ノート:吉原直樹

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ハーヴェイ訳書の件[編集]

誤訳問題について。

>「信頼できる第三者によって公表された情報源」がないため、コメントアウト とありますが、このブログで指摘されている誤訳がなされているのはいずれも事実です。情報源の内容は、十分信頼できるものです。 翻訳過程での院生のかかわりについては、訳者自身が訳書中で述べています。 この誤訳問題は重要であり、読者の知る権利を護らなくてはなりませんから、コメントアウトは解除いたします。--122.212.165.242 2008年3月13日 (木) 02:07 (UTC)[返信]

当該編集を拝見しましたが、ウィキペディアの公式方針であるWikipedia:検証可能性には、「ウィキペディアに執筆してよいかどうかの基準は「真実であるかどうか」ではなく「検証可能かどうか」です」とあります。この「検証可能性」について、同文章内では、「自費出版物、個人のウェブサイトやブログは、原則として適切な情報源としては認められません。(中略)例外となりうるのは、関連分野において著名な専門研究者や有名ジャーナリスト(記者)が自主公表した場合でしょう」とされています。今回のハーベイの件の出典ブログは「開設者が明らかにされていない」ため、この例外要件に当てはまらず、したがって、当該記述は執筆の基準を満たしておりません(そもそも、当該ブログ自体、閲覧できない状態になっている)。
さらに、Wikipedia:存命人物の伝記には、「「存命人物の伝記」の執筆時には特段の注意を払わなければなりません。「存命人物の伝記」には一定の配慮が必要であり、また下記の基本方針を厳守しなければなりません」として、この「検証可能性」が挙げられています。しかも、「党派的ウェブサイトや読者の限られたあまり知られていない(obscure)新聞にしかない情報は取り扱いに注意すべきであり、もし名誉毀損の恐れがあれば、そもそも用いるべきではありません。自主公表された本や新聞、ウェブサイトやブログによる情報は、伝記本人のものでない限り、決して使うべきではありません」とあり、以上の基準を満たさない「否定的な題材は存命人物の伝記とそのノートから除去すべきです—その際の除去は議論無しで行なっても構いません」とあります。
したがって、当該記述をいったん除去させていただきます。もちろん、「読者の知る権利を護らなくてはなりません」とのご見解には異論ありません。学界において正々堂々たる開かれた議論がなされていけばよいのだと思います。--Amur 2008年3月20日 (木) 09:40 (UTC)[返信]