ノート:優生学
整理
[編集]おそらく英語版を翻訳したものとは思われますが、構成はいったりきたり、また重複も冗長な記述も多く、とても可読性を備えておりません。時間をみつけて、これから再編集していこうと思いますが、議論はこのノートでお願いします。--西方 2011年7月11日 (月) 17:01 (UTC)
英語版も2011年10月現在では随分と加筆されているようです。とりあえず現在の冒頭部分を試訳してみました。--Sarandora 2011年9月30日 (金) 18:20 (UTC)
疑問
[編集]http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1441060294 ←を見てココにたどり着きましたが、全然内容が違っていました。 Wikipediaより抜粋 ナチス以降優生学は間違いだとされ、それを研究する者は偏見の目で見られ迫害されていた。 しかし近年慶應義塾大学の安藤寿康教授が、約7000組の双子を対象に「遺伝」と「環境」の影響を調査した。 この研究によって、性格や能力、学力などが【遺伝子】に左右される事が分かってきた。 また、競馬に使われる馬(サラブレット)や、農業分野で行われる育種学は優生学その物であり、これを証明していると語った。
人の文章を編集したらいけないんじゃないのですか? --YF21(会話) 2012年5月3日 (木) 23:43 (UTC)
- はじめまして。山田と申します。YF21さんのWikipediaへの参加を歓迎します。
- YF21さんがYahoo!知恵袋でご覧になったコメントは「2010/5/21 23:34:10」のものですので、コメントした方が見ていたこの記事の版は、こちらの内容であろうかと思います。その時点の内容は、その後、いろいろと編集が加えられて現在の形になっていますし、これからも同じように記事へは新たな編集が加えられていくでしょう。これは、誰でも編集できることが特徴である Wikipedia においては当然のことです。
- 「Wikipedia:ガイドブック_著作権に注意#GFDLとは?」に簡単な解説がありますが、Wikipedia に書き込まれた内容は、別の誰かが編集することを前提として書き込まれたものです。一般的に、著作物には著作権は発生し、適切な手続きによらなければ、勝手にほかの「人の文章を編集したらいけない」わけですが、Wikipedia の記述は、誰でも編集できるものでなければならないので、記述を書き込んだときに、他人がその内容を編集することを認める、という約束ごとをしています。これがGNU Free Documentation License (GFDL) と呼ばれるものです。
- つまり、GFDLによって自由に編集してよいことが書き手によって認められている文章が、Wikipedia の記事になっているわけです。もし、YF21さんが、何かの記事をよりよく書き換えるべきだとお考えになれば、自由にそうできますし、また、その後で別の誰かがYF21さんが書いた記述をさらに編集することも自由にできるのです。
- なお、記事がこれまでどのような編集を経て現在の形になったのかは、記事の右上にある「履歴表示」をクリックすれば、最初に記事が作られたときからすべての過程を見ることができます(法的問題など不都合があって見えないようにされている版は別です)。例えば、この「優生学」の記事がどのような変遷を遂げてきたのかも詳細に追跡することができます。上記の版からはじめて、「次の版→ (差分)」と書いてあるところの「差分」をクリックしていけば、少しずつ編集が重ねられていく様子を再現することも可能です。ご参照いただければ幸いです。--山田晴通(会話) 2012年5月4日 (金) 02:45 (UTC)
- 丁寧な説明に感謝致します。有難う御座いました。納得しました。--YF21(会話) 2012年5月8日 (火) 14:24 (UTC)
優生学の問題点の不備
[編集]遺伝的多様性、近交弱勢、遺伝病、できれば倫理などの観点から見た優勢学の問題点についてのまとまった記述が無いためこれを加えるべきかと思います。資料さえそろえば私がやろうかと思いますが。利用者:霧島2013年1月16日 (水)
外部リンク修正
[編集]編集者の皆さんこんにちは、
「優生学」上の1個の外部リンクを修正しました。今回の編集の確認にご協力お願いします。もし何か疑問点がある場合、もしくはリンクや記事をボットの処理対象から外す必要がある場合は、こちらのFAQをご覧ください。以下の通り編集しました。
編集の確認が終わりましたら、下記のテンプレートの指示にしたがってURLの問題を修正してください。
ありがとうございました。—InternetArchiveBot (バグを報告する) 2017年9月26日 (火) 06:02 (UTC)
構成
[編集]第一段落に安楽死に関する話題を入れるのは、優生学の概説であるべき第一段落の内容としてやや不自然に思います。--shinsa82(会話) 2021年4月19日 (月) 17:33 (UTC)
優生思想という日本語
[編集]この記事は、eugenicsに対応する優生学を解説する記事であり、つまり「不良な子孫の出生防止」や「優れた子孫の出生促進」についての学問、歴史、政策などの解説です。一方で日本語には優生思想という言葉もあり、これは本来は優生学と同義ですが、1970年代以降、「(遺伝や生殖とは関係のない)障害者差別・弱者差別」という、優生学とは異なる意味で使われることがあります[1][2]。このように異なる意味での優生思想という言葉を出すと混乱を生じて問題があると考えます。
