ノート:中央道高速バス

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「中央道高速バス」と「中央高速バス」[編集]

一応、総称としてはこれでいいかも知れませんが、関東あたりの住民にとっては、「中央高速バス」とは呼ばれておらず、「中央高速バス」と呼ばれているんですね。ちなみに、20年くらい前だと、名古屋口は「中央道特急バス」と呼ばれていたような記憶も…。

ちなみに、ハイウェイバスドットコムの案内は京王側が作成していて、そのため「中央高速バス(新宿発着) 高速バス(名古屋発着) 羽田空港線 成田空港線」となっています。

まあ、昔は新宿~名古屋線が出来て、「中央道高速バス」と「中央高速バス」が一緒になるなんて思ってもいませんでしたから…。

とりあえず、今は「中央高速バス」で記事検索できないので、「中央高速バス」リダイレクトページを作成してみました。あとはこちらの記事でいろいろと書きこんでいったほうがよさそうですね…。現時点では「中央高速バス」の記事が歴史も含めてあまりないので、いろいろ書き足していこうと思います。Cassiopeia 2006年6月13日 (火) 13:42 (UTC)[返信]

項目を見ての感想ですが、名鉄バスが運行する「中央道高速バス」と京王バス・富士急バスグループが運行する「中央高速バス」は本来一緒に出来ないと思うのですが。どうなんでしょうか。新宿~名古屋線はともかく、元々、新宿~富士五湖、新宿~甲府の各路線と、名鉄バスの中央道経由の高速バス群ですので。後者は、名鉄バスの中で語られるべきではないでしょうか。Sat.K 2006年6月14日 (水) 15:26 (UTC)[返信]
確かに、私も最初は「別々の項目じゃないの?」とは思ったんですね。もっとも、20年くらい前の「バス・ジャパン」という雑誌で中央高速バスが特集された際には、両方まとめて(章立ては別でしたが)説明していましたし、同一項目で差し支えないと思う方はいらっしゃると思います。項目分割は長すぎてまとまりがなくなってきてから考えてもいいかな、と。余談ながら、新宿~名古屋の路線に関する案内は、新宿では「中央高速バス名古屋線」、名古屋では「中央道高速バス新宿線」になっています。Cassiopeia 2006年6月14日 (水) 15:34 (UTC)[返信]
とりあえず、いつ項目分割になってもいいように(苦笑)リンク元の編集をしてみます。京王がらみは基本的に「中央高速バス」へのリンクにしています。Cassiopeia 2006年6月15日 (木) 14:52 (UTC)[返信]
Cassiopeiaさん。コメントありがとうございます。Sat.K 2006年6月16日 (金) 15:25 (UTC)[返信]
中央道高速バスの項目を立ち上げた張本人です。このような形態になったのは、Wikipedia:ウィキプロジェクト バスの方との関係もあるのですが、一時期路線ごとの記事をあまり乱立しないと言う議論になりました。中央道高速バスの場合、京王、名鉄が元締め的な立場で比較的統一した項目が書きやすかったいうのもあります。どこで切るかが問題ですが、東と西で分けると、肝心の新宿~名古屋間の扱いが微妙になってくるわけで、とりあえずは一緒に項目を立ち上げました。
それと名鉄バス・名鉄バスセンターの場合、何でもかんでも**道高速バスと称する傾向があります。東海北陸道高速バスの場合、名鉄が運行に関わっていない岐阜バスの路線もそのように案内していたことがあります。Mkb 2006年6月17日 (土) 00:08 (UTC)[返信]
そうですね、新宿~名古屋線がなければ、多分初めから別項目として作成されていたのではないかと思うんですね。新宿~名古屋線の扱いは微妙で、東京と名古屋でそれぞれ異なる路線名で案内されていますし、正直どっちにしたらいいものか迷うところです。ただ、この路線が縁で「ハイウェイバス・ドットコム」に組みこまれたわけですし、予約システムが一体となっていることを考えれば、当面は同一項目でいいでしょう(冒頭部分だけ少し直しました)。ちなみに現在停車停留所一覧を作成中です。名古屋の方も作らないといけないかな…。Cassiopeia 2006年6月17日 (土) 12:09 (UTC)[返信]
停車停留所一覧できたので掲載。名古屋口も作ってみます。Cassiopeia 2006年6月17日 (土) 15:43 (UTC)[返信]
名古屋口も停車停留所一覧できたので掲載。将来「みすずハイウェイバス」の項目を作る時にも流用できるかも…。Cassiopeia 2006年6月20日 (火) 10:10 (UTC)[返信]

