ノート:呉の滅亡 (三国)

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改名の提案[編集]

タイトルが簡潔を欠きます。 蜀漢の滅亡と同じく呉の滅亡に改名した方がいいと思いますが、いかがでしょうか。--希望 2010年3月31日 (水) 06:15 (UTC)

」と呼ばれる国はいくつかあるので、「孫呉の滅亡」「東呉の滅亡」など、三国時代の呉 だとわかるようにしたいところです。--Su-no-G 2010年3月31日 (水) 07:21 (UTC)
「呉の滅亡」だと横山光輝が「史記 呉の滅亡」という漫画を出しているので、春秋時代の呉のことだと思われそうですね。自分は「孫呉の滅亡」が良いと思います。--蒲生直義 2010年3月31日 (水) 12:53 (UTC)
翻訳者ですが、「孫呉の滅亡」「東呉の滅亡」でもかまいません。--Wushi 2010年3月31日 (水) 14:23 (UTC)
記事名の統一を考えて「呉 (三国)の滅亡」でどうでしょうか。--Joffed 2010年4月1日 (木) 03:12 (UTC)
私は後者(Joffedさんの案)の方がいいと思います。一応、「完結なき世界」『三国志Ⅳ』徳間書店1979、p323にも、「呉の滅亡」として記事はあります。孫呉という言葉も、知っている人はよく知っていますが、史書やある程度専門的な三国志関連書籍以外に出てくる用語ではないので、知名度的に微妙かもしれません。--希望 2010年4月1日 (木) 11:37 (UTC)
私はカッコ付きでも構いません。後はよろしくお願いします。--Su-no-G 2010年4月1日 (木) 13:32 (UTC)
リンクを貼る手間を考えると「呉の滅亡」又は「呉の滅亡 (三国時代)」か「孫呉の滅亡」の方がシンプルになると思われます。なお、陸機の『弁亡論』には、「太康の役」という呼称が用いられています。この名称を採用することも一考に価するのではないでしょうか。--Kangoshiyouichi 2010年4月1日 (木) 14:09 (UTC)
「東呉」というのは中原の王朝(魏)から見て東にあるからそう言うのだと記憶していますが、三国の呉を他の時代の呉と区別する目的で「東呉」と呼んでいる例はあったでしょうか。私には覚えがないので、他の時代の呉と区別する目的なら「孫呉の滅亡」か「呉の滅亡 (三国)」が妥当ではないかと思います。とはいえ、他の時代の呉の滅亡に関する記事が現に存在しないのなら、単純に「呉の滅亡」でも問題ないと思います。「太康の役」は正史の注にある名称ですから出典としては申し分ないですが、知名度がかなり低いであろうことをどう評価するかが考え所ではあります。
ところで、仮に「孫呉~」や「呉 (三国)~」が採用された場合、呉の滅亡には何も置かないんでしょうか。--Arawodas 2010年4月1日 (木) 14:22 (UTC)
曖昧さ回避またはリダイレクトを置くべきかどうかの提案と判断いたしましたが現時点では不要なのではないでしょうか。--Tiyoringo 2010年4月3日 (土) 06:07 (UTC)
おっしゃる通りの意味です。必要という意見がないなら、それはそれで構いません。--Arawodas 2010年4月3日 (土) 14:47 (UTC)
前の発言と矛盾するようですが、「太康の役」はそれはそれで悪くはないと思います。戦闘の名前、もしくは作戦名ですし、~の滅亡、と題するよりネーミングとして自然かもしれません。もしそれが悪ければ、呉の滅亡を次に推薦したいです。孫呉という言葉は書いたような理由以外にも、少しニュアンス的に違和感を覚えてしまいます。この言葉は、文脈上、純粋に国名として使用される言葉でしたっけ。確かにそうかもしれませんが、例えば魏の事跡を曹魏(そうした用語も実際にありますが)と書いて説明する記述があったとしたら、皆様はどう思われますか。派閥問題など、曹氏が一族として深く関わってくる問題で、曹魏と言われるなら言葉の使い方として自然ですが、それ以外の例えば鉱山から治水から、魏の行政一般に全て曹魏と書いて表現したら、少し違和感を感じませんか。孫呉も、それと同様で孫氏一門が一族(まだ宗族は生まれていないですよね)として深く関わってくる事柄以外で、一般にこの国を指す用語として「孫呉」と書いてしまうのは、そんなに自然ではないかもしれませんし、他に選択肢があるなら避けたいところだ、とは思ってしまいます。--希望 2010年4月8日 (木) 22:12 (UTC)
自分も「太康の役」は悪くないのではないかと思います。蜀漢の滅亡の記事のときは、剣閣と綿竹の戦いを含む一連の軍事キャンペーンの名前に出典が見当たらなかったため「蜀漢の滅亡」としました。恥ずかしながら「太康の役」という呼び名を知らなかったので次善として「孫呉の滅亡」を推しましたが、きちんと出典のある名称が存在するならそれを使うのがよいと思います。--蒲生直義 2010年4月16日 (金) 10:39 (UTC)
「呉の滅亡」ではアバウトすぎるので、やや語弊があっても「孫呉の滅亡」のほうが良いと思います。--秋田城之介 2010年4月17日 (土) 04:30 (UTC)
議論が止まっているようですが、どういうことになるのでしょうか? 私は知名度に問題があっても「太康の役」で悪くないのではないかと考えますが。--モンゴルの白い虎 2010年5月16日 (日) 23:38 (UTC)

(インデント戻します)今のところ議論の内容は、知名度が低くても正史に登場する名称「太康の役」を使うかどうか、に絞られてきているようです。明確に「太康の役という名称に反対」という意見が出ていないので、このまま反対意見が出なければ「太康の役」への改名でいいのではないかと思います。--蒲生直義 2010年5月24日 (月) 03:22 (UTC)