優生思想を元々の意味で使っているならいいのですが、優生思想→優生学と置き換えて意味が変わったり、意味が通らなくなる文章で使うのは問題があると思います。(世界的観点からも閲覧者を限定するような表現は良くない)
ただ日本についての節では、優生学とは異なる意味と説明したうえでなら使っても問題ないと考えます。専用の節を作りました(記事の主題とは異なるので下の方に)。--Maulits(会話) 2022年12月3日 (土) 07:20 (UTC)
出典と編集について
[編集]「優生学」という言葉が辞事典・学術論文でどう定義・解説されているかについて、要約を導入文に、一覧表を概要に加筆しました。方針上掲載すべきは専門家たちの共通見解です
。
『ブリタニカ百科事典』に基づく記述については復元・加筆しました。WP:RSでは事典について著者の記名がないものは〔…〕専門家の手によるものと同等の信憑性を期待することはできませんが、ウィキペディアの目的には信頼できる情報源
だとされています。そして『ブリタニカ国際大百科事典』の中には信頼できる三次資料として利用できる記事が多数ある
とされています。
『ブリタニカ百科事典』は著者の記名があり、また『ブリタニカ国際大百科事典』の原典でもあるため、『ブリタニカ百科事典』に基づく記述を復元・加筆しました。なお、和訳は112.139.45.55さんの和訳[3]を参考にしました。
「19世紀末から20世紀半ば … 信念と実践である」という文は、ほとんど出典からの直接引用だったため、直接引用であることを明示するためにTemplate:行内引用を使いました。
またWP:NPOVとWP:NPOV#良質な研究を踏まえ、導入文における非学究的資料や報道資料や明記の無い出典等に基づく記述を、「概要」の表の続きへ移動させました。優生学は分野としておおむね科学史・医学史・思想史・哲学史━━または歴史・科学・医学・思想・哲学━━に属しています。方針上主流の新聞などは、信頼できる情報源
ですが、とくに歴史・医学・科学分野のときは、学術的で査読を経た出版物が存在する場合、それが最も信頼できる情報源です
。またWP:RSでは、大学で使われる書き下ろし教科書
ももっとも信頼できる
とされています。WP:RS#歴史では、非専門家が書いた一般書は基本的にウィキペディアの出典としては相応しくない
。専門家製の一般書はほとんどが「信頼できる情報源」ですが、学術論文・専門書と比べてかなり割り引いて考えなければならないでしょう
。WP:RS#自然科学、数学と医学では一般向けの新聞や雑誌の情報源はたいてい、科学や医学の記事に対しての情報源として信頼できません
。
また、「優生学」の定義・解説では優生学は、優生学復活(新優生学・リベラル優生学)等とおおよそ区別されています。そのため、導入文における優生学復活(新優生学・リベラル優生学)等の記述は、「概要」の表の続きへ移動させました。
なお、この記事の特に医学や科学を扱っている箇所についてはTemplate:医学の情報源・Template:要出典医学・Template:要出典科学も必要かもしれません。--Tilestat(会話) 2024年1月8日 (月) 15:05 (UTC)
- 前後のIPとのWP:ILLEGITの疑いが非常に強いですが、一応少しだけコメントしておきます。まず、定義を表で列挙するのは百科事典の構成として問題があります(詳しくは次節)。次に、疑似科学という表現は非常に議論があり、安易に使える言葉ではないです。例えば鈴木,松原,坂野「展望:優生学史研究の動向(Ⅰ)」[4]では「優生学は悪しき疑似科学であるというかつての固定観念は, 再検討を余儀なくされた」、千葉聡は「優生学は疑似科学とされ、科学とは無縁と見る向きがあるが、これは誤りである」[5]「遠い過去の科学を現代の基準で疑似科学かどうか判定しても有意義とは言えない。… 過去の優生学を科学とみたうえで、その何が誤りで問題だったかを整理する必要がある」(『ダーウィンの呪い』) 。横山尊は、優生学を「取るに足らない『非科学』」とみなす考えを否定し、「同時代における『科学』」としています(『日本が優生社会になるまで』、ここでいう「非科学」はnon-scienceではなく、疑似科学と同じ意味で使用されている)。優生学史の専門家が優生学の定義として疑似科学を採用することはまずないです。
- また導入部は、それ自体で完結したひとつの記事であり、記事全体の説明となるのが望ましいです(Wikipedia:スタイルマニュアル/導入部)。--Maulits(会話) 2024年8月16日 (金) 16:17 (UTC)
記事の構成について
[編集]定義についての表が加えられていますが、ほぼ同じ内容が連なっている表を最初に提示するのは良くないと考えます。 冒頭からすぐ概要節に入って長々とした表があり、特にアクセスの大部分を占めるモバイル端末からでは見るのが嫌になります。定義を表で列挙するという特異な構成にするには特異な理由が必要であり、削除を提案します(優生学を主題としていない文献を削除したうえで注釈化でもいいですが、試してみたところ注釈に表を入れるのは無理のようなので)。
この版[6]のようにまず最大公約数的な定義を提示してから、優生学に対する評価を、代表例として具体的な断種政策という事実によって示す(WP:APT)流れが分かりやすくバランスが取れています。そのため上記版をもとにした形にすることを提案します。--Maulits(会話) 2024年8月16日 (金) 16:17 (UTC)
- 上記方針で編集しました。--Maulits(会話) 2024年8月23日 (金) 18:00 (UTC)