項目分割について[編集]

何だか記事の内容が変わっていますね…冒頭部分の書き方だと、「中央高速バス」という項目名でないと…一旦は戻しました。項目名としては最初に作成した時の名前を尊重しているわけですが、私がいろいろ書いたために「中央高速バス」の方がメインになってしまっている感じはします。この手の修正が入るようだと、そろそろ項目分割も考えないと行けないのかな?という気がしますが、いかがなものでしょう?Cassiopeia 2006年7月8日 (土) 12:53 (UTC)[返信]

「中央高速バス」の名称[編集]

 上記名称は、京王電鉄が商標をとっているそうです。
 「特許電子図書館」http://www.ipdl.ncipi.go.jp/homepg.ipdl
 →「初心者向け検索」→「商標を検索する」で「高速バス」をキーワード
 に検索してみて下さい。

 そのため、京王が幹事となっている東京口路線では上記名称を使えますが、
 それ以外の路線で上記名称は使えない(商標権侵害となる)そうです。

以上、「よりぞー」がカキコしました。219.67.86.182 2006年7月26日 (水) 03:57 (UTC)[返信]

情報ありがとうございます(って、管理者でもないのに^^;)。本文のほうにも足しておきますね。Cassiopeia 2006年7月26日 (水) 04:23 (UTC)[返信]

甲府線の前身[編集]

甲府線は「中央道勝沼開業で新設された路線」と思われている方が多いですが、
S37年から季節運行されていた新宿-甲府・昇仙峡間急行バス「甲斐号」が
前身だそうです。国道20号線の「新笹子トンネル」開通が契機だった由。
当該急行バスは、京王、富士急、山梨交通が各1往復(京王と富士急は新宿
からの往復、山交は昇仙峡からの往復)で運行され、途中、府中・八王子・
上野原・大月・石和・甲府に停車していたようです。
S44年の中央道部分開通後は、大月まで高速経由とのことでした。

以上、よりぞーより。219.67.86.182 2006年7月26日 (水) 03:59 (UTC)[返信]

情報ありがとうございます。急行便が運行されていたのは知っていたのですが、細かいことが分からなかったので、本文中の歴史の項目では「従来の急行便」と軽く済ませています。これも本文に足しておきます。でも、本文に直接書き足して頂いてもよろしかったかもしれませんよ。Cassiopeia 2006年7月26日 (水) 04:23 (UTC)[返信]

新宿・飯田線の前身[編集]

上記路線の開設へ向けた動きは、S55年に伊那と信南が京王へ協力要請をした
ことに始まりますが、実は、信南ではS56頃から、お盆と年末年始に新宿-飯田
間で会員制(ツアーバス形式)の「帰郷・上京バス」を運行していました。
東京から飯田方面への「帰省バス」は、もっと昔から西武(池袋から)や京急
(品川から。余談だがこの運行実績が横浜・飯田線の足ががりとなった。)が
半夜行で運行していましたが、信南は昼運行だったこと、Uターン便も用意
しての運行だったことが特徴でした。
所要時間は、S56正月で8時間(伊北-勝沼は一般道、途中昼食休憩あり)、
同年盆期で6時間弱(甲府昭和-勝沼は一般道)、中央道が全通したS57年末
からは約4時間半だったと記憶しています。
運行期間は盆暮の各1週間程度でしたが、帰郷・上京バスとしては最後の運行
となったS59盆期(既に定期路線免許を申請中だった)は、テスト運行を兼ねて
約1ヶ月の長期で運行されていました。
新宿到着時に「年末は、帰省バスではなく路線バスとしてお迎えするかもしれ
ません。」と口が滑った運転士氏の案内が印象的でした。219.67.86.182 2006年7月26日 (水) 04:02 (UTC)[返信]

伊那・飯田線は、路線開設の経緯もそうですが、「中央高速バス問題」とよばれるいろいろな問題点もあったので、いずれまとめて書き足そうと思っています。Cassiopeia 2006年7月26日 (水) 04:23 (UTC)[返信]

名古屋・飯田線に関する補足[編集]

