのでしょうか。

あなたは大学関係者なのですか?あなたは現在の和光大学を代弁できるのですか?もしそうならその根拠を明示してください。

>また、コメニウス、ルソー、などの名前を記述されていますが、和光大学学長梅根悟と、個人(研究者、教授)としての立場を分けて考えるべきだと思います。

そのように分ける積極的な理由はありません。


>現在の学長も含め歴代の偉大な学長は、これまでの学園が歩んで来た精神を立場上、十分に尊重して運営しなければなりません。

文章の意味がわかりません。


>その意味に於いて、その部分の表現は和光大学のページに載せるのではなく、梅根悟個人のページに記載するのが妥当であると思います

梅根初代学長が和光大学の創設者のひとりであり、それどころか、梅根学長のさまざまな言葉や提言なしに和光大学はありえなかったことを考えると、 代表的な創設者といっていいでしょう。それゆえ、和光大学がいかに作られたかを説明するさいに、梅根悟についての簡単な紹介は必要です。--220.214.62.64 2008年6月28日 (土) 16:51 (UTC)


あともうこれ以上は繰り返しませんが、梅根がルソーを研究していることは著作や論文の存在によって明らかです。またレリーフも事実存在しております。反証したいのであれば、梅根がルソーを研究していないこと、そしてレリーフが存在しないということを論証してください。あなたの解釈こそ主観に基づく無根拠な、あえていえば「政治的な」見解にすぎない。

原文は手元に原著がないので、うろ覚えですが、「Observez la nature,et suivez la route d'elle …」だったかと思いますが、最後の動詞などレリーフに記された原文をご存知でしたら、表記をお願いします。--220.214.62.64 2008年6月28日 (土) 17:03 (UTC)


http://www.wako.ac.jp/library/about/memorial_hall/index.html には梅根記念室についての概説しか掲載されておりません。レリーフについての説明が「和光大学通信」32号にあるとおっしゃるのであれば、その当該文章を明記してください。

 ただし、レリーフの存在についてはあなたですら認めておられるわけですから、「ルソーの言葉が刻まれたレリーフがある」という記述は、レリーフを現実に取り除かないかぎり、削除しえません。

いま本文を見直していたら脚注を「『ルソー「エミール入門」』、梅根悟著、明治図書より引用された」と変更しておりますが、これはどういう意味ですか?もしわたしの編集意図に同意されるようでしたら、この脚注は不要だと思いますよ。翻訳文についてはすでに私も認めたように、レリーフにある通りでいいですし、岩波文庫版の脚注などはたしかに不要でした(あくまであなたとの折衝において必要かと思われたまでです)。

  もしあなたが現在大学に恒常的に通勤なり通学なりされているのでしたら、ぜひレリーフに記載してあるフランス語原文の記載をお願いします。--220.214.62.64 2008年6月28日 (土) 23:07 (UTC)


追伸です。「独自研究」というのは主に検証不可能な記述についての言葉です。私のように出典を明記している場合、しかもページ数まで明記しているわけですから、最低その当該ページはお読み下さい。そもそも明記された出典を「消す」というのは、検証可能性の原則を侮辱したものですよ!   どうもあなたはルソーの件の言葉が「エミール」からの引用であるという私の指摘が「独自研究」であるかのように思われたようですね。私は学生のころ、当時地下に保存してあった梅根悟の蔵書のなかからルソーの原著を見いだし、梅根のメモなどを見て楽しんでいた時期がありました。そのころ、梅根悟の著作はほぼ目を通しました。そのとき、いまはどの書籍であったかは忘れましたが、あの言葉が「エミール」のなかにあるのを聞き及び、ついで実際に、当該箇所を岩波文庫版なり白水社版なりで点検したのです。あなたの無根拠かつ無節操な編集を見るかぎり、どうもあなたはまだ若い学生のようです。いずれにせよ、出典はページ数を明記しないと点検しようがない。「『ルソー「エミール入門」』、梅根悟著、明治図書より引用された」という文章は明らかに出典を明記しておりませんし、むしろ私のこのノートでの発言を典拠にしていますよね?繰り返しになりますが、レリーフの言葉が「エミール」からの文章であることを私は論証しているわけですから、もしそれを否定したいのであれば、岩波文庫版42ページをお読みになり、できればエミールの原著にあたってください。そのうえでレリーフでの言葉について編集してください。あなたの行なった脚注編集は不正確なため削除します。--220.214.62.64 2008年6月28日 (土) 23:31 (UTC)



220.214.62.64さんへ

梅根学長がルソーを研究してはいないなどとコメントしましたか? すべてそうですが、ノートでの会話並びにウィキペディアの基本方針をよく読んで確認してから発言してください。--219.101.90.199  2008年6月29日 10:04


そんな「ご教示」はそのままあなたへお返ししますが、まず私の問いかけに応答してください。説明責任を果たさないという点で、あなたの編集/削除行為は、「荒らし」ともいえるのですよ。結局、記述は議論(?)以前のものに戻り、どうもあなたはそれで納得されたような状況からするに、あなたが行いたかったことは訳文の問題だったのでしょうかね。もしそうなら、その旨編集されればよかったのであり、突然あなたは全文削除したわけですからね。でもまあもういいのですが。ただ、「検証可能性」の原理や、善意の編集を差し戻してはならないといった規則などは認識してください。--220.214.62.64 2008年7月2日 (水) 06:34 (UTC)

「和光大学の人物一覧」への分割について[編集]

人物一覧の項目がガイドラインの「ページ中で特定の説明だけの分量が多く、明らかにバランスを失している場合」に該当していると思われるので、分割を提案・意見を募集します。 7日間反対意見がない場合は分割を実行したいと思います。--119.230.120.63 2013年11月2日 (土) 10:44 (UTC)