陸機の『弁亡論』には、「太康の役」という呼称が用いられる というのは一次史料の直接解釈です。研究者間でこの呼称がある程度一般化しているのでしょうか?そうであれば反対はしませんが。--秋田城之介 2010年5月24日 (月) 09:22 (UTC)
「太康之役」の用例がどれほどあるかを、台湾中央研究院の漢籍電子文献でとりあえず検索しましたが、陸機の「弁亡論」以外での出典は見いだせませんでした。また日本の歴史書を見ても、この語が用いられているわけでもなく、研究者の間でも通行しているというわけでもないようです。これらの事情を鑑みて、私としては「太康の役」の改名には躊躇したいところがあります。--Joffed 2010年5月24日 (月) 10:54 (UTC)
三国時代後期を扱った書籍で学者の手によるものとして、『西晋の武帝 司馬炎』という本があるのですが、この本にも「太康の役」という表現は出てきませんね。「呉の平定」となっていますし。あくまで「呉 (三国)の滅亡」より適切と思われる候補の一つとして挙げてみただけです。--Kangoshiyouichi 2010年5月24日 (月) 14:11 (UTC)
定まった名称がない、ということであれば記事名の付け方には大きな選択の余地があるわけですが、ならば(曖昧さ回避のための) ( ) を含むような記事名だけは避けるべきだと考えます。「太康の役」が必ずしも適切でないとすれば、私にはそれ以上のことは申せません。--モンゴルの白い虎 2010年6月4日 (金) 15:43 (UTC)
( ) を含むような記事名を避ける意味でも、私としては「蜀漢の滅亡」に対応した状態と言えるかはわかりませんが、「孫呉の滅亡」を押したいと思います。--秋田城之介 2010年6月5日 (土) 03:40 (UTC)
私が改名案として「呉 (三国)の滅亡」を提案したのは、ウィキでの三国時代の呉の記事名が「呉 (三国)」であることを考慮し、それとの統一を取るのがいいのではないかと単純に考えたからですが、おっしゃるような「()を含む記事名を避けたい」という理由が今ひとつ分かりません。単に「呉の滅亡」では指すところが曖昧だから良くないという理由ならば分かるのですが、その曖昧さを避けるための()をつけるのだけは避けたいという理由を(例えば記事名として現にある「呉 (三国)」は良いが、「呉 (三国)の滅亡」はどうして良くないかなどのように)、よろしければ説明していただけると幸いです。--Joffed 2010年6月5日 (土) 09:37 (UTC)
(三国) は単なるを単独で用いる際の曖昧さ回避のため便宜上付けられているものですので、記事名本体に混入している状態は適切とは言えないと考えます。むしろ呉の滅亡 (三国) ないし呉の滅亡 (魏晋南北朝) とした方が、記事名の形態としては適切でしょう。
ところで、記事名は呉を中心とする視点から考えられていますが、西晋を主体に置いて西晋の江東征服(例)といった具合にするのは問題があるのでしょうか?--モンゴルの白い虎 2010年6月5日 (土) 10:12 (UTC)
早速のご返事ありがとうございます。なるほどおっしゃる理由もよく分かりました。私の提案もとりあえずのもので、特に固執するつもりはありません。おっしゃるように()をつけるなら最後にするか、あるいは新しい提案の「西晋の~征服」でもいいかと思います。--Joffed 2010年6月5日 (土) 10:21 (UTC)
あと、極論すればどうとでも記事名が付けられるのに、曖昧さ回避しなければならないような記事名を選ぶべきでもないだろう、というのが私の認識です。その意味で、最初に挙げた例は曖昧でない記事名がどうしても付けられない場合の候補といえます。それで、「呉」そのものを使用せずに記事名を付けられないか、という発想から後段の疑問が生じた次第です。--モンゴルの白い虎 2010年6月5日 (土) 11:09 (UTC)

議論が停滞していますが、提案させていただきます。「呉の滅亡 (三国)」か「孫呉の滅亡」あたりが適当だと思うのですがどうでしょうか?いずれも現状よりは改善かと。--秋田城之介 2010年8月7日 (土) 09:55 (UTC)

私は「呉の滅亡 (三国)」か「大康の役」でいいと思います。理由は上記した通りで、ただしご指摘の通り「大康の役」が、日本(含め東洋の)の史学界でこれまで使われたことのない用語だというのは確かで、そうなると結果的にwikipediaが新しい用語を作ってしまうことになるかもしれません。そのことを丁度表す名称がないので仕方がない、とも言えるかもしれませんが、今までwikipediaで行われてこなかった、どちらかと言えば避けられていた試みにあたるかもしれません。他の皆様のご意見も伺いたいです。--希望 2010年9月8日 (水) 05:07 (UTC)
では、呉の滅亡 (三国) という方向でもう少し待ちましょう。--秋田城之介 2010年9月12日 (日) 11:34 (UTC)
議論に長い間参加してないですみません。呉の滅亡 (三国)でいいと思います。春秋時代や、五代十国時代の呉の滅亡の記事がいずれできるときは、括弧内をそれぞれ春秋時代、五代十国時代で対応できますし。--Wushi 2010年9月12日 (日) 12:08 (UTC)
1月たっても異論が出ないようですので、10/17(日)0:00(UTC)を持って異論がないようならば、呉の滅亡 (三国)に変更したいと思います。--Wushi 2010年10月11日 (月) 12:51 (UTC)
放置してしまい申し訳ありません、Wushiさんの提案に同意いたします。--秋田城之介 2010年10月17日 (日) 04:16 (UTC)
チェック 異論がなかったので記事名を移動させました。--Wushi 2010年10月17日 (日) 04:27 (UTC)