1 「中央道特急バス」→「中央道高速バス」
 名古屋・飯田線開業当時は「特急バス」の名称が使われていました。
 国道経由だった「急行バス」を高速経由に乗せかえた、という出自が
 背景にあるのかもしれません。

 ただ・・・いつ頃「高速バス」に変更されたかは不明です。
 考えられる背景としては、
 ア 名鉄が北陸道に高速バスを開設した際、「○○道高速バス」で名称統一
  を図った。
 イ 名古屋・飯田線で名古屋高速経由便(県庁前・東大曽根を経由しない)
  ができた頃(その頃は、楠で下りて302号線で勝川へ出てました。)、
 「特急の上の系統」の称号に苦慮した。
 が考えられます。

 なお、名古屋・飯田線ですが、飯田側では現在も「名飯線」と呼んでいる
 方が多数います。名鉄・信南でも、古い方は・・・

2 「直通・昼神線」の停留所
 上記系統、ふだんは昼神温泉郷へ直行してますが、冬場は「ヘブンスそのはら」
 に立ち寄ります。園原インターから5分ほどの場所で、スキー場があります。
 そして・・・冬以外の季節は1往復(信南)ですが、冬季は2往復(名鉄)と
 なり、「日帰りスキー」にも配慮されたダイヤとなっています。
  3 名飯急行バス
 上記急行バスの足助までの経路に曖昧な点がありましたので・・・

 まず、栄は経由していません。名鉄バスの指定経路は「桜通り」で、BCから
 若宮大路~伏見通~桜通り と進んでいました。
 長者町や東桜通に停車してたか、定かでないです。今池と八事は、確実に停車
 していたそうです(当時の乗客から得た証言による)。

 赤池から足助へは、豊田市を通らない経路だったようです。米野木から三ヶ峰
 を越えて(名飯急行が同地点を通過する写真、名鉄に残っているそうです。)、
 今の豊田線と愛環の間の県道を通って四郷・越戸を経由し、平戸橋から再び
 153号線に合流していたそうです(同上)。

 なお、急行バス当時は1日3往復(名鉄2、信南1)、所要時間は、S27当時
 は5時間半、運行終了直前は4時間57分(JTB時刻表復刻版S50年3月号より)
 でした。一般路線系統の運行本数が少ない足助~駒場間では、おおむね「各村
 に1停留所」を目安に停車していたそうです。
 また、信南の前身は「南信自動車」です。念のため。

以上、よりぞーの報告でした。 219.67.86.182 2006年7月26日 (水) 13:17 (UTC)[返信]

いつ頃に「中央道特急バス」が「中央道高速バス」になったのかは、確かにいつの間にか変わっていた印象があるので、なかなか特定できませんね。ただ、北陸道への高速バスも、最初は「北陸道特急バス」と呼ばれていたような気がするのですが、思い違いかもしれません(何しろ「特急バス」のイメージが強いので)。信南交通の前身については、ちゃんと「信南交通」という項目があり、そちらでは書いてあるので、こちらではあまり気にしなくていいかと。余談ですが、ノート項目の投稿の際には、一番最後に署名を入れていただいたほうがいいかと^^;。チルダ4つ書けば自動的に日付まで入ります。Cassiopeia 2006年7月26日 (水) 14:35 (UTC)[返信]

項目分割について(念のため…)[編集]

ノートへの投稿で埋もれてしまった感じなのでもう一度…。現在、項目名としては最初に作成した時の名前を尊重しているわけですが、私がいろいろ書いたために「中央高速バス」の方がメインになってしまっている感じはします。この手の修正が入るようだと、そろそろ項目分割も考えないと行けないのかな?という気がしますが、いかがなものでしょう?一応、リンク元はいつ分割してもいいように?たとえ現在はリダイレクトで同じページに戻ってくると分かっていても、わざわざ分けていたりします。Cassiopeia-sweet 2006年8月9日 (水) 14:50 (UTC)[返信]

とりあえず、今月中に反対意見がなければ、分割の作業を行なおうかと思っていますが、どうでしょう?Cassiopeia-sweet 2006年8月15日 (火) 15:22 (UTC)[返信]

特に反対意見はないようなので、これから分割作業を行います。何かあると困るから、こちらの移動前の項目はしばらくコメントアウトという状態にしておきます。ただし、このあとの内容修正時に大変だと思うので、一番下のほうに移しておきますが…。Cassiopeia-sweet 2006年8月31日 (木) 15:32 (UTC)[返信]